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映画『The Phantom Menace』(TPM)、オビ=ワン/アナキンクワイ=ガンの死後、遺言を忠実に果たすべくオビはアナキンのマスターとなるNC-17今のところは他サイトでの掲載は考えていません
警告著作権に関する免責宣言あらすじ
男同士のセックスが描かれています。映画のキャラクターを借りていますが、この作品によって利益を得るつもりはまったくありませんアナキンがジェダイ・ナイトになった暁にはクワイ=ガンの後を追おう思っていたオビに、アナキンは異様な執着を見せる
著者覚え書き
Slash without tears様のサイトで初めてスラッシュを知り、Writestuff様の「神の慈悲なくば」に触発されて、この作品が出来上がりました。楽しんでいただけたら幸いです。

「あなたはそれを、おのぞみですか?」

 by スターローグ(2002年12月6日)

 
 
 ジェダイ=テンプルの一角には、広大な面積を占める温室が建っている。
 
 もともとは、ジェダイ達が手慰みにつくっていた小さな花壇だったが、それがだんだん大きくなり、辺境惑星から持ち帰った珍しい植物なども増え、生育が難しいもののために、専用の温室が作られた。やがてその噂が広まり、あちこちの政府や裕福な王族、製薬会社などが、美しい花やめったに手に入らない植物を求めてくるようになり、その需要に応じて温室は巨大化し、今ではテンプルの結構な資金源になっている。また各惑星の貴賓客や代表団をもてなすためもあって、建築も内部のインテリアもすべて優美な曲線を基本とし、古代都市にあった壮麗な宮殿を模したものになっていた。
 
 真夜中に近い時刻、温室の西翼にある小さな東屋の中に人影があった。周囲に咲き乱れる見事な花々も、彼の目には入っていないようだ。美しく象嵌された長椅子に腰を下ろし、頭を蔦の絡みついた円柱にもたせかけている。
 
「マスター、もうすぐです」
 
 ただ呆然と虚空を見つめて、オビ=ワンは小さな呟きをおとした。
 
 最近、自分のいる空間から、不意に身体が浮かび上がって、まったく違う場所に運ばれていくような錯覚を覚える。それは、ジェダイとしての激務に追われている日常の中、エアポケットのように訪れる瞬間で、自分の現し身がその時自分を取り巻いている周囲の状況から急速に遠のいていって、そして何かとても懐かしく、愛しいものに包まれているように感じる。それは何かが、あるいは誰かが、自分を迎えにきている予兆なのではないかと、思われてならない。そして、どれだけそれを待ち望んでいたか、待ち焦がれていたかを、あらためて思い知らされるのだ。
 
 あの日のことはよく憶えていない。というか、思い出すことができない。
 
 オビ=ワンは確かに、マスター=クワイ=ガンの大きな身体が倒れるのを、この目で見た。しかし、その後の記憶が曖昧なのだ。どうやってシスを倒したのか、わからない。
 
 彼の身体を抱いて、最後の言葉を聞き、その命が消えていくのをこの腕に感じたはずなのに、その記憶は不鮮明で、途切れがちな映像のように漠然としている。
 
 あれからずいぶん月日が流れたけれど、今でも、あの日のことを細かく思い出そうとすると、吐き気が込み上げてくる。無意識に思い出すことを拒否しているのだろう。そうやって、あの時、砕かれてしまった心を、守ろうとしているのかもしれない。
 
 あの人が死んでなお、自分の命があることが不思議でならなかった。何故自分の心臓は、彼と一緒にその鼓動を止めてしまわなかったのだろう。オビ=ワンにはそれが、とんでもなく不条理な出来事に感じられた。クワイ=ガンの後を追うことに何の躊躇いもなかったし、実際それは造作もないことに思えた。しかし、それは思わぬ伏兵によって妨げられた。
 
 このころ、オビ=ワンは頻繁に激しい耳鳴りや頭痛の発作に襲われた。自殺の衝動に対して、フォースが肉体的な警告を発していたのだ。亡きマスターによって鍛えられたフォースは、生きよと厳しくオビ=ワンに命じ、ジェダイとしての務めを果たせと執拗に迫った。その要求に反発しながら、しかしそれが、自分に向けられたクワイ=ガン自身の言葉のようにも感じられた。それに、後ろ盾を失って、心細げに自分を見上げる少年を、見捨てていくことはどうしてもできない。
 
「わかりました…」

 とうとうオビ=ワンは、己のフォースに向かって答えた。
 
「あなたの命じられた通り、生きましょう。ただし、アナキンがジェダイとなった暁には、今度こそ、私は私の意志のままに行動します」
 
 その言葉をどう受け取ったかはわからないが、それきりフォースは沈黙した。
 
 その日から、アナキンをジェダイにすることだけが、生きる目的だった。
 
 夜も昼も働き続けた。一人ではどうせ眠れないし、夢に脅かされて眠るのが怖かった。アナキンのために、最も効率の良いと思われる修練法を考案し、改良を続けた。それはやがて他のマスターやパダワンの手本とされるまでになった。
 
 しかしジェダイを育てるのは、さまざまな技術を身につけさせたり、ただ単に武術の腕を磨いたりすればいいと言うものではなく、精神の鍛錬が重要になる。ヨーダからは度々、アナキンの精神面での脆さを指摘された。その都度、オビ=ワンは身の竦むような思いだった。そもそもオビ=ワン自身が、クワイ=ガンを失ったために、癒しようのない大きな傷を心に負っている。本来ならこの痛手が、もう少し修復されるまで、もっと時間をかけなければならなかったのだ。しかし、それを待っている気にはなれなかった。
 
 師である自分の精神が健全な状態にないのだから、アナキンの精神を鍛えてやれないのは当然のことだった。わかってはいるのだが、どうしようもない。
 
 このままでは、アナキンをジェダイに昇格させる望みはないのかと、不安な日々を過ごしていたが、実際に彼を任務に連れて行ってみると、なかなか才知もあり、外交面でもそつなくふるまって見せ、オビ=ワンを安心させた。
 
 オビ=ワンは今度の任務が終わったら、アナキンをジェダイ=ナイトに推挙するつもりだった。自分のできることは、すべてやった。フォースの命じた務めも果たせたはずだ。
 
「マスター、もうすぐです」

 このごろ、気がつくと日に何度も同じ言葉を呟いている。彼とどこで落ち合おうか。オビ=ワンはうきうきと楽しい旅行の計画でも立てるように、自分の死に場所を思い描いた。二人の思い出の場所がいい。遺体は跡形もなく消えて無くなるよう手筈を整えなければならない。誰にも邪魔されず、今度こそ二人きりで…。
 
「マスター=ケノービ?」

 不意に声をかけられて、オビ=ワンは我にかえった。
 
「こんなところで、何をしておられるのですか?」

 薄い緑色の発光体が立っていた。
 
「ヤン、あなたでしたか」

 彼女はこの温室の管理者で、惑星フルからやってきた。
 
 温室は空気清浄から、水質、温度調整まですべて巨大なマザー=コンピューターによって管理されていたが、彼女は植物達の精神状態を安定させるのが仕事だった。つまりヤンは草花のカウンセラーなのだ。彼女の母星では、植物とのコミュニケートが古くから行われている。というか、彼女たちはもともと植物から進化した種族で、ヤンの身体は光合成のために全身が緑色をしている。この肌の色は、人によって濃さが違うそうだが、彼女は淡い緑青色で、体温を調整して内部から光を発することができた。
 
「こんな時間なのに、人の気配がしたものですから…」

 ヤンは少し言葉を言い繕った。彼女は植物だけではなく、人の思考もある程度察知することができる。彼らに言わせると人の思いはさまざまな色をしているのだそうだ。ヤンにはオビ=ワンの悲しい希望の色が、暗闇に浮かんで見えたのだろう。
 
「お気遣いいただいて、申し訳ありません。出発まで時間があったものですから、少しぼんやりしていました」

 オビ=ワンは微笑んで見せたが、その瞳の色は妙に虚ろだった。
 
 自分が精神波シールドも引かずにいた不用意さを悔いたが、一方で、もうどうでもいいという気もしていた。急にひどく疲れてしまって、何もかも投げ出してしまいたかった。
 
 ヤンは痛ましげに眉をひそめて、そんなオビ=ワンを見下ろしていた。やがて彼の隣に腰をおろし、ためらいがちに、その肩に手をおいた。
 
「あなたの苦しみも、悲しみも、私たちにはお察しすることすらできません。でも、せめて今だけ、こうして傍にいてはいけないでしょうか。私たちには、何の力もありませんが、供にいることはできます」彼女の控えめだが率直な思いやりに胸の震える思いがした。
 
 何かこたえようとして、口を開いたが言葉が出てこない。ヤンが少し力をこめて、オビ=ワンを自分に引き寄せ、その胸に抱き締めた。オビ=ワンは自分でも意識しないまま、がっくりと力を抜き、彼女にしがみついた。涙が後から後から溢れ出て、声を殺すのが精一杯だった。今までの長く苦しい歳月が思い返された。心がこんなにも弱っていたとは、まるで気がつかなかった。
 
 ヤンはオビ=ワンを抱き締めたまま、子供をあやすように、小さく身体を揺すっていた。しばらくして、オビ=ワンは頬に残った涙の跡を拭いながら、ヤンの抱擁をといた。
 
「こんな取り乱した姿を見せてしまって、申し訳ない」
 
 ようやく自分を取り戻して、オビ=ワンは彼女に詫びた。
 
「いいえ、どうかそんな心配はなさらないで。またこうして温室へお越しください」
 
「ありがとう」

 オビ=ワンは何かが吹っ切れたように、笑った。ヤンはその笑顔に安堵したように、その場を立ち去った。彼女との間には、多くの言葉を必要としない。それがオビ=ワンにはありがたかった。彼は再び、自分一人の物思いにかえっていった。
 
 この一部始終を見ているものがいたことに、オビ=ワンが気づかなかったのは、やはり彼の心だけではなく、フォースまで弱っていた証拠だろう。闇に潜んで、若者は二人の抱擁を昏い瞳で見守っていた。それから長く苛立たし気なため息をつき、じっと考え込んだ。しばらくして音もなく立ち上がると、東屋の中に足を踏み入れた。
 
「マスター、出発の準備が整いました」
 
 オビ=ワンはハッとして、恥らうように乱れた襟元を整えながら、若者に目を向けた。
 
「ああ、分かった。今行く」

 答えながら、すぐには立ち上がろうとしない。もう少し自分を取り戻す時間がほしかった。
 
「マスター、大丈夫ですか?」

 この問いかけは、最近頻繁に繰り返されていた。
 
「ああ、何でもない。大丈夫だよ、アナキン」

 そして同じ答えが繰り返される。
 
 オビ=ワンは自分を見下ろしている若きパダワンを、眩しいもののように見つめ、微笑んだ。彼は時々、こんなふうに透き通るような微笑を浮かべる。それがアナキンをどんなに苦しめ、不安がらせているのかなど、思いやることさえない。
 
「大きくなったな、アナキン」

 オビ=ワンは立ち上がって、若者を抱き締めた。
 
 それは近親者に対する挨拶のような抱擁で、常々アナキンの不満の元になっていたが、オビ=ワンは一向に無頓着だった。今もアナキンがおずおずと、その背に手をまわそうとしているのに、オビ=ワンはあっさりと彼の身体を突き放した。アナキンが一瞬、怒りと屈辱のために顔をしかめたのにも気づかない。オビ=ワンはアナキンに背を向け、温室の外に広がる星空に目をやった。
 
「今度の任務から帰ったら、お前をジェダイ=ナイトに推薦するつもりだ」
 
 アナキンは息をのんで、マスターの背を見つめていた。
 
「お前はもう立派なジェダイだよ。私が教えられることはもう何もない」
 
「ありがとうございます」

 頬を引き攣らせて、アナキンがこたえる。
 
「これで、私の肩の荷も降りる」

 俯いて、オビ=ワンが小さく呟いた。アナキンに聞かせるというより、胸の思いがつい口から出てしまったようで、オビ=ワンは自分が何を言ったのか意識していなかった。しかし、若者はこの最後の言葉によって引き起こされた、凶暴な怒りに身を包まれていた。足元がぐらぐら揺れているようにさえ感じた。マスターは自分を見捨てようとしている。いい厄介払いとばかりに、放り出そうとしているのだ。
 
