ジャンル及びカップリング設定レイティング収録と配布について
映画『L.A.コンフィデンシャル』(LAC)、エドマンド・J・エクスリー/バド・ホワイト映画の後、およそ1年後。バドはアリゾナ州で刑事に復職し、エクスリーと遠距離恋愛中である日本なら中学生以上、他は一応、NC-17著者名さえ明記してくださればどの非営利のサイトに収録・無料配布されても結構です
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あらすじ
男同士のセックスが描かれています。嫌いな方はテレビゲームでもやっててください映画のキャラクターを借りていますが、この作品によって利益を得るつもりはまったくありませんデリカテッセンでバドと痴話喧嘩したエクスリーはモーテルで一人後悔する
著者
覚え書き
だみぃさんのサイト開設(現在はBand of Brothersスラッシュのサイトに全精力を傾けておられるそうです)のお祝いとして私の初スラッシュ作品を捧げます。フランス映画のように歯の浮いたようなハズいセリフを2人に言わせてみたい!と、日本のやおい文体で書いてみました。是非、皆様のご感想をお聞かせください。メール先はslash@fou.comです。それを反省材料に次のLAC作品の励みに……って、おいおい、まだ書く気か〜い?


「フレンチ・パラドックス」
by スラッシュ君(2000年10月21日)

 つい2時間前まで、エドムンド・エクスリーは最高に幸せだった。なのに……どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 ヒリヒリと痛む目の下のアザをさすりながらエクスリーは一人、例の「夢のカリフォルニア」と言ってもほとんどアリゾナ州に近いメヒカリ郊外にあるモーテルの窓から、夕暮れの空を恨めしげに見上げていた。

 今までだって、急な事件が入ったせいでバドに待ち合わせをスッポカされたことは何度でもあった。その度にお互い、詫びを入れて何とか、関係を続けることができたというのに……。

 休暇明けの職場で一体、何と言われるだろうか。

「どうなさいましたの? そのお怪我は?」
「クマに殴られてしまってね」
「まあ、動物園か何か?」
「サーカス……だよ。何せ荒っぽいクマでね。何度も通っているんだが、いつまでたっても僕に慣れないんだよ」
「せっかく楽しみにされていた休暇でしたのに、災難でしたわね」

 そう……。秘書の女性たちはまだいい。厄介なのは口さがない野郎どもだ。

「エクスリーのやつ、またチンピラに殴られたんだぜ。あいつは舐めらやすいからな。貫禄ってものが足りないのさ。頭の回転と口先だけで出世した男だからよぉ」

 自分を労ってくれる同僚なんか誰もいないし、エクスリー当人もそれは当てにしていない。

 自分を唯一慰めることができるのはあの男たった一人なのだから……だが、それも今日で終わりだ。もう、何もかも終わってしまったのだ。と、エクスリーは溜息をついた。

「こんなことならモーテルで何か喰うものを買おうなんて言わなけりゃよかったんだ」

 だが、その時のエクスリーはデリカテッセンなんかでテイクアウトのオードブルを喰い切れないくらい買い込んだり、掘り出し物のワインを選んだりしてみたい気分だったのだ。確かにバド・ホワイトは女房持ちで、そんな所帯じみた行為に何の新鮮味も感じないだろう。

 けれども自分は、この先、多分、一生、まともな家庭など持つとは思えない。女一人、まともに幸せにできない情けない男なのだ。

 だからこそ、せめて2人で会う時くらいはたわいもないままごとに付き合ってほしかったのだ。ただ、それだけだったのに……。エクスリーは悔やんだ。

「どうしてあんなことになったんだろう。あんなことに……」

      *  *  *

 以前からユマには一度行ってみなければと思っていた。LAの上流階級連中と付き合いのあるエクスリーは、この田舎町にフランス人経営のデリカテッセンができたという噂を聞きつけたからだ。ビバリー・ヒルズからわざわざここまで足を運ぶ客が多いというだけあって、ヨーロッパ風の広い店内は見るからに品揃えが良さそうだった。指にきざったらしい指輪をはめた女好きのするマネージャーとグラマーな女店員がレジでいちゃついているといった光景も旧大陸風な風情を醸し出すのに一役買っていた。

「へえ、鹿肉のパテなんてめずらしい」

 あれもこれもとワゴンに放り込むエクスリーに喰い切れるのかとバドは笑う。

「それだけの食い物が一体どこへ行ってしまうんだって感じなんだよな、お前って」

 そう言っていくら食べても太れないエクスリーを揶揄するバドは、逆に油断するとすぐに太る体質らしく、近頃はめっぽう体重が増えたと嘆く。リンの作る料理がうまいのか、「ステンズみたいになるのも時間の問題だぜ」と下っ腹の辺りを撫でて見せる。

 ディック・ステンズランドだって? 良く言うよ。多少血色は良くなったが、筋肉質のバドは男として申し分のない体型だった。ステンズランドか……いつかあんな風にバドも、デップリした中年男になるんだろうか。そうなってくれればどんなにいいだろう。バドのブヨブヨした下腹を思い浮かべてエクスリーは一人ほくそ笑んだ。