「さあ、行こう」

 オビ=ワンは先に歩き出した。昏い表情のままアナキンが後に続く。
 
 壮麗な温室宮殿は、静かに朝を迎えようとしていた。
 
                 * * *
 
 惑星クルガは辺境にあって、まだ歴史が浅い。豊富な鉱物資源を巡って、あちこちの通商連合やら、恒星代表が介入して、星としての統一が遅々として進まなかった。そこでクルガに古くから続く王朝の末裔、クルデリンからの依頼をうけ、ジェダイが折衝にあたり、他からの干渉を一切排除して、星としてのまとまりに専念させた。その最終的な会議が、これから惑星の首都マーガルで開かれようとしている。ジェダイ達の任務は、その会議が安全にそして公正に運営されるよう、警護することにあった。
 
 すでに概ねの骨子は会議の前に、官僚たちがお膳立てしている。後は滞りなく議事を進め、共同宣言を発表することが目的となっていた。当然、昼間は退屈な会議やら会談が延々と続き、夜はその憂さを晴らすための宴が繰り広げられた。クルガはその大地のほとんどが熱帯にあり、人々は享楽的で、それを罪とするような宗教も存在しなかった。彼らの饗宴は猥雑で、ほとんど狂乱の極み、そして果てしもなく続く。
 
「マスター=ケノービ。こんなところに隠れていらしたの?」

 肉感的な美女が、目敏くオビ=ワンを見つけ、図々しくも座っていた彼の膝に身を投げ出してきた。
 
「これは、リーズ姫。ずいぶんとご機嫌のようですね」

 美女の重みに辟易しながら、オビ=ワンがこたえる。彼女は確か、クルデリンの八番目か九番目の皇女で、一応公式には三人の夫がいることになっている。こんな辺鄙な位置にある惑星では、本物のジェダイに会えることなどめったにない。リーズはこのチャンスを何とかものにしようと、何かにつけオビ=ワンにつきまとっていたが、まったく相手にされなかった。しかしそれぐらいのことで、これはと思った男を諦めるような女はクルガの女ではない。リーズは少々強引な手を使うことも厭わなかった。彼女はオビ=ワンの首に手をまわし、しどけなく彼に抱きついて、こぼれんばかりの胸を押しつけてくる。オビ=ワンは何とか穏便にこの窮地を脱するすべはないものかと、周囲を見渡した。
 
「マスター。あちらで外務大臣がお呼びです」

 いつの間にかアナキンが立っていた。
 
「そうか、ではすぐに行かなければ」
 
 オビ=ワンはもがくように、すがりつくリーズの身体から身をひくと、立ち上がった。
 
「では、またの機会に」

 リーズに向かってジェダイの挨拶をし、すぐさま背を向けて歩み去る。後を追おうとした彼女の前に、アナキンが立ちはだかった。
 
「マスターが戻るまで、僕がお相手をいたしましょう」
 
 にっこりと美貌のパダワンが微笑む。リーズは舌なめずりをするように、若者の全身を眺め回した。切り換えの早いのもクルガの女の特徴だ。
 
 そうね、たまにはメイン=ディッシュの前にデザートをつまんでみるのも悪くないわ。
 
「少し疲れたから、部屋に帰って休みたいわ」
 
「では、お部屋まで送りましょう」

 アナキンは彼女の腕をとって歩き出した。
 
 宴の間を出る前に、一人の屈強な兵士に目配せした。リーズの部屋に入ると見せかけて、彼と入れ替わる。二人にはフォースで暗示をかけてあるから、リーズはアナキンと過ごしたつもりでいるだろう。朝になって、彼女がどんなに仰天するか見物だ。
 
 オビ=ワンに対する馴れ馴れしい態度を思うと、あんな女、殺してやったところで気が晴れるわけでもないが、まあ、この程度の仕返しで許してやろう。アナキンにしても、進んで問題を起こして、ジェダイへの昇進をふいにしたいわけではない。
 
 それにしても、こんな尻拭いは、もううんざりだ。マスターはあまりにも無防備すぎる。アナキンは宴の間に戻り、カーテンの隙間から各州の代表と談笑しているオビ=ワンを見つけて、深々とため息をもらした。彼がどんなに熱っぽい視線を向けても、オビ=ワンはまるで気づかない。オビ=ワンの心は、アナキンと出会う前から、一人の男によって独占されていて、他の入り込む余地はないのだ。自分で意識するずっと前から、アナキンはその壁の前で立ち竦み、悔し涙を流し続けてきた。
 
 もともとマスター=クワイ=ガンに見出されたアナキンは、彼の死後オビ=ワンによってジェダイの修行に励んだ。そのいきさつについて、またアナキンの非凡な才能を嫉んで、あれこれ言ってくるものもいたが、彼は傲慢にそれらを撥ね付けてきた。オビ=ワンが自分に心血を注いでいてくれることは、疑いようのない事実で、それはアナキンにとって、他のどんな噂や告げ口によっても、揺るがされることではなかったからだ。
 
 たった一人の身寄りである母親からも遠く離れ、己の力しか頼るもののない少年にとって、マスター=ケノービの存在は、何よりも心強い味方だった。またオビ=ワン自身もクワイ=ガンの弟子だったという経歴から、ジェダイの中では孤立していた。二人の間には、他の師弟には見られないほど、強い連帯感が育っていた。思春期に入ったアナキンが、それを恋に変化させたのは、ごく自然な流れだった。
 
 オビ=ワンの期待にこたえるよう、誰よりも熱心に修練に励んだ。アナキンには他に抜きん出たフォースの資質が具わっていたが、だからといって今のような力を身につけるのが容易な努力であったはずもない。それをオビ=ワンが喜んでくれると、それが彼に自分の想いを伝えるただ一つの手段だと思うからこそ、どんな限界も乗り越えてこられたのだ。
 
 それなのに…。
 
 ささいな出来事がきっかけで、アナキンの願いは粉々に打ち砕かれた。
 
                 * * *
 
 ほんの一年ほど前、ある小惑星群の地質探査の最中に、新種のウィルスが発見された。他のジェダイたちは何の影響も受けなかったのに、なぜかオビ=ワンにだけ免疫抗体が効かなかった。すぐに耐性のあるワクチンが投与されがたが、中毒症状が出て、昏睡状態におちいった。アナキンはずっと彼に付き添っていた。
 
 人が悪夢にうなされ、もがき苦しむ姿を見たのはそれが初めてだった。最初は暴れるオビ=ワンを押さえつけようとしたが押さえきれず、後ろから羽交い絞めにしてベッドに引き戻した。そのまま彼を抱き締めて、まんじりともせずに一夜を過ごした。オビ=ワンは一晩中、悲鳴か言葉にならぬ叫び声を上げ続けた。明け方、体力が尽きたのか、少し静かな状態が続いた。アナキンがほっと、緊張を解こうとしたころ、オビ=ワンが憑かれたようにうわ言を言い始めた。それは若者にとって、恐ろしい告白だった。
 
「マスター…、マスター」

 オビ=ワンはしきりに呼びかけていた。
 
「待って…、待ってください。私を置いていかないで…。ああ、どうかお願いです。
 
 後生ですから、もう少し待って…。あなたが言われたように、アナキンを…、立派なジェダイにして見せますから、どうか、もう少し待ってください。もうすぐです…、マスター。もうすぐ、あなたのお傍に…。どうか、マスター…」
 
 熱のために汗ばんでいるオビ=ワンの身体を抱き締めながら、アナキンは瘧にかかったように震えていた。耳を被うこともできず、裏切りの呪詛はいつまでも続いた。
 
 それでは、オビ=ワンが自分をジェダイにしたがっているのは、決してアナキンのためばかりではなかったのだ。それどころか、オビ=ワンはあの人の遺言で、仕方なく自分を弟子にしたのだ。そして、アナキンがジェダイとなったその時には、彼はその人の下に旅立とうとしている。アナキンは目の前が暗くなっていくような絶望感に捕らわれた。
 
 あの時に受けた心の傷は、膿をもってじくじくとうずき、今もなおアナキンを苦しめる。テンプルで、オビ=ワンが彼をジェダイに推薦すると宣言したとき、アナキンはとうとう来るべきものが来たと覚悟した。そのしばらく前から、オビ=ワンは時々虚空を見つめて放心したように微笑していることがあった。そんなオビ=ワンの姿は、今にも儚く消え去ってしまいそうに心もとなく、アナキンは身を焼かれるような焦燥を感じていた。そしてその焦りは、彼の昏い怒りをますます燃え上がらせる火種となった。
 
 統一への会議は最終日を迎えていた。巨大な広間では、それぞれの州の代表が共同宣言書にサインする作業が粛々と進められている。やっとここまでこぎつけた安堵のせいか、和やかな雰囲気の中で、そこかしこから笑い声も起こっていた。
 
 武装集団が広間のドアを蹴破って乱入してきたのは、まさにそんなときだった。立て続けにレーザーが発射され、高官達がバタバタと倒れる。広間は阿鼻叫喚の地獄と化した。
 
 すぐさま警護の兵士とともにジェダイ達も応戦体勢に入った。反乱軍は誰か高位の人質を盾に立て篭もろうと目論んでいたようだが、それはあっけなく阻止されてしまった。戦いは初め五分五分だったが、やがて反乱軍の一角が崩れ、後は少数グループごとの制圧戦に移った。それでも沈静化するまで、かなり時間がかかった。
 
 これだけ厳重な警戒をくぐりぬけ、多数の反乱軍が進入してきた様子から、おそらく内部の手引きがあったものと思われる。また、他の惑星からの反乱を利用した侵略ということも考えられた。ジェダイが、クルガの代表たちと、被害状況や善後策を検討し始めていたとき、救援を要請する通信が次々に入ってきた。反乱軍は宮殿だけでなく、首都の主要な建物数ヶ所を同時に攻撃していたのだ。ジェダイ達は、すぐさま反撃に向かった。
 
 オビ=ワンとアナキンが到着したとき、反乱軍は古い聖堂の中に聖職者を人質にして立て篭もっていた。反乱軍のリーダーと思われる男が、小高いバルコニーからアジ演説を声高に繰り返している。二人は、今はもう使われていない下水溝から堂内に入り込み、反乱軍の背後に回ることに成功した。人質となった聖職者たちの見張りを数人倒して、彼らを解放した。他の反乱軍はまだ二人の存在に気づかない。二手に別れて、両翼から反乱軍を挟み撃ちにした。あっという間に勝敗は決定したが、リーダーと数人の残党が手近にあった飛行艇に乗って逃走した。オビ=ワンとアナキンも後を追う。
 
 首都の街並みは見る間に遠ざかり、熱帯のジャングルが果てしもなく続いていた。反乱軍の飛行艇は木々の真上をすれすれに飛び、何とか追っ手を撒こうと必死になっている。
 
「マスター、少し離れて、逃げ切れたとあいつらに安心させてやりましょう」
 
 戦闘の高揚に頬を染めて、アナキンが提案した。オビ=ワンは驚いてパダワンを見返す。
 
「あの飛行艇は僕のフォースで追えると思います」

 彼は自信に溢れた声で言い放った。
 
「では、お前の思うとおりにやってみろ」

 オビ=ワンに許されて、嬉しそうに微笑んだ。
 
 アナキンはいかにも操縦に苦労していると見せかけて、少しずつ敵の飛行艇から遅れ始めた。反乱軍はますます加速して逃げていく。彼らに補足できないほど距離が開いたと判断してから、アナキンはスピードを上げた。そろそろあたりが暗くなってきている。
 