 デブになって他の男が寄ってこなくなればいい。そうすればバドを自分だけのものにできる。もっともっとバドを太らせてやってほしい。エクスリーは心からリンにそうお願いしたい気分だった。

「こないだ喰った黴だらけのチーズはうまかったな。あのイタ公が作ったワインによく合ってた」
「バローロだよ」

 リトルイタリーまで行って買ったゴルゴンゾーラだというのに、青黴チーズなんて普段食べたことがないバドは、「腐っている」と初めは閉口していた。なのに、うまいと分かった途端、まるでドーナツでも頬張るように平らげやがった。高いワインをがぶ飲みしながら。

「自家製チーズか。おっ、ウォッシュタイプチーズなんて珍しいな」

 そう言うとエクスリーはアメリカ産のエポワースもどきをワゴンに放り込んだ。

「ワインもいるよな」

 ブルゴーニューのグラン・クリュを無造作に手にするバドに、

「確かにエポワースと言えばブルゴーニュだ。ただし匂いがきつすぎるエポワースに年代ものの特級ワインはもったいない。ここは格下の村名ワインが相応しい」

  「私ならボーヌの一級畑にしますが……」

 さっき見かけたキザなマネージャーが声を掛けてきた。

「結構。自分で選べますから」
「まあ、そう仰らずに。先月入荷しましたボーヌ・クロデマルコネなどお勧めでございますよ」
「いや、北部の村名ワインで充分だ」

 大げさに肩を竦めるマネージャー。

「チーズが本物のエポワースなら私もそういう選択をするがね」

 マネージャーは少し熱くなって、

「ノン、ノン、ノン、ノン、ノン、ノン。お言葉ですが、当店のチーズは本場フランスのチーズ職人が本国と寸分違わぬ製法で製造しておりまして、味や品質において全くひけを取ら……」
「そうは言うがアメリカの生乳では……」

 バドの顔がみるみるうちにうんざりとした表情になる。

「ビールでも買ってくる」
「お客様、当店にはビールは……」

 マネージャーが止めるのも聞かずにバドは他の売場へと行ってしまった。自分だけのけ者にされ、気を悪くしたようだ。ついついエクスリーはウンチクをひけらかして、バドをムッとさせてしまう。で、言った後でいつも後悔するのだ。ほんの一瞬の愉快と引き替えに、長時間にわたる後悔の念に苦しむという自分の愚かさを……。

 その時、キャッシャーの辺りから怒鳴り声が上がった。

 先ほどのレジ打ちの女が怒りのあまり真っ赤になって震えている男性客と対峙しているのが見える。髪を振り乱した女の顔には殴られた形跡があった。絶対に帰らないという女。それでも連れ帰るといきまく男。さしずめ暴力に耐えきれず逃げた妻が、暴力夫にとうとう見つかったという図なのであろう。マネージャーが慌てて駆けつけると、女はすがるようにその背後に隠れた。どうやら彼女はマネージャー氏といい仲らしい。女の目は恐怖に怯えていたが、マネージャーに因縁を付け出した暴力夫を見つめるその視線は妙に白けていた。

「馬鹿な男だ……女のほうはとっくに醒めているっていうのにな」

 暴力夫は女がまだ自分のものだと思っている。みっともないヤツだ。自分だけはこんな男になりたくないものだ。たとえバドが最終的にリンを選んで、自分を捨てる決心をしたとしても。自分だけはこんな風に往生際の悪い真似はするものか……。エクスリーはそんなことを考えながら傍観者を決め込んでいた。

 すると突然、暴力夫が店員を殴った。嫌な予感がする……そう思って振り向くと酒売場にバドの姿が見えない!

 やっかいなことになりそうだ。自分は刑事だけれど、久々のデートの最中にゴタゴタに巻き込まれるのはゴメンだ。自分がそう思っているのに対して、そんなこと、はなから考えない男がいることに、この時のエクスリーはうかつにも気が付いていなかった。

 銃声がした途端にバドは飛び掛かった。

 地元のユマ市警が駆けつけた時には暴力夫はめたくそに殴られていた。誰に? そんなことは言うまでもない。バドは警官に申し開きをしたことだろう。そこは同業者同士。適当に話がついたにちがいない。

 相手を殺しかねないバドを止めに入ったエクスリーはバドに殴られ、罵られた。面倒なことに巻き込まれたくないと手をこまねいていただけの、お前のツラなんて二度と見たくないと。冷たく、計算高い出世虫の自分なんかを、バドみたいな男が好きなはずないじゃないか。はっきりとは言われなかったものの、バドがそう思っているのは疑いようもなかった。

 暴力に対するバドの異常な衝動を抑えるためにエクスリーは、この分野ではかなり名の通ったカウンセリンラーをバドに紹介していた。幼い頃の体験が原因だそうだが、このままでは、普段の仕事に支障をきたすだけでなく、将来、取り返しのつかない問題を起こす恐れがあったからだ。ダドリー・スミスを逮捕するまでのバドの行きすぎた暴力行為を弁護するため、以前に、そう指摘した報告書を作ったのはまぎれもないこの自分だったし、リンの故郷アリゾナで刑事に復職したいと頼んできたバドに、カウンセリングを受けさせるからと、しぶる上層部を説得したのもまた、自分だった。