「どうやら、あいつらの基地に向かっているようです」

 アナキンが自分のフォースを探りながら、オビ=ワンに告げた。
 
「もうすぐ場所が特定できます。大きな岩山を一つ、丸ごと使って砦にしているようです」
 
 オビ=ワンは頼もしげにパダワンの活躍を見つめた。彼は優秀なジェダイになる。クワイ=ガンもオビ=ワンの努力を褒めてくれるだろう。こんなときなのに彼は幸福だった。
 
「マスター、場所がわかりました。応援を頼んでください。奴らを根絶やしにしてやれます」

 頬を歪めて、不敵に笑う。奇襲作戦は、夜陰に乗じて行われることに決定した。
 
 作戦は短時間で片がつくはずだった。しかし、要塞のつくりは思ったより複雑で、長い地下通路が網の目のように広がっており、そこに逃げ込んだ残党をすべて追いつめるのは不可能に思われた。するとその時、再びアナキンが彼らの行方を正確にリサーチし始め、数ヶ所の出口を特定していった。そこで、いくつかのグループに分かれ、出口で反乱軍を待ち伏せすることになったが、首都の反乱がすべて治まったわけではなく、警護のための兵も割かなくてはならなかったため、兵力は限られている。オビ=ワンはアナキンと二人だけで、出口の一ヶ所を受け持たなければならなかった。
 
 二人が現場に到着したとき、すでに反乱軍は出口を突破していた。出てきた敵を押し戻して、出口を塞ぐ作戦は放棄され、個別に一人一人倒していくしか道はなかった。敵の人数は予想したよりはるかに多く、戦いの時間は長引くばかりだった。
 
 オビ=ワンが正面からの攻撃をかわし、横から回り込んできた相手を切って捨てたとき、目の端にアナキンを物陰から狙っているレーザーガンを捉えた。
 
 アナキンが、やられる。
 
 そう思った瞬間、頭が真っ白になり、ただ本能のままに身を躍らせていた。
 
 気がつくと、アナキンが狂ったように何か叫んでいるのが見えた。右肩が大きな石でも乗っているように重くて、どうしても立ち上がれない。オビ=ワンは無様に地面の上を這いまわっていたが、直に何もわからなくなった。
 
 ふりむいた時、アナキンにはオビ=ワンがとびかかってくるように見えた。しかし彼の身体は空中で突然静止し、同時に右肩がぐにゃりと崩れ、肉片と骨が弾け飛び、鮮血が噴き出して、一部がアナキンの顔にふりかかった。衝撃のためにガクンと首が仰け反る。セーバーが手から落ち、身体を半転させながら地面に倒れた。マントが放物線を描いて翻る。
 
 時間が急激に減速して、その鮮明な映像はアナキンの瞳に焼きついた。
 
 マスターが撃たれた。自分をかばって撃たれた。マスターが…、殺された。
 
 アナキンの口から、言葉にならない絶叫が迸った。同時に、若者は自分の中から、大量のフォースが一挙に放出されるのを感じた
 
 どのぐらい時間が過ぎたのかわからない。その間ずっと叫び続けていたのかもしれない。とにかく、気がついた時には反乱軍の残党は一人残らず倒れていて、自分はその死体を切り刻んでいた。ジェダイの正装は、たっぷりと返り血を吸い込んで、ひどく重い。むせ返るような悪臭に、顔をしかめる。足元がぬるぬるして歩きにくいので、何だろうと思って見下ろすと、辺り一面血の海だった。
 
 誰かに呼ばれたような気がして、そちらに目をやると、クルガの兵士が立っている。彼はがたがた震えながら、横手を指差す。オビ=ワンが救護班に搬送されようとしていた。
 
 アナキンは走り出そうとして、血溜りに足をとられ、前のめりに転んだ。必死に立ち上がろうともがきながら、幾度もオビ=ワンの名を呼んだ。医療スタッフが救命艇のドアを開けたまま、アナキンが追いついてくるのを待っていた。中に入ると、オビ=ワンが紙のように血の気のない顔で、救命処置の器具に取り囲まれていた。それでもアナキンは、もう失われたと思ったオビ=ワンの命が永らえているのを知って、腰が抜けるほど安堵した。
 
 しかし、その喜びも、つかの間のものだった。救命艇は猛スピードで首都に向かった。
 
「いったい何があったのだ」

 マスター=ラシンが、問いかけた。
 
 アナキンは椅子に腰掛け、肘を膝において、両手で顔を覆っていた。この小さな部屋は彼の衣服から立ち昇る血の匂いが充満していて、立っているだけで吐き気がしそうだった。アナキンは着替えることも許されず、審問に応えるよう呼び出された。
 
「よく、分からない。よく覚えていないのです…」

 パダワンは長いため息をついた。
 
 ラシンはその長身から彼を見下ろしながら、次の言葉を待っていた。ラシンの左頬にはこめかみから口の端にかけて大きな傷がある。もちろん戦闘で負ったものだ。顔だけでなく、身体にも縦横に傷跡が走っていて、そのパーツの半分はメカニックで代用されている。彼の母星ではラシンとは闘神を意味するそうだが、その名の通り彼は歴戦の勇者なのだ。
 
 それでも、あのように酸鼻を極めた虐殺の現場を見た経験は、数えるほどしかなかった。ラシンたちが到着したとき、すでにアナキンはオビ=ワンとともに医療施設へ向かっていた。反乱軍の残党は、ざっと数えただけで百体以上あった。地下通路の中で死んでいるものも多かった。いかにジェダイと言えど、多勢に無勢でオビ=ワン達が苦戦していたであろうことは容易に想像できた。しかし調べてみると、そのほとんどが心停止による突然死であることがわかった。遺体の傷の多くは、死んでから負わされたものだ。
 
 クルガ兵の証言によると、何か爆発があったような重い地響きがして、駆けつけて見ると、反乱軍の死体の中にアナキンが血塗れで立っていたそうだ。
 
 幽鬼が憑依したような凄惨な姿は、土地の神話に出てくる魔人を思わせて、兵士たちはなかなか彼に近づくことができなかった。それでも救護班が到着したことを知らせると、突然、怯えた若者の表情に戻って、オビ=ワンのもとに飛んでいったそうだ。
 
「我々は、作戦通り地下通路の出口で敵と遭遇、戦闘に入りました」

 アナキンは顔を上げ、姿勢を正して尋問に答えようとしていた。そうしないとオビ=ワンのそばに行けない。
 
「でも、マスター=ケノービが僕を庇って、敵に撃たれて…」

 唇を噛んで、口ごもる。
 
「それで、僕は…、僕は、動揺して、我を失ってしまって…。その後、どうなったのか覚えていないのです」

 ラシンのフォースは彼が嘘を言っていないと告げていた。
 
「敵は心臓の鼓動を止められて死んでいた。あれはお前のしたことなのか?」
 
「わかりません。ああ…、でも、多分そうなのだろうと思います」

 アナキンは視線を泳がせ、いらいらと身体を揺すった。オビ=ワンのことを思うと気が狂いそうだった。
 
「死体の多くが切り刻まれていた。あれもお前のやったことなのか?」
 
「いえ、ああ…、ええ、そうです。きっと僕のしたことだと思います」

 自分の身体を抱くようにして、ぶるぶる震えている。やっと緊張がとけ始めたようだ。
 
「あの…。マスター=ケノービは…、容態はどうなっているのでしょうか」
 
「今手術中だが、危ない状態が続いているそうだ」

 本来なら、尋問中の質問に答える義務はないのだが、あまりにも打ちひしがれた若者の姿に同情してラシンは答えた。アナキンは震えるように息を吐いて、もう一度掌で顔を覆った。
 
「あの…。マスター=ラシン。審問には後でいくらでも応じます。ですから、今は…、マスター=ケノービのそばに行かせていただけないでしょうか?」
 
 アナキンはすがるような目で、ラシンに懇願した。今の彼の様子を見る限り、あちらこちらと飛び回りながら、死体を切り苛んでいた悪鬼のような人物とは思えなかった。それでもラシンはしばらく、逡巡していたが、やがて頷いた。
 
「いいだろう。オビ=ワンのところへ行ってやれ」

 若者が救われたように微笑んだ。すぐさまドアに向かおうとしたアナキンを、もう一度ラシンが呼び止めた。
 
「まず服を着替えて、しっかり身体を洗うんだぞ」

 指摘されて初めて、自分がどんなにとんでもない格好をしていたかに気づいて、アナキンはたじろいだ。あわてて何度も頷きながら、部屋を後にした。ラシンはそれを見送ってから、再び眉をひそめて考え込んだ。
 
 百人以上の人間の心臓を、一瞬で止めてしまうほどの力を持ったフォースとは、どのように凄まじいものなのだろう。同時に、そんな力を持ったものが、殺害してなおその死骸までも切り刻まずにはいられないほどの憎悪を宿しているとしたら、それはこの上もなく危険な事態である。ラシンは恐ろしい予感にぞっとした。これはもう自分の手にはおえない。いずれにしろ、アナキンが憶えていないと言った記憶領域まで踏み込んで尋問するのは、長老クラスのフォースでなければ無理だ。評議会の裁定に委ねよう。アナキンからは目を離さないようにして、オビ=ワンが回復したら、彼の審問もしなければならないが、それはこの先どうなるかわからない。
 
 とりあえず今は、謀反によって混乱しているクルガの都市機能を回復させなければならない。ラシンはそのまま王朝府に急行した。
 
                 * * *
 
 乾いて血が固まってしまった衣服は、まったく思い通りにならず、苛立ったアナキンはナイフで布地を切り裂いた。皮膚や髪に強張りついた血痕を取り去るために、何度も熱い湯を浴びなおさなければならなかった。凝固した血液が湯に溶けると、むっとするような悪臭が立ち昇る。排水溝に流れ込む水はいつまでも真っ赤に染まっていて、アナキンは四苦八苦しながら、悪態を吐き散らした。やっと身なりを整えた時には、ずいぶんと時間がたってしまっていた。アナキンは今この瞬間にもオビ=ワンの命がかききえてしまうのではないかと気が気ではなく、疲れてもつれる脚を叱咤しながら、救急センターへ向かった。
 
 すでに手術は終わり、オビ=ワンは治療用ポッドに入れられ、細胞再生用培養液の中に浮かんでいた。右肩が完全に砕かれていたが、それで命が危ぶまれるというわけではないと、医療班のマスター=ドーキンは、でっぷりと太った赤ら顔に大汗をかきながら説明した。アナキンは祈るような気持ちで、それを聞いた。
 
「確かにひどい怪我だったが、それは治療可能だ。心臓や内臓に直接のダメージはない。ただ…」

 ドーキンは困ったものだというふうに、首を振った。
 
「マスター=ケノービは、もう何年も休息をとるようにという医療部からの指示や勧告を無視し続けている。そのため体力の消耗が甚だしい。例の惑星探査の折、新種のウィルスに一人だけ免疫抗体が効かなかったのもそのためだろう。さっき怪我による内臓のダメージはないと言ったが、それ以前に彼の身体はぼろぼろだったのだ。これだけ過労が続いていれば本人にも相当な自覚症状があったはずだが、よくあの激務に耐えられたものだ。その抵抗力の低下が、怪我の治癒を妨げている。そして、もう一つ…」

 ドーキンは口を閉ざして、空を睨んだ。どう説明するべきか、言葉を捜しているようだった。
 
「マスター=ケノービは、積極的に生きようとする精神状態、ではないらしい」
 
 その声は、アナキンの虚ろな心に残酷な反響を残して、いつまでも止むことがなかった。
 
「病気にせよ怪我にせよ、治療の一番の基本は何よりも本人の良くなろう、生きようとする意志、意欲だ。オビ=ワンにはそれが決定的に欠けている。長年に渡る肉体の酷使は消極的な自傷行為、君を庇って撃たれたのは緩慢な自殺行為だったのではないかと、我々は推測している。こういった精神状態は良くない。肉体的な損傷よりよっぽど始末におえない。危篤状態から回復できないのもそのためだ。このままでは、治療も薬物も役に立たない。彼のフォースに希望を託すしかないのだよ」
 
 マスター=ドーキンは深刻な表情で深いため息をついた。
 
 アナキンは横たわった状態で養液の中に沈んでいるオビ=ワンを見つめながら、緩慢な自殺行為、という言葉を心の中で繰り返した。自分という存在は、彼にとって少しも生きるための理由にはなれなかった。今さらのことだが、この事実は彼の心を手酷く傷つけた。
 
 薄暗い病室の中、観察のための照明装置のせいで、オビ=ワンの身体は明るく輝いているように見える。アナキンは床に座り込んだ。眠り続けるオビ=ワンの顔がすぐ目の前にある。ポッドに手をあてて、その表情をなぞってみた。とうとう最後まで、こんなふうに彼と触れ合うことは叶わないのだろうか。水槽に額を押しあて、がっくりと肩を落とす。疲れきって、身体が急に縮んでしまったように感じた。
 
 オビ=ワンは手の届かないところへ行ってしまおうとしている。いや、今までだって、ただの一度も、その手が、その想いが、彼に届いたことなどありはしなかった。マスターは自らの使命を果たしたつもりでいるのだ。自分がどんなに彼を必要としているかなど、省みることもない。愛する男の元へ旅立とうと、そればかりを願っているに違いない。
 
 もう記憶もかすかになってしまった、大柄な初老の男を思い浮かべた。本来なら、アナキンにとって、クワイ=ガンは憎んでも憎みきれない存在のはずだが、不思議と彼に対して、悪い感情は湧いてこない。優しく力強い眼差しをしていた。自分を奴隷から解放し、ジェダイにすると約束してくれた。
 
 もし、彼が、あのまま生きて、自分がそのパダワンになっていたら…、今ごろどうなっていただろう。ふと、何の脈絡もなく、そんな疑問が浮かんだ。
 
 もし…、もし、マスター=クワイ=ガンが、今の自分達の様子を見たら…、オビ=ワンが自らその命を危くしているのを知ったら…、どう思うだろう。
 
「マスター=クワイ=ガン、あなたはそれを、おのぞみですか?」
 
 必ず、応えがあると信じて、問いかけた。
 
「違う!違う!こんなことは、間違っている。オビ=ワン、あなたは間違っている」
 
 胸の思いに突き動かされて、ポッドに拳を打ちつけながら叫んだ。
 
「マスター=クワイ=ガンは、あなたが生きて、幸福になることを願っているはずだ」若者の悲しみは、たやすく怒りに転化した。溢れる涙を拭い、絶望を闘争心に置きかえて、アナキンは気持ちを奮い立たせた。
 
「くそ!こんなことで負けてたまるか。こんなことで、諦めてたまるか」
 
 そして、両手をぴったりとポッドに押し当て、全力でフォースを送り始めた。
 
「希望は彼のフォース」

 マスター=ドーキンの言葉だけを頼りに、アナキンはオビ=ワンのフォースを探した。しかしその心の闇はあまりにも深く、途方もない広さを持ち、彼は幾度も挫けそうになりながら歩みを続けた。やっと儚い光を見つけ出したのは、ポッドの前に座り込んでから数時間後で、オビ=ワンのフォースは文字通り、風前の灯火だった。
 
 もちろん、フォースには色も形もない。ただそこに存在するだけだ。アナキンはフォースを精査する足がかりとして、より具体的なイメージを思い描こうとし、火を選んだ。
 
 彼はその小さな炎を掌に囲い込み、火が燃えるために必要なもの、酸素と熱と燃料をイメージして、フォースを送り続けた。はじめのころ、ともすれば掻き消えてしまうかと思われた炎は、若者の恐るべき忍耐力によって徐々に火勢を増し、小さな光の粒から闇の中を照らし出す大きな火炎となった。その熱がマスター=ケノービの凍えきった心と傷ついた身体を温め、彼岸に踏み出そうとしていた彼を、ほとんど力づくで現世に引き戻した。
 
                 * * *
 
 二日目の朝、マスター=ドーキンは、それまでどう説得しても治療ポッドの前から動こうとしなかったパダワンが、その場で気を失って倒れているのを発見した。栄養剤を投与すると若者はすぐに目を覚まし、マスター=ケノービの回復を告げると、ドクターに飛びついて、その太った身体を振り回した。マスター=ドーキンはアナキンを救急センターからつまみ出すよう、看護兵に命じなければならなかった。
 
 意識が断続的に途切れたり、鮮明になったりする。
 
 右半身が火のように熱くて、自分の身体は焼かれているのだろうかと思った。
 
 そうか…、自分は死んだのだ。
 
 あの時、アナキンをかばって命をおとしたのだ。この熱は自分を埋葬するための炎だ。
 
 では、彼は…。
 
 マスターはどこにいるのだろう。自分が死んだのなら、彼が迎えにきているはずだ。
 
 オビ=ワンは周囲の様子を探ろうとしたが、再び意識が混濁してしまった。
 
 次に意識が戻った時には、もう少しものを知覚することができた。とはいっても、身体は鉛のようにだるくて、とても動かせない。焦点がぼやけて、ものがよく見えない。
 それでも自分が横たわっていて、誰かがそばに立っているのはわかった。
 
「マスター?」

 呼びかけたつもりだったが、声はほとんど聞き取れないほど掠れていた。そばにいた人物が、鋭くふり向くのが見えたような気がしたが、顔を確かめようとしている間に、気を失ってしまった。
 
「オビ=ワン」

 懐かしい声が呼んでいる。オビ=ワンは必死で意識の表面に浮かび上がろうとあがいた。誰かが目の前にいるのはわかっているのだが、焦点が定まらない。
 
「オビ=ワン」

 今度こそ、間違いない。これは、あの人の声だ。やはり自分は死んだのだ。だからマスターが迎えにきてくれたのだ。オビ=ワンの心は歓喜に包まれた。目が見えないまま、その人に触れようと手を伸ばした。空をさまよっていた彼の手を誰かが掴んだ。大きな掌に覚えがある。忘れたことなど一度もない。オビ=ワンの目から涙が溢れた。
 
「オビ=ワン」

 ああ、やっと、やっとここまで来れた。何と長く残酷な日々だったろう。
 
 オビ=ワンの手が豊かな頬に触れた。この感触、そしてこの匂い、何も変わっていない。
 
「マスター」

 自分の応える声が聞こえた。同時に少しずつ視野がはっきりしてきた。クワイ=ガンの顔が目の前にある。オビ=ワンは声もなく、愛しい男を見つめていた。両手でその顔を挟んで、それが確かにそこに存在することを確かめた。彼が優しく微笑む。
 
 オビワンはその顔に近づいて、唇に触れた。喜びに酔い痴れて、クワイ=ガンの身体を意識し、その存在をはっきり感じ取った。彼が自分を愛撫している。その手の動きも記憶のままだ。身を震わせて反応しながら、その首に腕を廻そうとして、右肩がまったく動かないのに気がついた。不思議に思って、あらためて周囲を見回そうとした瞬間、クワイ=ガンが、強引にオビ=ワンの中に押し入って来ようとした。思わず、身を捩って悲鳴を上げる。しかし痛みを感じたのは最初だけで、すぐさま強烈な快感が全身を包んだ。
 
 彼の腰が大きく動くたびに、自然に身体がのけぞってしまう。押さえようとしても声が押さえられない。ずいぶん時間がたっているような気もするが、快楽は電流のように身体中を駆け巡っている。それでも、少しずつ動きが早くなって、フィニッシュが近いことを感じた。オビ=ワンはもう一度彼の肩に縋りつこうとしたが、やはり右肩が動かない。仕方なく左手を彼の首にまきつけようとして、ふと…、違和感を覚えた。
 
 マスターの首は、こんなにほっそりしていただろうか。
 
 それに…、彼の肌はこんなになめらかでハリがあっただろうか。
 
 そう、それにあの豊かな長い髪はどこへ行ってしまったのだろう。
 
 オビ=ワンは激しく身体を揺り動かされながら、懸命に目を見開いた。
 
 そして、そこに、見たのは…。
 
「アンキン?」

 信じられないものを見つめながら、オビ=ワンは問いかけた。
 
 若者は眉をしかめ、目を固く閉じ、歯を喰いしばって、快楽を追うのに夢中だったが、名前を呼ばれて我にかえり、心から嬉しそうに笑った。
 
「アナキン…、アニー。お前…」
 
 どうして、と言う言葉は、激しい律動に押しつぶされた。オビ=ワンは力の入らない手で、彼の肩を押しのけようとしたが、アナキンは動きを止めない。
 
「いいんです。すべてわかっていますから…」

 アナキンが喘ぐように、叫んだ。
 
 オビ=ワンは分けもわからず、それでも彼から逃れようともがいた。しかし身体はまったくいうことを聞かず、それどころか若者とともに頂点へ昇りつめようとしている。
 
「もう、何も考えないで・・・」

 オビ=ワンの身体をかたく抱き締めて、激しい息づかいとともにアナキンが耳元で囁いた。オビ=ワンは弱々しく首をふり続ける。アナキンが呻き声を上げながら、強引に唇を奪った。
 
 己を失うまいと、必死に虚空を見つめていたが、とうとうオビ=ワンはその瞳を閉じた。
 
 欲望の腕が彼の肉体を引きずって行き、快楽の波が彼を呑み込んだ。
 
 アナキンは長い間、オビ=ワンは眠らない人なのだと思っていた。彼の寝ている姿を見たことがなかったからだ。だから、今こうして、とりあえず安らかな寝顔のオビ=ワンを見下ろしているのは、新鮮な体験だった。
 
 そっと指先で彼の額に触れ、少しずつ癒しのフォースを送る。彼の肌は乾燥していて、サラサラとした感触が心地いい。若者は大きく息を吸って、恋人の体臭で胸を一杯にした。干草によく似た香りが懐かしかった。
 
 まだオビ=ワンの弟子になったばかりのころ、アナキンはよく泣いた。母を恋しがって、悪夢に怯えて、修練の辛さにヒステリーを起こして、少年は泣き叫んだ。オビ=ワンは彼を抱き締め、泣き疲れたアナキンが寝入ってしまうまで小さな声で子守唄を歌ってくれた。
 
 誰も知らない、二人だけの秘密だ。そんな時、彼のぬくもりと体臭に包まれていると、それだけで自分は守られている、マスターがいてくれれば何も恐れるものはないのだと信じられた。何よりも自分を安心させてくれた香りが、欲情を誘うものに変化したのはいつからだろう。彼がパダワンとして、オビ=ワンとともに任務につくようになっても、雨や風や寒さから庇うために、マスターはいつも自分を盾にした。アナキンの目線の高さが彼を凌ぐようになった今でも、パダワンがどのように懇願しても、変えられることのない習慣だった。そんな時、アナキンが自分の欲望を隠すためにどれだけ苦労していたか、いつか打ち明けてやったら、彼はどんな顔をするだろう。若者は小さく含み笑いをもらした。
 
 頬に触れ、掠めとるようなキスをする。いくら触れても足りない。いくら口づけても満足できない。オビ=ワンの胸に耳を押しあてて、心臓の鼓動に聞き入る。幸福感が突き上げてきて、アナキンは再び小さく笑った。昨日から笑ってばかりいる。こんなに満たされた気持ちになったのは、生まれて初めてだ。彼がいてくれれば、これからもずっと幸せでいられる。若者は、長年思い続けた恋人をとうとう我が物にできた喜びで有頂天だった。
 
「まだ、動かないほうがいい」
 
 ベッドに起き上がろうとして、オビ=ワンは怯えたようにその身を凍りつかせた。アナキンは後ろから彼にガウンを着せかけ、そのまま両肩を抱いて首筋にキスを落とす。
 
 まるで、慣れきった恋人のようなしぐさに、オビ=ワンはうろたえて視線を泳がせた。
 
「身体に障りますすよ。オビ=ワン」
 
 アナキンから、マスターではなく直接名前を呼ばれて、オビ=ワンは眉をひそめた。
 
「アナキン」
「昨夜のように、アニーと呼んでください」
 
 若者は優しくオビ=ワンの肩を引き戻そうとした。その手を押さえ、ためらいながら振り向いて、肩越しに彼の顔を見た。アナキンはそれまで一度も見たことのないような、満ち足りて幸福そうな表情をしていて、そんな彼の様子はオビ=ワンを激しく動揺させた。しかし、どうしてもこれだけは、言わなければならない。
 