 けれども数回通ったきりバドは仕事が忙しいといって、とうとう行かなくなってしまった。ああいうことは本人のやる気がないと続かないというが、どうやら、バドには自分の性格を直したいという気が端からなかったのかもしれない。

 エクスリーの好意はとんだおせっかいだったようだ。

「嫌なら嫌で、はじめっからそう言えばいいのに。本当は迷惑だったんだろうか。こっちが気を悪くすると思って無碍に断れなかったのかもしれない。バドはこういう世話女房的な俺の細かい性格に嫌気がさしたんだろう。そうさ、男なら誰だって嫌いだ。細かい男ってやつは……バドが好きな男はもっとこうドッシリ構えていて、多少のことでは動じないような、懐が深くて頼りがいのある……」

「お前は本当に、それを好意だと思ってやっていたのかな?」

 ふと、どこからか幻聴が聞こえてきた。その声の主に聞き覚えのあるエクスリーは震撼した。

「病気を直してやる振りをして、お前は私の代わりに、あいつを操り、支配したかっただけじゃないのか?」
「な、何を言う!」

 エクスリーはダドリー・スミスの幻に向かって叫んだ。逮捕されたとき、ダドリーはエクスリーにこう耳打ちした。

「エクスリー、お前も私と同じだな。お前もウェンデルを支配したいだけなのさ」と。

 バドは母親を思い出させる名前だからと言って、本名のウェンデルで呼ばれることを嫌っていたのに、ダドリーにだけはそう呼ぶのを許していた。そうやってダドリーは父親のようにバドに接し、彼を支配し、彼を利用したのだ。そんなダドリーをエクスリーはどうしても許せなかった。

「それは違うッ」

 エクスリーは意地でも自分だけはバドをウェンデルとは呼ぶまいと思っていた。バドの弱さにつけ込みたくないと思っていたからだ。

「結局、お前は私の後がまに座りたかっただけなんじゃないのか? 狂暴な獣を手懐けることで、お前の権力欲を満たしたかっただけなんだろう?」

「人が皆自分と同じだと思うな、ダドリー!」
「だがな、私の真似をするのは10年早かったな、エクスリー」

 得意げなダドリーの笑い声にエクスリーは唇を噛んで悔しがった。そうだ。結果はダドリーの言う通りだったのだ。

「所詮、お前のような若造にウェンデルは手に余るのさ」

 自分のやったことは間違っていなかったはずだ。ダドリーからバドを奪ったことは。たとえ父親のようにバドが心から慕っていたとしても……。が、いくらきれい事を言ったところで結果が伴わなければ自分の負けだ。結局、自分にはバドの暴力を抑えきれなかった。男としての器量では到底ダドリーには適わないのだ……。

 暇があるとつい余計な事を考えてしまう。そう思ったエクスリーは本を読んでみた。

 このあいだもバドに約束をすっぽかされたのだが、待っていたモーテルでエクスリーは分厚い犯罪関係の本を3冊も読み通してしまった。なかなかまとまった時間が取れず、読破できずにいたので、バドに会えなかった落胆ぶりを埋め合わせるほどではないにしても、まるっきり時間を無駄にしたわけでもないことにエクスリーは少し満足していた。それに、その後、バドが抱えていた事件にその時得た本の知識が役に立ったのだ。あの時は本当に嬉しかった。職場が違う自分でもバドの仕事が手伝えるのだと、エクスリーは当分の間ご機嫌でいられた。

 そうこうしているうちに小1時間たった。なのに、本は1ページも進まなかった。気が付けばいつも同じ行を追っている。こんな風に気が滅入って仕方がない時、一体、自分は何をして過ごしていたんだろうか。エクスリーは思い出そうとした。

 辛い時のエクスリーはいつもバドのことを想像していた。自分がどんなに苦しくても、黙々と薄汚い路地裏で一日中張り込みを続けているバドの姿を思い浮かべるだけで、エクスリーの心は軽くなった。バドの苦労に比べれば、老獪な政治家とのダーティーな付き合いなど大した苦労ではない。そんな気がした。そうやってエクスリーは毎日をやり過ごしてきたのだ。

 だけども、これから先、もしもどうしようもない苦しみに襲われたら、自分一人でどうやって耐えていけばいいというのだろう。

 バドを知らなかった時の自分なら、大抵の苦労は一人で乗り越えてこられた。だが今はもう一人では何もできないほど、情けない男に自分は成り果ててしまったのだ。エクスリーは眼鏡をはずすと指先で目頭を押さえた。

 それに比べてバドの日常は自分がいようがいまいが、何事も変わりがないにちがいない。エクスリーは邪推した。

 第一、バドにはリンがいる。リンはきっぷのいい女だ。男らしいバドにはピッタリだ。

 バドの復職の口利きを自分の頼んできたのも、他ならぬリンだった。最初のうちこそ渋っていたが、刑事以外にまともな職に就いたことがないバドが慣れない職場で苦労してるのを見かねたのだろう。ストレスのせいか、つまらないことで、上司や客を殴ってしまい(なかにはバドに頼んでリンとやらせてくれと頼んだヤツもいたんだそうだ)、ビルの警備員やガソリンスタンドの店員など様々な仕事を試してみたものの、結局どれも長続きしなかったと言う。そう。バドは生まれながらのデカだったというわけだ。終いにはリンも折れ、バドに内緒で自分のところに電話をしてきたのだ。

   彼女にしてみれば、あんなことがあった自分に、頭を下げるのはさぞ屈辱的なことだったに違いない。だが、バドという男を心から愛し理解しているリンはプライドを捨ててまでも、自分に頼みに来たのだ。自分に恩を売らせて過去をすべて水に流してくれるなんて……。自分とバドが付き合っていることも承知で……。人間の出来が自分とは違うのだ。リンという女は。

 バドはつくづくいい女房をもらったものだなとエクスリーは自分のことのように嬉しい気がした。たとえリンに「あなたが野心家で良かった」などという捨てゼリフを言われたとしても……。だって、利用するために権力はあるのだから。

 そんなエクスリーの努力の甲斐、いや単に自分の地位と相手の弱みを利用したいつもの奸計のおかげで、ともあれバドは無事、ツーソン市警に再就職した。そして復帰するやいなや、まるで10年前からそこに勤めていた古株刑事であるかのように、あっと言う間に職場に馴染んでしまったのだった。

「そうさ。気さくなあいつは同僚受けもいいんだ。前の職場でも仕事開けのパブではいつも、あいつを中心に同僚達が盛り上がっていたもんな。それに比べて愛想の悪い俺はいつだって煙たがられている。どうしてバドは俺みたいな男と付き合ってくれたんだろうか。情が深い男だけに孤独な俺を見るに見かねたんじゃないだろうか。ああ、きっとそうだ。あいつはこんな俺をほっとけなかっただけなんだ。……そんなバドがいくらデートの最中だからといって、事件に見て見ぬ振りができないのは当然じゃないか。なのに……俺ときたら……自分のことばかり……」

 デリカテッセンでの口論を思い出したエクスリーは何度目かの溜息をついた。

「こんな俺に愛想が尽きるのも当然だな。俺がいなくてもあいつには、あいつを助けてくれる慕ってくれる仲間が大勢いるんだ。小ずるくて卑怯な俺のことなんか、すぐに忘れてしまうに違いないさ」

 エクスリーは最近、バドを職場復帰をさせたことをちょっぴり後悔していた。というのも、このところのバドは、一緒にコンビを組まされている新入りのクリストファー・スタンレーとかいう、若い男に夢中だったからだ。

「なにかというとバドはあの新入りの話ばかりしている。メチャクチャ頼りにされているらしい。男なら誰もがバドにあこがれるものだが、警察に入って右も左も分からない若い男ならなおさらだろうな。素直に好意を口にする後輩にバドだって悪い気はしないはずだ。俺のように自分の気持ちを正直に表せないひねくれ者より、よっぽどバドの好みに合うだろうよ」

 スタンレーはかなりバドにぞっこんなのだろう。フェニックスのホテルで開かれた紳士クラブの会合でうっかりスタンレーと鉢合わせになったとき、エクスリーに対して妙につっかかってきたのだ。もちろん人を精神的に苛めるのが死ぬほど好きなエクスリーのことである。2度と刃向かおうなんて妙な気を起こさせないくらい徹底的に相手の弱点を突く話術で若きスタンレーのプライドをズタズタにしてやったのはいうまでもない。

「あの時は、あいつの敵意まる出しの物言いに面食らったが、今思えば、あれは俺に対する嫉妬だったんだな。俺達の関係を本能的に見抜いていたに違いない。オヤジが地元の有力者で育ちがいいらしいが、そういうお坊っちゃんだからこそ、バドみたいな根っから庶民の無頼漢がかえって魅力的に見えるもんなんだ……。スタンレーは毎日同じ職場で顔を合わせるというのに、こっちは不利だよなあ」

 また同じ行を追っていた。広げているだけ無駄だと思ったエクスリーは本を閉じ、顔を伏せた。けっして泣くまいと思っていたのに無性に涙がこぼれ出るのを必死に堪えようと……。