「アナキン、昨夜のことだが…。私は…、どうかしていたんだ」
「反乱軍はすべて鎮圧されました。首都の機能もほぼ平常どおりに回復しています。首謀者と思われるアウルという過激派のリーダーは、逮捕直後に自殺しましたが、彼らの後ろ盾となった組織についてはまだ捜査中です」
「ああ…、そうか」

 アナキンは事務的な報告という形で、オビ=ワンを黙らせた。
 
「ここは、クルガの政府高官が所有している別荘です。あなたの体力が回復するのに時間がかかると話したら、喜んで貸してくれました。マーガルからそれほど離れてはいません。クルデリンの皇帝からも、ゆっくり養生するようにとのお言葉がありました」
「報告は、もういい。それより、アナキン、昨夜のことを…」
「三日近く危篤状態が続きました」

 アナキンはオビ=ワンの言葉を無視して話し続ける。
 
「マスター=ドーキンが、長年に渡って医療部の勧告を無視した結果だと言って、かんかんに怒っていました。後でたっぷり、油を絞られますよ。覚悟しておいたほうがいい」
 
 若者の浮かれきった上機嫌なお喋りが、ひどく不安なものに感じられた。
 
「アナキン、聞いてくれ…」
「アニーと呼んでください」

 再び彼に遮られてしまう。
 
「マスター、約束してください。もう二度と僕を庇おうなんて思わないと。あなたが僕のために命を落とすなんて耐えられない。あなたが培養液に浮かんでいる姿なんて、二度と見たくない。もう大丈夫だとマスター=ドーキンが言ってくれるまで、僕がどれだけ苦しんだか、あなたにはきっとわからない…」
 
「アナキン!」とうとうオビ=ワンはアナキンを怒鳴りつけた。若者は驚いて口ごもる。
 
「ああ…、大きな声を出して、すまない。それにずいぶん心配をかけてしまったようだ」
 
 オビ=ワンはなるべく、優しい口調になるように自分を戒めた。
 
「昨夜のことは…、何と言ったらいいか、私は…、お前をある人と間違えてしまった。勘違いだったんだ。どうか、許してほしい…」

 俯いて、しどろもどろに言葉をつなぐ。
 
「わかっています」

 アナキンは事も無げに答えた。
 
「だって、あなたは僕に向かって、何度もマスターと呼びかけていましたから」
 
 オビ=ワンは頬を殴りつけられたような衝撃を受けて、アナキンを見返した。
 
「お前は…、それを知っていて、どうして…?」
「別に・・・、それで、かまわなかったから」

 若者は歯切れ悪く、言葉を濁す。
 
「でも、最後にあなたは僕の名前を呼んでくれた。僕だとわかっても、あなたは拒まなかった。だから…」
「ああ…、違うんだ。アナキン」

 オビ=ワンは頭をかかえた。
 
「私は、どうかしていて…。ただ欲望に負けてしまって…。だから…、お前を、受け入れたというわけではないんだ」
「そんな…。そんなの嘘だ」

 若者は顔を歪めて、怒鳴り返した。それからしばらくの間、唇を噛んで逡巡していたが、やがて顔を上げると、きつい目でオビ=ワンを見つめた。
 
「ねえ、マスター。今まで、一度でいいから、僕のことを可愛いと、愛しいと思ってくれたことはありませんか。あなたは、少しも気づいてくれなかったけれど、僕はもう何年も、あなたのことを、あなたのことだけを、想いつづけて来ました」
 
 突然の告白に、オビ=ワンは驚いて、逸らし続けた視線を、若者に戻した。
 
 アナキンがそんな気持ちでいたことなど、まるで知らなかった。オビ=ワンは彼をジェダイにすることばかり考えて、彼個人の感情まで思いやる余裕などなかったのだ。本当にアナキンがそんな想いを抱いていたとしたら、それに気づいてやれなかった自分は何と愚かな師であったことか。その鈍感さゆえに、彼にはずいぶんと酷い仕打ちをしてしまったことだろう。アナキンの傷ついた表情が、あらためて胸に突き刺さる。
 
「マスター、あなたは僕をジェダイに昇格させたら、マスター=クワイ=ガンの後を追うつもりなのでしょう」

 アナキンは視線を落とし、言い辛そうに、この話題を持ち出した。
 
「お前は…、どうして、そんなことを…。誰にそんなことを聞かされた」
 
 オビ=ワンはいきなり急所をつかまれたように動揺して、問い返した。
 
「誰に?誰だって知っていることです。皆があなたを監視していました。マスター=ヨーダがどんなに周到にあなたを見張っていたか、気がつかなかったのですか」
 
 そうさ、だから、テンプルでは手も足も出せなかった。アナキンはしわだらけのヨーダの顔を、苦々しげに思い返した。テンプルから遠く離れたこの惑星だからこそ、こんな思いきった手も打てたのだ。
 
「そうか…、そうだったのか」

 ヤンが温室でオビ=ワンに近づいて来たのも、決して偶然ではなかったのだ。そういえば、夜中に仕事をしていると、突然仲間のジェダイが尋ねてきたり、急遽アナキンの私室がオビ=ワンの執務室の隣に移されたり、これはみんなそういうことだったのか。オビ=ワンは、あらためて己の無思慮を恥じた。
 
「オビ=ワン、あの方は死んでしまったんです。マスター=クワイ=ガンはもういません。死者と生きることはできません。もう一度、僕と生きてください。僕にもチャンスを与えてください」

 アナキンはオビ=ワンの肩を掴んだまま、彼の横顔に向かって言い募る。
 
「僕のことを、一度でも可愛いと、愛しいと思ってくださったことがあるなら、どうかお願いです」

 のろのろと顔を上げて、オビ=ワンは視線を若者に向けた。
 
 もちろん、彼は可愛い。愛しくて、何よりも大切な存在だ。しかしそれは、アナキンが求めているような感情ではない。あくまでも弟子に対してのもので、恋人に対するものとは全然違う。
 
「アナキン、お前は私にとって、愛しく大切な存在だ。それは本当のことだよ」
 
 若者はあからさまに、ほっとしたような顔で笑った。
 
「でも、それは…、恋愛とは違う。お前の望んでいるようなものではないんだ」
「そんな・・・。そんなのあんまりだ」

 アンキンはとうとう、怒りを爆発させた。無理やりオビ=ワンをベッドに押し倒して、その体を押さえつけ、火のような目で彼を見下ろす。
 
「だって…。だって、僕の首に手をまわして、僕の唇を奪ったのは、あなたの方だ。僕の体に脚を絡みつけて、淫らに腰をふって見せたのは、あなたの方だ。あなたが僕を誘った。あなたが僕を誘惑したんだ。それなのに…、」

 激しく責め立てる若者の言葉に、耳を塞ぎたい思いだった。とても彼の顔を正視できなかった。
 
「アナキン、お前の言う通りだ。私は許されないことをした。どうやって、詫びたらいいのか、言ってくれ。お前の気のすむようにしよう」

 慙愧の思いで、オビ=ワンが叫ぶ。
 
「だったら・・・、僕を受け入れてください。僕のことを、少しでも愛しいと思ってくださるなら、その気持ちのまま僕を受け入れてください。僕を拒まないで…。僕の想いを、無視しないで…」

 先ほどの怒りから一転して、彼の胸に顔を埋め、頑是無い子供のように、身体を揺すっていやいやをする。オビ=ワンは途方にくれた。
 
「アナキン、私は…、混乱してしまって…、少し、考えさせてくれないか」
「嫌だ!」

 アナキンは低い声で怒鳴った。

「YESという言葉しか、聞きたくない」
 
 ああ、この子は少しも変わっていない。睨みつけてくるアナキンを見ながら、オビ=ワンは既視感とともに思った。その見捨てられた幼い子供のような哀しい瞳は、あの日もこうして自分を見つめていた。クワイ=ガンの葬儀の席で、こんなにも自分を必要としている存在を置き捨てて、勝手な真似は許されないと心を決めた。自分がともにある限り、二度とこんな悲しい目はさせないと誓ったのに、この瞳の色は、あの時と同じだ。あの日、少年の手を引こうとして差し伸べた手を、自分から離すことなど出来ない。オビ=ワンはその同じ手で、今は成長した若者のなめらかな頬に触れてみた。自分がうんと言いさえすれば、彼の瞳は幸福の色に染めかわるのだろうか。それが彼のためなのだろうか。
 
 しかし、自分の気持ちに嘘はつけない。それでは、かえってアナキンを傷つけてしまう。オビ=ワンは、何とか自分の心情を説明して、彼を説得しようと口を開いた。
 
「アナキン、よく聞きなさい。お前がいくら待っても、お前のことを、マスター=クワイ=ガンのように愛することは、きっとできないと思う…」
「いいんです。わかっていますから…」

 首をふり、若者を押し留めて、言葉を続ける。
 
「お前はそう言うが、そんな関係は直に破綻してしまう。第一、私はこんな気持ちのまま、お前を恋人にすることはできない…」
「マスター=クワイ=ガンのように愛してほしいとは言いません」
 
 一つずつ説き聞かせようとしたオビ=ワンの声は、アナキンの叫びに、かき消された。
 
「ただ・・・、僕を、受け入れてほしいのです」

 オビ=ワンは、痛ましさに口を閉ざした。
 
 一途な若者の心根が、哀れでならなかった。アナキンが、頬に触れているオビ=ワンの手を握り締め、その掌に深く口づける。
 
「どうせ捨ててしまう命なら、僕にください」

 哀しい懇願の言葉に、こらえ切れずオビ=ワンの目から涙が零れた。一直線に自分を求めてくる若者の姿は、疲れきった彼の心を激しく揺り動かした。いつか、自分もこんな目をしてクワイ=ガンを見つめていたはずだ。
 
「お前は、本当に、それでいいのか」

 それでも、もう一度、問い重ねた。
 
「いいのです。それで、いいのです」

 若者は想い人を抱きしめ、顔を近づける。
 
 そこまで彼が自分を必要だと言うのなら、もうしばらくこのままでいたほうがいいのかもしれない。それになんと言っても、アナキンはまだ若い。きっと自分では気づかぬまま、一番身近にいた人間に恋をしていると、一時的に錯覚してしまっただけなのだ。
 
 でなければ、こんなにも美しく魅力的な若者が、どうしてこんな、うんと年上の、くたびれきった、抜け殻のような男を欲しいと思うだろう。あらかじめ不実であると宣言しているような恋人を、必死になって手に入れようとするだろう。
 
 今頑なに拒否しなくても、しばらくすれば、他に目を向けるときがくる。そう考えて、オビ=ワンは自分を納得させた。
 
「僕を拒まないで、どうか、僕を受け入れてください」

 とうとう、オビ=ワンが頷いた。
 
「目を、閉じて・・・」

 アナキンは天にも昇るような気持ちで、最愛の人に囁きかけた。
 
 アナキンが両手でオビ=ワンの頭を掴む。その長い指にがっちりと拘束されたまま、口づけは延々と続く。オビ=ワンは新鮮な酸素を求めて首をふるが、はずされた唇は次の瞬間、捕えられてしまう。若者が満足するには多くの時間を必要とし、オビ=ワンはほとんど失神寸前になって、やっと解放された。それからまた、若者はそれに倍する時間をかけて、貪欲な愛撫で恋人の体中をくまなく責め、唇でその形状を味わうことに没頭した。
 
 アナキンはオビ=ワンの様子に気を配ることもなく、自分の欲求を満たすことに夢中だった。というのも、彼は自分を受け入れてくれたのだから、当然、昨夜と同じように、自分のしていることはオビ=ワンを喜ばせているものと、思い込んでいたのだ。しかし、アナキンがどうがんばっても、オビ=ワンからはかばかしい反応が得られないことがわかると、彼は癇癪を起こして恋人の疲れきった身体をうつぶせにし、砂を掘るように犯した。
 