 外からやかましいカーラジオの音が聞こえてくる。ふと顔を上げると窓の外に見慣れた車が入ってくるのが見えた。慌てて眼鏡を掛け直すとエクスリーは絶句した。

 未練を残していると思われたくなかったので、この場所にいることを自分からは連絡しなかった。なのに……どうして自分がここにいると?……エクスリーは信じられなかった。

 その男はまるで自分が予約したかのように車を停め、食料品の紙袋を抱えながらスタスタとモーテルの敷地に入ってきた。

 ドアのところまで来て、鍵が掛かっているのを知ると激しく叩き始める。

「警察だ、ドアを開けろ! 開けないと車のスピーカーから大声を張り上げるぞ、エクスリー! それでもいいのか」

 鍵を開けるとエクスリーは慌ててドアから逃げた。

「勘定を終えて出てきたらお前はいないしよお、どこへ行ったのかと思ったぜ」

 バド・ホワイトはニッコリ笑うと、先ほどのデリカテッセンの店名が入った紙袋をサイドボードの上に載せた。

「ど、どうしてここが……」
「ここからLAまでの近道は一つしかない。お前はあちこち寄り道するタイプじゃないし、今帰っても休暇はまだ残ってるから、いつもだったらヒマをもてあまして職場に顔を出すところだが、その顔だからバツが悪くて、部屋からは出られない。自分の部屋の中に一人でこもるなんて気がめいることをするくらいなら、この辺のモーテルで本でも読んで時間を潰してから帰る。……そんなとこだろう?」

 ああ、君はなんて刑事向きの男なんだろう。さほど頭がいいとは言えないくせに勘だけは妙にいいんだ。

「だって君は……あの時……もう、2度と顔を見たくないと……」

 自分をこんなに惨めにさせたくせに、どうしたのかという顔をされたエクスリーは、思わず悪態の一つもつきたくなった。

「あの時はカッとなってて、何を言ったか、よく覚えてねえんだ。それに……お前と一緒にユマ市警に呼ばれてみろ……。同業者だってバレたらみっともねえだろう」

 エクスリーはハッと目を見開いた。

「いい加減俺の性格を理解しろよ。普段は妙に細かいくせして、どうしてお前はそういうとこだけ回転が鈍いんだ? それでよくデカやってるよな」

 ニヤニヤ笑いながらバドは距離を縮めてくる。

 だがここでつかまったら自分はまた流されてしまうだろう。そうしたら、もう一度別れることになったときには、今度こそ、立ち直れない気がする。怖じ気付いたエクスリーは無駄と知りながら後ずさり、とうとうベッドに阻まれてしまった。

「俺から逃げようったってそう簡単にはいかないからな」

 あっと言う間にベットの支柱へ後ろ手に手錠をかけられた。

「!」

「なあ、エクスリー。お前にはみっちり教えとかないといけないな。俺みたいなしつこいデカを相手に、どこへ逃げても無駄だってことをな……」

 耳元で後ろからそう囁き掛けるとバドはエクスリーの肩に顎を載せ、髭そり跡の残る頬をエクスリーの頬に擦り付けながら、その尻の谷間に指を滑り込ませた。

「現場経験の薄いエリートさんにはよお」

 浅ましい期待に前がピクンと反応しまう。バドのもう片方の手がそれを確認する。

「やめろッ」

 反論しようと叫けぼうにもエクスリーの声は甲高さのあまり裏返ってしまい、かえってその情けなさを強調しただけに終わった。

 フッと鼻息で笑いながらバドはエクスリーの耳に熱い舌を突っ込んでくる。エクスリーは自分の下半身に同じことをされる想像に苛まれた。先ほど興奮を確認したバドの手が、堅さを増したその形をありありとなぞってくる。舌と手で執拗に舐られ、エクスリーのそれは今にもはちきれそうに反り返ってしまった。

「ここの回転はやけに早いじゃないか、え? エクスリー」

 後ろの手は前へと移動するとシャツのボタンを開け始め、胸の上でとっくに尖りきっている桃色の突端をきつく摘んだ。

「あううっ」

 体を弓なりに反らしたエクスリーは溢れんばかりの快感にもはや立っていられなくなる。

「ほらほら、しっかり立てよ」

 ベルトをつかまれ、立ち上がらされると、前に回ったバドは、エクスリーのベルトを開け、一気にズボンを下着ごと引き下ろすと、足払いするように部屋の隅へとそれを蹴飛ばした。

 バドの目の前に、はしたなく立ち上がったエクスリー自身がさらされる。エクスリーの顔がみるみるうちに火照った。

「いい眺めだな、エクスリー。俺を欲しがって涎を流しているぜ。ほらこんなに」
「言うなッ」

 手をかざしてくるバドに、エクスリーは恥ずかしさのあまり目を閉じた。バドが自分から慎重に眼鏡を外し、サイドボードの上に置くのが聞こえた。再び目を開けるとバドの姿が見えなくなっていた。一体どこに消えたんだろう? 視力に自信のないエクスリーはたまらなく不安になった。

 背後から衣擦れの音が微かに聞こえてきたかと思うと、突然、やけどするくらい熱い肉茎がエクスリーの尻に押し付けられた。後ろで服を脱いでいたのだ。まったく人が悪い男だ。

「おいおい、ちったあ、こっちにも準備をさせてくれよ。そのくらいの時間も待てないのかな? エド君のここは」

 いきなり挿入された指にエクスリーはヒッと息を飲んだ。太い指で乱暴に引っかき回される。

「やだ、痛い、やめろ、やめてくれ」

 なのにもう一つの口はクチュクチュとあさましく喉を鳴らして喜んでいる。

「なんだ、全然準備オッケーじゃないか。ここだけはいつも俺を裏切らないから好きなんだ」

 バドはふと、机の上にある本に目をやった。

「……お前、今まであの本を読んでたのか? なあ……」

 返事がないと中で曲げられた指が小突くように奧をつつくので仕方なくうなずいてみせる。

「何て言う本だ?」

 肉襞をかき鳴らすように擦っては、また催促される。

「『け、憲法第5条に基ずく……犯罪者の……権利に関する考察』だ」

 やっとのことでエクスリーはそう答える。

「フン。お前のことだからさぞかし楽しく読書に勤しんでいたんだろうなあ。こないだも本がたくさん読めて良かったとかなんとか言ってたっけ。ありゃあ何ていう本だったか? 俺は物覚えが悪くてな、お前と違って」

 突然反対側の手がエクスリーの乳首をギュッとつまみ上げた。

「ああッッ」

 エクスリーの身体が跳ね上がる。

「で、何て本だった? 答えろよ、エクスリー」

 残酷な声がすぐ近くに聞こえたかと思うと耳の穴をなぶるように舌で陵辱され、下の方では肉襞をえぐるように同時に指が出し入れされる。

「はうっ、『は、はん、犯罪……捜査への推計学的……アッ、ぷっ、プローチ』だ……ぁぁんっ!」
「そうそう。思い出した。が、それ1冊だけじゃなかったよな?」
「ぬふ、もう……いいじゃないか、そんなこ……ヒィッ!」
「俺が気になるんだよッ」

 ごつい手が性器を乱暴にわしづかんだ。

「くぅぅぅっ。『しょ、証言の信、ピョ、憑性を……たか、あああああンッ。高めるぅ、しん、しん、心理学的分析、ホッ、法』だ……はぁあああんッ」

 どんなにエクスリーが抵抗しようと、前を根元からしごかれ、後ろをこね回されてしまっては、もう逃げ場がなかった。

「そうそう、あの本のおかげでレイプ犯が検挙できたんだっけな。それから?」

 自分から求めるように腰を振ってしまうのを必死に堪えようとするが、無駄だった。息が上がり、苦しそうなエクスリーの目は潤み、声は掠れていた。

「『か、科、があぅぅ……っ……的、かん、ヌゥうッッ……鑑識ッ……ほうほう、法の最ィィィ、ぜ、ああああんッッ、前線……』。そ、それ……だけだよぉ」

 冊数が増えるたびに指の数を増やしていったバドは前に回り込み、クズ折れるエクスリーを抱きとめ、その上下する背中をあやすように叩いた。

「よしよし、上手に言えたじゃないか、エクスリー。ここもいい感じにほぐれてきたみたいだし」

 押しのけるように激しく抵抗したエクスリーは、顔を真っ赤にしながらバドに非難がましい目を向けた。バドの顔に好戦的な笑みが浮かぶ。すかさずエクスリーの膝裏に手を滑り込ませたかと思うと、思いきり、腹にくっつくほど、その片脚を一気に引き上げた。ゆっくりと顔を近づけ、秘所に鈍器のようなバドの先端があてがわれる。エクスリーの上下の唇は期待でワナワナと震え出した。が、バドはサッと唇を遠ざけ、キスしようとしたエクスリーはもう少しで前につんのめりそうになった。

「で、今度の本はどんな内容だったんだ? 俺にも役立つことが書いてあったかな?」

 お前のことを考えていてほとんど読んでいないなんてエクスリーには口が裂けても言えそうになかった。

「お、お前の仕事には役に立たないよ」

 すぐにしまったと思い知らされた。バドの目にたちまち怒りの表情が浮かんだからだ。

「その生意気な舌をひっこ抜いてやりたいぜ。それにくらべてこっちの口はなんて素直なんだろうなあ」

 唇と違って、あてがわれたままのバドの楔は、待ち受けていたエクスリーにあっという間に飲み込まれてしまい、少しでもバドが出ていこうとする素振りを見せるものなら、巻き付くように締め上げて必死にバドを引き留めた。

「そういう本はもう読むな」
「ば、バカな。そんなことできっこ……」

 口を塞がれ、舌をきつく吸い上げられる。

「いつも俺のことだけ考えていればいいんだ!」

 大声で怒鳴るとバドは一気にエクスリーを攻め立てた。まるで憎しみをぶつけるかのような強烈なリズムで。エクスリーは願った。頭の中が真っ白になって、しつこく自分に囁き掛けてくるうるさい声が聞こえなくなるほど、余計なことなど何一つ考えられなくなるくらい、自分の中をバドでいっぱいにしてほしいと。振り落とされるまいとエクスリーの両脚は必死にバドの腰に絡み付いていた。