 オビ=ワンは朦朧とした意識の中でアナキンを受け入れていたが、それはほとんど拷問に近い行為だった。いつの世にも、若者の欲望は独りよがりで、そして限界を知らない。
 
                 * * *
 
 夕暮れ近くになって、マスター=ラシンが来訪するという連絡が入った。アナキンはしぶしぶオビ=ワンの体から離れ、ベッドを抜け出した。それから気を取り直して、かいがいしくマスターの世話にとりかかった。身体を洗い、シーツを取替え、清潔な衣類に着替えさせ、薬と暖かい食べ物を用意した。別荘付きの召使たちは、必要なものだけ用意させられると、体よくドアの前から追い払われた。アナキンは自分以外のものが、恋人の身体に指一本触れることを許さなかった。こうして、ラシンが部屋に入ってきたとき、アナキンはオビ=ワンの肩を抱き、慈母のような優しさで熱いお茶を飲ませていた。
 
 ラシンは憔悴しきったオビ=ワンの様子を見て、眉をひそめた。ドクターはもう安心だと話していたが、治療ポッドを出るのが早すぎたのではないかと、案じられた。
 
「マスター=ラシン、見苦しいところを見せてすまない」

 オビ=ワンはベッドから起き上がろうとした。アナキンがいそいそと、いくつもの羽枕で彼の背を支える。
 
「そんなことは気にするな。そのまま横になっていたほうがいい」
 
 ラシンは手近な椅子に腰をおろして、オビ=ワンと向き合った。
 
「アナキン、外へ出ていなさい」
 
 マスターに命じられて、パダワンはラシンに一礼すると、部屋を出て行った。その従順で控えめな態度と裏腹に、若者の内から光り輝くような美貌は、武骨なラシンの目さえ引き付けずにはおかなかった。げっそりと痩せて、目ばかり大きくなったような印象のオビ=ワンとは、まったく対称的だった。二人の様子が、何か不吉で、歪なものに感じられて、ラシンは憂鬱そうにため息をついた。
 
 この歴戦の勇者はアナキンという若者が苦手だった。彼が自分のパダワンでなくて、本当によかったと思う。大量虐殺の張本人ということで、はじめアナキンは要注意人物だった。しかし、オビ=ワンに対する献身的なというより、その命を削るような看病の様子が、人々の印象を変え、特にドクター=ドーキンはアンキンを褒めちぎった。
 
 そして、虐殺のそもそもの原因が負傷した師のためであったこと、それまでの彼の目覚ましい活躍によって、反乱軍を掃討できたことなどから、クルガの軍や政府関係者には、アナキンに対する同情と評価の声が高まってきている。
 
 しかし百体位以上もの切り刻まれた死体を、現実に目の当たりにしているラシンには、そう簡単に彼に対する見方を変えることはできなかった。アナキンのフォースが、これまでのジェダイには見られなかった未知の、そして危険なものを内在していることは確かだ。
 
 またそれはそれとして、ラシンはどうも、この若者を全面的に信用することができない。何か、表面的な行動だけでは推し量れないものがあるような気がしてならないのだ。
 
 彼はそれから長い時間をかけてオビ=ワンを審問したが、当然というか案の定、マスター=ケノービは、自分が負傷してからのことは何も憶えておらず、逆にラシンが、その後の様子を説明することになった。
 
 アナキンのフォースが、あの場にいた反乱軍全員の心臓を一瞬で停止させたこと。怒り狂った若者によって冒涜された死骸の山。そしてオビ=ワンを救うための捨て身の行動。
 
 ラシンは率直に自分の考えをオビ=ワンに告げた。
 
 アナキンは、ジェダイとして当然抑制されなければならない感情の振幅が、あまりにも激しい。言うまでもなく、これは彼の精神面の弱さからきている。アナキンのフォースが強大なものであればあるほど、彼は危険な存在なのだ。
 
「できるだけ早急にテンプルに戻り、評議会に諮るべきだと、私は思うのだが」
 
 ラシンは言葉をきって、蒼白な表情のまま押し黙っているオビ=ワンを見つめた。自分が手塩にかけて育ててきた愛弟子が、いきなり殺人鬼に変貌してしまったことを知らされて、彼がどんなに衝撃を受けているか、推し量る術もない。ラシンはただ、待ち続けた。
 
「ああ、私もそう思う」
 
 やっと、それだけ答えて、オビ=ワンは掌で顔を覆い、長いため息をついた。
 
「マスター=ラシン、今さらこんなことを言っても言い訳にしか聞こえないだろうが、私は誠心誠意、職務に忠実であろうとしてきた。アナキンにも、自分の持てる力のすべてを注ぎ込んできたつもりだ。それなのにどうして、こんなことに…。何がいけなかったのだろう。どこで間違えてしまったのだろう」

 ラシンはオビ=ワンの肩に手をかけたが、その嘆きの激しさに、慰めの言葉すら思いつかず、二人の間を悲痛な沈黙が流れた。
 
 虐殺の対象が反乱軍に対するものであることから、おそらくクルガ政府から厳しい追及がなされるとは思えない。しかし、評議会はこれを大きな問題として、捉えるだろう。最悪の場合、アナキンがパダワンの資格を剥奪されることも考えられる。そうなれば当然、マスターであるオビ=ワンの責任も問われることになるだろう。しかし、彼のこれまでの精勤ぶりを思えば、それはあまりに酷い仕打ちと思われた。せめて、評議会に諮る前に、直接ヨーダに訴えることは出来ないものか。あれこれと方策を巡らせながら、それでも、いつまでもこうしていても仕方がないと、ラシンは気持ちを切り替えた。
 
「そう思いつめるな。お前が誰よりも、職務に忠実であることは、皆が認めている。アナキンのことは、お前だけの責任ではないと思う。それだけあの子のフォースが予測不能なものだったのだ。それに、まだ手立てがまったくないわけではない。とにかく今は身体を直すことだ」
「ああ、それならもう大丈夫だ。明日から私も現場に戻ろうと思う」
「オビ=ワン」

 呆れ果てて、ラシンは思わず彼の名を呼び捨てた。

「どう考えてもそれは無理だ」
「何を言う。私はもう、充分元気だ」

 ラシンはあらためて、マスター=ドーキンの言葉、自傷行為とも考えられるほどの肉体の酷使、を思い出した。
 
「いいか、せめて後三日は、ここでこのまま養生するように。これは命令だ」
 
 オビ=ワンはさも不服そうな表情をしていたが、ラシンは譲らなかった。
 
「ではせめて、アナキンだけでも。人が足りなくて困っているのではないのか」
 
「いや、アナキンもこのままここで待機させよう。正直に言うと、アナキンは今微妙な立場にいる。クルガ兵の中には、彼を魔人の生まれ変わりだと言って恐れるものもいるし、かえって現場を混乱させることになりかねない」

 それは事実だが、それだけではない。
 
 実は虐殺の経緯をめぐって、彼らはマスコミやジャーナリストの注目の的になっていて、しばらく身を潜めている必要があったのだ。ただ、ラシンはこれ以上オビ=ワンに心労をかける事もないと考えて、このことは打ち明けなかった。
 
 それに、わけのわからない怪物に、自分の周りをうろうろしてほしくないというのも、ラシン自身の偽らざる本音だった。アナキンを現場に復帰させて、下手に刺激しないよう気を遣うより、オビ=ワンに預けておいたほうがよほど安心だった。またそれを裏付けるように、彼のフォースが二人を引き離すことは危険だと、しきりに警告している。
 
「そうか、わかった」

 ラシンの説明を聞き、オビ=ワンはあらためて傷ついたように肩を落とした。その様子はまことに気の毒なものだったが、仕方がない。
 
 ラシンが部屋を出ると、アナキンが待ちかねたように近づいてきた。
 
「オビ=ワンの意識が戻って、良かったな」
「はい」
 
 声をかけてやると、嬉しさを隠し切れないように微笑んだ。そのつややかな頬には何の屈託もない。オビ=ワンの落胆振りを知っているだけに、ラシンにはアナキンの明るい表情がやりきれないものに思えてならなかった。
 
「ああ、それから、明日、ドクターが往診にくると言っていた。多分、早朝になると思う。マスター=ドーキンも、そのぐらいの時間帯でないと、体が空かないそうだ」
「いろいろとお心遣いいただいて、ありがとうございます」

小型の飛行艇に乗り込んだラシンに向かって、アナキンは鄭重に礼をつくした。
 
「マスター、あなたはそれを、おのぞみでしたか」
 
 この問いは、これまで幾度もオビ=ワンが繰り返してきたものだった。
 
 彼が、評議会の反対を押し切ってまで、アナキンをパダワンにしたのは、マスター=クワイ=ガンの遺言を守るためだ。しかし、オビ=ワン自身がまだやっとパダワンからジェダイに昇格したばかりで、マスターとしての経験もない。そんな自分が、何かと問題の多いアナキンのような少年をパダワンとしたことが、はたして適切なことであったのか。修練に行き詰まったようなとき、オビ=ワンはいつもこの疑問に苦しめられてきた。
 
 例えばもっと経験豊かなマスターに預けて、自分は少し離れたところからアナキンを見守り、何かと励ましたり、手助けしてやったりという方法も考えてみるべきではなかったか。自分がアナキンを預かったことが正しいことだったのか、クワイ=ガンの意思に叶ったことだったのか、オビ=ワンは目に見えぬマスターに向かって、問い続けてきた。
 
 そんな迷いがアナキンに反映してしまったのか、彼の精神鍛錬は、オビ=ワンの頭痛の種だった。アンキンは決して短気な子ではない。それどころか、彼の集中力とその忍耐強さには、オビ=ワンでさえ感心させられることが度々あった。またほとんど酷薄と思われるほど冷静に周囲の状況を分析し、情報処理能力、判断力にも秀でていた。
 
 ただアナキンには、彼自身にもはっきりとは認識できない禁忌があって、それに抵触しそうになると、いとも簡単に感情を爆発させた。その禁忌については、オビ=ワンもずいぶん時間をかけて、いろいろな可能性を探ってみたが、とうとう掴みきれなかった。
 
 わからなかった筈だ、オビ=ワンは自嘲に頬を歪めた。自分たちの師弟関係については、それこそうんざりするぐらい考察してきたが、そこに恋愛感情を絡めて考えたことは、一度もはなかった。アナキンは何年も自分を想い続けてきたと言った。つまりタブーとはオビ=ワン自身のことだったのだ。彼が亡き師を思い続けていることを察知していたアナキンは、報われぬ恋を誰にも、まして当人であるオビ=ワンには絶対に知られまいとして、死に物狂いで隠し通してきたのだろう。
 
 その想う人から誘惑されて、思いがけず告白する羽目になるまでは・・・。
 
 しかし自分が同じパダワンだったころ、あれほど師であるクワイ=ガンに恋焦がれていたのに、そのことにまったく思い至らなかったのは、やはり迂闊と言うしかない。
 
 オビ=ワンが撃たれたとき、アナキンから放射された強力なフォースも、その後の衝動的な残虐さも、命懸けの救命行為も、これですべて説明がつく。外に向かって放たれる力が強ければ強いほど、その源は、心の最も弱い部分からきているのだ。
 
 アナキンはベッドに近づき、固い表情のままじっと俯いているオビ=ワンに話しかけた。
 
「マスター=ラシンは、何を仰ったのですか」

 オビ=ワンは顔を上げて、彼を見つめた。
 
「お前は、私の命の恩人だったのだな」
 にこりともせずに、応える。
 
「私を助けるために、お前にずいぶん無理をさせてしまったようだ。礼を言う」
 
 しかし、その言葉の意味とは裏腹に、声の調子からは、彼がそのことについて、あまり感謝してはいないらしい様子が察せられた。アナキンも、敏感にそれを感じ取って、黙りこくったままだ。二人は互いの胸の内を探りあうように、見つめ合った。
 