「お前は俺のものだ! お前の意志など糞くらえだ! 逃げようなんて余計なことは一切考えるな!」

 悲痛な声はまるでバドが攻められているかのようだった。理由は分からないが、自分の行いがひどくバドを傷付けたのだ。胸が締め付けられたエクスリーは不自由な腕の代わりに心でバドを抱きしめようとした。えぐるように攻めたてる腰の動きが激しさを増す。バドの激しい感情の波にさらわれ、同時に次々とわき起こる快感を腰に送り込まれたエクスリーは、知らず知らずのうちに淫らなリズムで、もっと欲しいとバドにねだっていた。

「はあっ、わかったか、エクスリー。俺を裏切るなよ、そんなことしたら、俺は、お前を殺してやる。俺じゃない男とお前がやるくらいなら、俺は相手を殺して、お前も殺してやるからな」

 呪いのような愛の言葉にエクスリーの感情は弾け、精をまき散らす。その様子を確認するとバドもエクスリーの最奧に熱い飛沫を数回に分けて放った。息も絶え絶えのエクスリーを休ませることもなくバドは片方の手錠だけ外すと、うつ伏せの姿勢でエクスリーの両肘をベットの柵につかせた。ヌルリとしたものがエクスリーの腿の内側を伝わって足元に流れていく。そうだ……自分への罰はまだ終わったわけではないのだ。いつ果てるとも知れない地獄の責めの、これはほんの始まりにすぎなかったのだ。だがエクスリーはそれを甘受しようと思った。それでバドが許してくれるなら……。ほんの少しでもこの苦しみから逃れようとした罪深い自分を許してくれるというのなら……。

   *  *  *

 手錠を外されボロ切れのようになったエクスリーを大事そうにベッド横たえ、その脇に自分も寝そべるとバドは、背後から恐る恐るエクスリーを抱き締めてきた。ついやりすぎてしまったと思っているのだろう。後悔するくらいならやらなければいいのに……。だがそういう愚かさが今までどんなに自分を救ってくれたかを、この男は知らない。向こう見ずな男だからこそ、ダドリーの逮捕の時、四面楚歌だった自分を身を呈して救ってくれたのだと……。

 エクスリーは心から感謝した。顔の見えない今なら、自分の気持ちを正直に言えそうな気がする。やっとの思いでエクスリーはこう囁いた。

「愛してるよ。バド……」

 突然、バドの手に寝返りを打たされた。やがて目の下のアザがそっと指でなぞられるのを感じたエクスリーはこわごわ目を開けてみた。すると不思議そうな笑みを浮かべた愛しい男の顔が自分を覗き込んでいた。そして驚いたことにその目には涙が滲んでいた。

「お前がいてくれて本当にホッとした」

 言い終わらないうちに、力一杯抱きすくめられたエクスリーは、バドが何のことを言っているのかよく理解できなかった。

「いつだって俺は怖いんだ、エクスリー。お前が今度こそ、俺に愛想をつかして逃げてしまうんじゃないかって……」

 エクスリーにはにわかに信じられなかった。あの剛胆な男が自分と同じ様なことを考えていたなんて。

「お前は独身だし、エリートだ。女が放っておくはずがない。男だってそうだ。頭が切れる上にきつい性格だから気安く声をかけられないだけで、お前を狙っている男はいっぱいいるんだぞ。やわな新入りだったら、とっくに押し倒されてたさ。今日だって待ち合わせの時に男が寄ってきてただろう」

「あ、あれは単に時間を聞いてきただけで……」

「お前はアホウか? わざわざ時間なんか聞いてくるかよ? 男が男に。どうしてお前はそう鈍感なんだ。男に色目を使われてるのにも気付かないのか。俺があの時ちょうど着いたところだったからいいものの。もう少し遅かったらお前はナンパされて今頃ノコノコ付いて行ったかもしれないんだぞ」

 この男は頭がおかしいに違いない。多分、いや、きっとそうだ。

「……が、それより、なにより俺を狂わせるのは、お前が仕事に夢中だってことだ。お前は本当に出来るヤツだ。どんな難事件もやすやすと片づけちまう。誰の力も借りずに……。そうさ、お前ってやつはいつだって自分一人でも生きていけるって涼しい顔していやがるんだ。俺なんかいてもいなくてもって顔でな」

 そんなことはない! エクスリーは大声で反論したかった。が、別の大声に先を越されてしまった。

「だが、俺は違うッ。俺はお前無しじゃ、生きていられない! 張り込みの時だって、お前がどうしているのかなんて考えちまう情けない男なんだ! 忙しくて会えないってお前に言われると、女みたいにお前の仕事を恨んだりするんだよ。どうだ、エクスリー、俺のことを軽蔑しただろう?」

 エクスリーは首を思いっきり振った。

「さっきの男をお前は軽蔑してたよな。いつまでも女に縋って情けないってな。そうさ、お前が呆れたあの男と、俺は同じ穴のむじなさ。お前に愛されているかどうかいつも不安で、本当に愛されているのかどうか試したくて、ついつまらない意地悪をしちまう。だけども俺は……そうでもしないと俺は……」

 バドの声が掠れた。

「不安で不安で仕方ないんだ……」

 傷ついた幼子のように弱々しげな瞳で自分を見上げるバドをエクスリーは思わず抱き締めてやりたかった。

「頼むから俺を捨てないでくれ。お願いだから」

 バドの心の暗闇に囚われたエクスリーには、その中で泣いている小さなバドが見えた。普段は朗らかなこの男は心の奥底にいつも、人を容易に信じることの出来ないオドオドとした少年を隠して生きている。家族の愛にめぐまれなかったバド。悲惨な体験で母親を失った彼にとって、リンも自分もまぎれもない家族なのだ。そんなバドをどうして見捨てるなんてできるというのだ。リンにしても自分にしても……。

//俺は君のものだよ。いつだって、何があったって//

 こんな自分の思いをどうしたらバドに伝えることができるのだろう。その術をエクスリーは知らない。何千回となく言葉にしたところで、無償の愛に恵まれなかったこの疑い深い男には空虚に聞こえるばかりだろう。名だたるカウンセラーがバドの前では、ただ無力だったように……。

 この逆説的な男、バド・ホワイトは、同僚の前では常に何の悩みもない気のいいタフガイを演じている。なのに好きな男の前では世界一情けない姿をさらしてしまうのだ。

 恋愛とはつくづくやっかいなものだ。そうエクスリーは自嘲した。相手を自分だけのものにしたいと思い続ける限り、苦しみから逃れられることはできない。所詮他人同士、完全に気持ちが分かり合えるなんて日は永遠に来ないのに……。

 それでも自分はこの男から逃げたりはしないだろう。エクスリーはそんな予感がした。逃げようとしても今回のように、結局は捕まえられてしまうのだとしても。自分一人の感情だけでは、もう逃れることはできないだろう。この先永遠に……。

 これからの日々がどんなに辛く切ないものであろうとも。

 リンと自分はこの男の家族なのだから。本人が頑なに隠し続ける、傷つきやすい幼子のような本当のウェンデル・ホワイトを守ってやることができるのは世界でたった2人だけなのだから……。やがて安心したのかその幼子は突然、グウッと返事をした。

「腹減ったな。せっかく買ってきたんだ、早いとこメシにしようぜ」

 感傷に浸る間もなく、バドは、いつものバドに戻っていた。あまりの変わり身の早さにエクスリーは、今までのバドのセリフが実は演技だったのではないかと疑いたくなる。慌ててサイドボードの上の眼鏡に手を伸ばし、目を凝らしてみたが、いつもの不敵なバドの瞳には涙の痕跡は微塵も残っていなかった。だが、目がよく見えるからといって、真実が見えるとは限らない。エクスリーはそう思った。いや、むしろ目が見えなかったからこそ、バドの本当の姿を垣間見ることができたのではなかろうかと……。

「あー、そうだ。エクスリー、お前、俺に立て替えさせて逃げただろう。あのワイン、とんでもなく高いんだもんな。おかげで俺の財布はスッカラカンだぜ」

 気前が良くって後輩の面倒見のいいバドはいつだって金欠病だった。自分の前だけでは見栄を張らないこの男がエクスリーにはたまらなく愛しく思えた。

「ゴメン、ゴメン」
「お前のように独身貴族じゃないだからな、俺は」

 背広のポケットから札入れから取り出してエクスリーは紙幣をバドに手渡す。

「そう言うけど、バド、あれはそう高いわけでもないんだよ。仮にヴォーヌ・ロマネ村なら、そこの村の畑でとれたブドウであれば、樹齢が若かろうと全部使っていいというのが村名ワインなんだから。これが金持ち連中がもてはやすロマネ・コンティみたいな特級畑のだったらとても、こんなもんじゃ済まなかったよ……」

 得意げに講釈を垂れながらワインを開けたものの、エクスリーはサイドボードの前でウロウロとしてしまう。

「しまった。ここにはろくなワイングラスが無いや」

 そしてその直後にエクスリーは、バドがすっかり立ち直ったことを思い知らされる。

「グラスならここにあるだろう……」

 そういうとバドはワインを口に含むと、エクスリーの唇を塞いだ。

「ンッ、な、何すんだよ! もうスケベなんだから、まったくッ」
「ハハハッ」

 海千山千の中年オヤジの顔の下で、バドの中の幼子はやっと声を立てて笑った。本当のウェンデル・ホワイトとして。

 こんな笑顔が繰り返されることで、いつかは恐がりのウェンデルが、バドの心の暗闇から足を踏み出してくれるかもしれない。その日が来るまで、いつまでも見守っていこう。たとえそのために自分の涙が涸れてしまっても。

 自分とリンのかわいい子どもである、ウェンデルのために……。

終わり
お世話になった方々へ
映画『L.A.コンフィデンシャル』の細かい設定について教えてくださり、バド=デブ表現の緩和及びウェンデル伏線不足など数々の至らない点をご指摘、ご指導くださっただみぃ様、アリゾナおよびカリフォルニア州の地理および警察についてアドバイスくださったKamen様、ワインのうんちくを私に教え、ベーター・リーディング、それもHシーンにまで的確な助言をしてくれた家族、そしてLACスラッシュの世界に井戸を掘ってくれたモナ様に、この場を借りて感謝いたします
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