 やがて、オビ=ワンが再び口を開いた。
 
「あの要塞で私が撃たれた後、何があったんだ」
「ああ、そのことか」
 
 アナキンは、さもつまらなそうに答えた。ベッドに腰をおろしてオビ=ワンと向き合う。恋人が不機嫌な理由に思い当たって、ほっとしたようだった。
 
 アナキンは、自分が反乱軍を制圧したことについて、どうしてマスター達が大騒ぎするのかわからなかった。彼らは敵なのだ。武器を持って、自分たちを殺そうとしていたし、事実オビ=ワンは撃たれて重傷を負った。それに反撃しなければ、こちらがやられていた。確かに、死骸を切り刻んだりしたのは、やりすぎだった。そんなことより、自分はすぐさまオビ=ワンの怪我の状態を確認し、救助を呼ぶべきだったのだ。彼が殺されたとばかり思い込んで、取り乱してしまったのは、不覚だったと、その点についてはアナキンも反省していた。しかしそれ以外に何が問題なのか、彼にはさっぱりわからなかった。
 
「あの場にいた反乱軍全員の心臓を、お前のフォースで止めてしまったというのは本当なのか」
「そう、みたいです」

 アンキンは悪びれもせずに、言い放った。
 
「最初はよく分からなかったんだけど、だんだん思い出してきたんです。どういうふうにやったか。もう一度やれって言われたら、きっと、もっとうまくやれると思う」
 
 アナキンは、誇らしげに微笑んだ。オビ=ワンは目の前にいるのが、少年のころから見守ってきた若者ではなく、初めて会った見知らぬ男のように感じられた。
 
「その後で死骸を切り苛んだというのも、本当にお前のしたことなのか」
「ええ、でも僕が直接手を下したのは、そんなに多くないと思います」
「何だって?」
「あの場には、百人以上の反乱軍がいたんですよ。一人一人切ってる時間なんてなかった。ほとんどはフォースがやったことで、僕は無意識にフォースのしていることを、なぞっていたんだと思います。僕の意思よりも先に、フォースが飛び出していったんです」
「つまり、自分の意思とは無関係に、フォースが行動を起こしたということか?」
「そういうと言い過ぎかな。あいつらを皆殺しにしてやりたいと思ったのはたしかだから。ただ具体的にどうすると考える前に、フォースがそれを実行してしまった。僕はフォースに振り回されていたんです。でもだんだん、僕の意識がフォースに追いついてきたような気がする。だから、もう一度この力を試してみたくて仕方がないんです」
 
 アナキンはポッドレースの話でもするように、目を輝かせていた。
 
「アナキン、それはジェダイとしてあってはならないことだ」

 オビ=ワンは厳しくパダワンを諌めた。今ここで心得違いを正しておかなければ、取り返しのつかないことになる。
 
「フォースは殺人のために使われるものではない。反乱軍の兵士は人間なのだよ。ドロイドではないのだ。彼らの人生は、お前のフォースによって抹殺されてしまった。お前は本来、もっと精神力を高めて、今度のようなフォースの暴走を未然に防がなければならなかったのだ。しっかりフォースを制御できていれば、心停止などする前に、彼らの意識を一時的に奪って捕虜にすることもできたはずだ」
 
 アナキンは思いもよらぬ批判を受けて、不満そうな表情を隠しもしなかった。
 
「マスター、それは、今こうして落ち着いた状況にあるから言えることで…」
「いいや、普通の人間ならそれで許されても、私たちは選ばれしジェダイなのだ。ジェダイには、理性のない行動は許されない。常に己を律し、冷静な判断を下せるものでなければ、ジェダイとは言えない」

 オビ=ワンは容赦のない言い方で、一歩も譲らなかった。
 
「お前は、殺す必要のない人間まで殺してしまった。本当なら奪われなかったはずの命まで奪ってしまった。それがどういうことか、判るか。それがどんなに恐ろしいことか、お前には判るか。彼らにも、親兄弟がいただろう。妻や子供や、恋人もいただろう。お前は彼らの嘆きを、想ってみたことはあるか・・・」
 
「彼らの嘆きと仰るのなら、それは僕の嘆きでもある」

 たまらずに、若者が叫び返した。
 
「僕は、あなたが撃たれるのをこの目で見たんだ。僕がどんな気持ちだったか、あなたにわかりますか。あんな奴ら、皆殺しにされて当然だ」

 記憶が蘇ったのか、アナキンは唇をかみ締めた。オビ=ワンは、彼の瞳に憤怒の炎が燃え盛っているように見えた。
 
「そうです。殺してやっただけじゃ飽き足らなかった」

 低い声で、若者は小さく呟いた。
 
「あなたが何と言おうと、もしまた、あなたが撃たれるような事があったら、僕はきっと同じことをすると思います」

 これだけは頑として譲らないといった表情で言い切った。
 
  先に視線をそらせたのは、オビ=ワンだった。おそらくアナキンは、彼自身が言うとおり、オビ=ワン以外のものに対して、そこまで感情的な行動をとることはないのだろう。
 
 結局はそこへ、禁忌へ行き着いてしまう。
 
 "しかも、私は錯乱して、アナキンの最も弱い部分を、一番無神経なやり方で踏みにじってしまった"

 オビ=ワンは絶望と自責の念で胸をふさがれるような思いだった。
 
「アナキン、お前は間違っている。このままではお前をジェダイに推挙することなど、到底できない」とうとうオビ=ワンは、一番言いたくなかった言葉を口にした。
 
 しかし、アナキンはあらかじめ予期していたかのように、動揺を見せなかった。
 
 どのぐらい時間が過ぎたのか、オビ=ワンは、虚ろな瞳をアナキンに向けた。
 
 二人はただ黙ってお互いを見つめていた。やがてオビ=ワンが手を伸ばして、アナキンの肩を掴み、もう一方の手をその首にまわして、自分の方に引き寄せた。若者は恋人の胸に顔を埋め、しっかりとその腕に抱き締められた。そんな優しいしぐさの中に、何故か不安を感じとって、アナキンは声をかけずにいられなかった。

「ねえ、どうしたの」
 
 オビ=ワンは少し腕の力をゆるめて、胸に抱いているアナキンの顔を覗き込んだ。すぐ間近に互いの目がある。少し哀しげにその瞳を見つめてから、オビ=ワンは彼の額に口づけた。それから、頬に。それから、唇に。そしてもう一度、若者を強く抱き締めた。
 
「私はテンプルに戻って、自分の過ちを正直に報告し、評議会の裁可を仰ごうと思う」
 
 アナキンはオビ=ワンの抱擁を振りほどいて、身を起こした。

「あなたの、過ち?」
「私には、もうお前を導く資格はない。お前の気持ちにつけこんで、誘惑したのだ。許されることではない。本当にすまない。どんな処罰でも、喜んで受けるつもりだ。ただ、お前のことは、何とかこのままジェダイとして修行を続けられるよう、嘆願してみる。それが聞き入れられるかどうかは分からないが、お前がこうなってしまったことについての責任は、すべて私にあるということを、はっきりさせなければ…」
「どうして、あなたは…」

アナキンは立ち上がって、オビ=ワンに背を向けた。
 
「過ちとか、責任とか、どうして、そんな言い方しかできないんだ。これは僕たち二人の問題だ。評議会なんか関係ない。あなたは、僕のことをどう考えているんですか。ずっとあなたを求めていた、ずっとあなたが僕を受け入れてくれることを望んでいた、この僕の気持ちはどうなるんです。あなたのしたことが過ちなら、僕があなたを愛したことも罪ですか」

 広い部屋が、若者の悲しい叫びで満たされた。
 
「アナキン、アニー…」

 オビ=ワンはいたたまれずに立ち上がり、とっさにアナキンの肩を掴んで振り向かせ、両手で頬を挟んで口づけた。アナキンの額に自分のそれを押しつける。若者は決して逆らわなかったが、彼の手がオビ=ワンの背に廻される事はなかった。
 
「ああ、どうか、どうか、許して欲しい。お前は幾度も私の命を救ってくれたのに…。私は、お前に何一つ報いてやることができない。今までだって、何もしてやれなかった。お前がジェダイとなるためには、私の存在は邪魔でしかなかったのに、それにすら気がつかなかった…」

 突然、酷い耳鳴りと頭痛が襲いかかり、オビ=ワンは頭を抱えて俯いた。
 
「私が、愚かだった。私がしゃしゃり出たりしなければ、お前はどんなにか、素晴らしいジェダイになれただろうに…。最初から間違っていたのだ。私がお前のマスターと…、なった、ことが…」

 痛みはますます強まり、オビ=ワンは身を折って、それに耐えた。
 
「どうしたんですか、マスター。どこか痛むのですか」
 
 アナキンはおろおろと、彼の身体を支えるために、手を伸ばした。
 
「私のために、お前をだめにしてしまった。私は、お前の将来をめちゃめちゃにしてしまった…。ああ、どうして、こんなことに…」

 苦痛に身を捩りながらも、独白を止めない。
 
 アナキンが倒れこんだオビ=ワンの身体をベッドに横たえた途端、彼は激しく嘔吐した。
 
「私さえいなければ、こんなことにはならなかったのに…」
 
 一言口にするたびに増していく痛みを、自ら呼び寄せるように、オビ=ワンは吐寫物にまみれ、頭を押さえてもがきながら、うわ言のように自分を責め続けた。
 
「少し黙って…。喋らないでください」

 悲鳴のような懇願も、彼の耳には届かなかった。
 
 館の召使を呼び寄せ、ベッドの始末をさせている間に、アナキンは気を失ったオビ=ワンを浴室に運び込み、彼の身を拭き清めた。すぐにもドクターを呼ぶべきだと思いながら、アナキンはためらっていた。
 
 このままオビ=ワンを、自分以外のジェダイに会わせたら、もう二度と彼を自分だけのものにできないような気がした。もう少し、二人だけの時間がほしかった。
 
 再び清潔なベッドにオビ=ワンを寝かしつけ、その傍らでじっと待った。どのぐらい時間が過ぎたのか、気がつくとオビ=ワンの目が開かれていた。
 
「マスター、僕が分かりますか」
 
 あまり刺激しないよう、小声で話しかけた。オビ=ワンの顔が、声の方に向けられる。しかし、その瞳の色だけで、意識がはっきりしているかどうかは、判断できなかった。
 
 アナキンは手を伸ばして、そっと恋人の頬に触れた。少しの間に肉が削げ落ち、顎の線が痛々しいほどあらわになってしまった。
 
「マスター、あなたが評議会に報告するというなら、僕は止めません。でも、あなたは何の過ちも犯してはいないし、あなたには何の責任もありません。あなたがいてくれたから、僕はここまでやってこれた、がんばってこれたのです」
 
 アナキンはベッドに身を乗り上げるようにして、オビ=ワンの目を覗きこんだ。
 
「もし、あなたが何かの罪に問われるのなら、僕はいつまでも待っています。もし、ジェダイになれないのなら、僕はそれでもかまいません」

 初めてオビ=ワンの瞳が揺れた。
 
「そりゃあ、僕だってジェダイになりたかった。そのために、何年も苦しい修行を積んできたのだから。でも、あなたが僕の気持ちに応えてくれて、あなたが僕とともにいてくれると言うのなら、もう他のことは、どうでもいいのです。そんなことより、早くあなたに健康な身体を取り戻して欲しい。そして、どこか二人で暮らせる所をさがしましょう」
 
 アナキンは自分の身体で、恋人の痩せ衰えた身を覆い隠した。
 
「ねえ、オビ=ワン。僕といつまでも一緒にいてくれると、約束してくれますか」
 
 衣服の前をくつろげて、恋人の手を導く。若者の手は、優しく彼の中心を握り締めた。
 
 こらえきれぬ喘ぎ声や、小さな悲鳴、少し苛立たしげな吐息と、貪りあう唇の湿った音。
 
 互いの快楽のために必要な、最小限の部分だけを使って、彼らは欲望を解き放った。
 
 それから、永遠にやってこないと思っていた頂点が、奇跡のように訪れ、二人はその極みから、真逆さまに転落し、激しい息遣いと、冷たい汗にまみれて、横たわっていた。
 
 穏やかな抱擁は、アナキンを単純で幸福な眠りに引き込んだ。
 
 オビ=ワンは腕の中で安らかな寝息をたてている若者を、もう一度強く抱き締め、その髪に頬ずりをした。眠りを妨げられて不満そうな呻き声を上げながら、アナキンは顔の位置をずらし、オビ=ワンの胸に鼻面を突っ込むようにして、また寝入ってしまう。慎重に若者の身体をベッドに横たえ、そっと唇に別れのキスを落とした。満ち足りた寝顔に、胸をえぐられるような思いだった。
 
 ベッドを抜け出ようとして、オビ=ワンは耳を押えて蹲った。先ほどの頭痛と耳鳴りがぶり返して、立ち上がることさえ覚束ない。フォースが彼を引きとめようとしているのだ。
 
 思いついてみると、それが一番いいことのように思えた。
 
 何故、もっと早くこうしなかったのだろう。自分がしてきたことは、何一つ実を結ばなかった。自分はアナキンにとって、邪魔な存在でしかない。
 
 あのままマスターの後を追わなかったことが、今さらのように悔やまれた。
 
                 * * *
 
 惑星クルガはもともと平地が極端に少なく、切り立った断崖が大地のほとんどを覆っている。そのため、多くの居住地が崖をそのまま掘りぬいて造られた、横穴式住居になっていた。この星の鉱石が非常な硬度を持っていればこそできたことだが、一方で、固い石を掘削したり、加工や細工を施すこの星独自の高度な技術が発達している。そのため、わざわざ急な崖の上に資材を運び上げて建物をつくるよりよほど効率的で、クルガでは古くからこういった建築様式が、文化として栄えていた。他の惑星や通商連合が狙っているのも、この鉱物と技術の独占なのだ。
 
 別荘は、急峻な崖の頂点に近い位置にあった。クルガ特産の美しい白石に、さまざまな意匠の凝らされた巨大なバルコニーが、歪んだ湾曲を描いて高みに迫り出している。機械的な曲線でないのは、天然の地形をそのまま生かしてあるためだ。
 
 オビ=ワンは吐き気をこらえながら、這うようにしてバルコニーに出た。やっとの思いでたどり着いた手摺から見下ろすと、目も眩むような千尋の谷だ。
 
 ああ、これでやっと楽になれる。ほっと息をついた。
 
 マスターには、どんなことでもして詫びよう。でもきっと彼は、仕方がないなと苦笑しながら、自分を迎えてくれるだろう。
 
 柱で身を支えながら、言うことを聞かない脚を、腕で持ち上げるようにして手摺に立つ。見渡す限りの美しい緑の山々、雄大な大自然の中で、夜明けの馨しい大気が胸を満たす。そのすがすがしさと解放感に、我知らずオビ=ワンの口元には笑みが浮かんでいた。
 
 自分には、もったいないような死に場所だと、思った。
 
 恋人が自分の唇に優しく口づけてくれたのを感じて、アナキンは幸福そうに微笑み、目覚めかけた眠りを惜しんで寝返りを打つ。ふと、頬に柔らかな風を感じた。どうしてそれが、全身に鳥肌を立てるような不安に変わったのか、後から考えても、分からなかった。
 
 アナキンは飛び起きて、迷うことなくバルコニーに走った。手摺に立っているオビ=ワンの姿が見える。それが、朝焼けの風景に飲み込まれようとした瞬間、アナキンがフォースを放った。オビ=ワンは一歩を踏み出そうとして、突然自分の体が、がくんと後ろから引っ張られるのを感じた。
 
 暴れる身体を引き摺って、部屋の中まで連れ戻す。すべてのドアが閉め切られ、掛け金のかけられる音が、石の壁に大きく反響した。
 
「あなたは…、どうして…」

 オビ=ワンの頬に、火の出るような平手打ちが飛んだ。
 
 アナキンが襟首を掴んで、乱暴に揺さぶりながら、ふるえる声で叫ぶ。怒りのフォースが部屋中に四散して、美しい調度品が、次々に破壊されていく。
 
「いつまで、僕を裏切り続けるんだ。どこまで、僕を傷つければ気がすむんだ。僕と一緒にいてくれるって、さっき約束したばかりじゃないか」
 
 オビ=ワンはもう一度バルコニーに出ようとして、アナキンから逃れるために、むなしい足掻きを続ける。二人は床の上でもつれ合い、転げまわった。
 
「暴れないでください。あなたを、傷つけたくないんだ」

 アナキンが苛立たしげに怒鳴りつける。非力でも、決して諦めようとしないオビ=ワンを押さえ込むのは難しかった。
 
 その時、誰かがドアを叩く音がした。「アナキン様、ドクターがお見えになりましたが」

「救急用の飛行艇を呼んでくれ」

 部屋のありさまを一目見て、マスター=ドーキンはすぐさま指示を出した。別荘付きの召使が、飛び出していく。
 
「いったい、どうしたんだ」

 ドクターは二人に駆け寄りながら叫んだ。
 
「マスターが…」

 若者が唇を歪めて、苦しげに答えた。「たった今、自殺をはかりました」
 
「マスター」

                 * * *
 
 遠くから呼ぶ声に、ラシンはふり返った。アナキンが、駆け寄ってくる。
 
「アナキンか。オビ=ワンのことは聞いた。私が帰った後、何があったのだ」

 若者は答えようとして、言葉にならず、ラシンの肩にすがって、嗚咽をもらした。
 
 軍神とも崇められる、かのジェダイ=ナイト=ラシンにとっては、はなはだ不本意なことだが、彼が毛嫌いしているこのパダワンは、何故か、妙に彼を慕い、懐いてくる。こんなとんでもないトラブルメーカーとは、なるたけ関わりになるまいと思うのだが、どうもそうはいかないらしい。今も、ほっそりとした美貌の若者が、武骨な彼の腕の中で身も世もなく泣き崩れている様は、充分に行き交う人々の目を引き、袖を引かせる存在になっていて、ラシンは、いつもの厳しい顔を、さらに険しくさせながら、アナキンを抱えるようにして、手近な小部屋に連れ込んだ。この時の様子を記憶していた人々によって、彼は後々まで不愉快な噂につきまとわれ、この若きパダワンを呪い続けることになる。
 
                 * * *
 
 反乱から日がたつにつれ、首都は平静を取り戻したが、各州の代表団や政府関係者の中には、今度の条約締結を急ごうというものと、この反乱の後ろ盾がはっきりしない以上、事を急ぐべきではないというものの間で話し合いが紛糾していた。
 
 あくまでこの星の自主的な判断を重んじるジェダイは、事の推移を見守る立場を堅持していたが、このまま膠着状態が続くようなら、交代要員も含めて、人員の再編成をする必要がある。ラシンはこの機に、オビ=ワンとアナキンをテンプルに帰そうと、日程の調整に入っていたところへ、自殺未遂の連絡を受けた。
 
「まったく、誰か何とかしてくれ」

 戦場では負け知らずの勇者が、とうとう弱音を吐いた。ここのところ、この二人に振り回されている。
 
 ラシンが救命センターへ向かったのは、まだ朝の早い時間だった。
 
 マスター=ケノービは、つい一昨日抜け出したばかりの治療用ポッドに、再び横たわっていた。今回は衰弱した体力を取り戻すためだから、すぐに出られると、ドーキンは保障した。ただし、精神状態がこのままでは、本当の回復にはならないとも。
 
 もともと、オビ=ワンから目を離さないように、マスター=ヨーダから釘をさされてはいたのだ。ラシンはアナキンの暴走ばかりを気にして、オビ=ワンの嘆きを軽く捉えすぎていたのかと、己の至らなさを後悔していた。事情を聞こうにも、アナキンはラシンにとりすがっって、おいおいと泣きじゃくるばかりで、要領を得ない。
 
 ジェダイ=ナイトは空を見上げて、嘆息した。
 
「マスターは…、僕がこうなってしまった責任は自分にあると…。評議会にきちんと報告して、裁可を仰がなければならないと、言っていました」
 
 時間をかけて、問いただすと、やっとアナキンは、昨夜のことを話し始めた。
 
「僕にすまない、ゆるしてほしいって…。何度も」

 少し、落ち着きを取り戻したのか、パダワンは自分なりに、オビ=ワンの心境を推し量ろうとしているようだった。
 
「だから、僕は、評議会が僕をジェダイにさせないというなら、それはそれで仕方がない。それより、マスターが元気になってくれればそれでいいと」

 アナキンの言葉に、ラシンのフォースが引っかかるものを感じ取った。おそらくパダワンは、仕方がない程度ではなく、ジェダイなんかどうでもいいくらいのことを言ったのではないか。
 
 ラシンは心底、オビ=ワンに同情した。この十年近くの間、マスター=ケノービはそれこそ夜昼なく、寝食を忘れてアナキンの修練にあたってきたのだ。彼の悲願だったはずだ。それなのに肝心のパダワンは、豊かなフォースをいたずらに浪費しているとしか思えない無謀な行動に走り、それを反省する様子もない。自分が仕出かした事件のために、どういう立場に立たされているのか、まるで分かっていないうえに、評議会の存在も軽んじてはばからない。アナキンの精神はあまりにも幼く、そして脆い。
 
 オビ=ワンは十年かけた努力の結実を、どんな思いで見つめていただろう。そして何より、アナキンがジェダイへの道を、いともあっさりと放棄する様子を見て、自分のしてきたことの意味は何だったのだろうと、暗澹とした思いでおのれに問いかけたのではないか。ラシンは自分もパダワンを持つ身として、オビ=ワンの気持ちが痛いほど分かった。
 
「ねえ、マスター=ラシン。あなたはどう思いますか。マスター=ケノービは僕にすまないと思って、許されないと思って、それで自殺をはかったんでしょうか」
 
 もう少しで、ラシンはアナキンを張り飛ばすところだった。
 
 ただでさえ、オビ=ワンの精神はとても不安定で、危い状態だったのに、それをさんざんかき乱して苦しめておきながら、その言い草は何だ。ラシンは、自分が衝動的な行動を厳しく律するよう訓練されたジェダイであることを、この時ほどいまいましく思ったことはなかった。オビ=ワンがあんな状態でなければ、彼に代わって自分がこの能天気な小僧の歪みきった性根を、思う存分叩きなおしてくれるのに。
 
「アナキン、よく聞け。オビ=ワンが治療ポッドを出たら、なるべく早く飛行艇を用意させるから、一緒にテンプルへもどれ。オビ=ワンにはもっと落ち着いた状況で、治療を受けさせたほうがいい。だから、いいか。これ以上オビ=ワンを、刺激するような真似は、するんじゃないぞ」
「はい、分かりました」
 
 意外な可能性に思い至って、それを追うことにばかり夢中になっていたアナキンは、上の空で答えた。だからもちろん、ラシンの最後の言葉に込められた意味について、深く考えることもなかった。
 
「もし、そうなら、マスターは考え違いをしている。僕はそんなこと何でもないって、何度も言ったのに、どうして分かってくれないんだろう」

 アナキンはぶつぶつと独り言のように、呟き続ける。ラシンはとりあえず、どうやったらこの厄介なお荷物を放り出せるか、誰かに押し付けられるか、そればかりを考えていた。
 
 マスターは間違っている。彼には何の落ち度もないと、あれほど言ったのに。でも、それでは足りなかったのかもしれない。だって、オビ=ワンにとって、それぐらい僕の存在が大きなものだったとしたら…。僕は自分の存在を過小評価しすぎていたのかもしれない。
 
 いつの世も、若者の思慮は浅薄で、最も都合のいい解釈に飛びつく。
 
 もっと、もっと優しくしてあげなければいけなかったんだ。
 
 先ほどとは、うって変わって、アナキンはうきうきと歩を運ぶ。救命センターのポッドの前で、オビ=ワンを見下ろし、彼の顔を指でなぞる。つい何日かまえ、まったく同じしぐさをしたときの絶望感など、きれいに忘れて、若者は傲慢な微笑を浮かべた。
 
 馬鹿な人だ。僕のために死のうとするなんて。
 
「マスター=ラシン」

 部屋を出てすぐに、自分を呼び止める声がした。
 
「モーズか、どうした」

 ラシンに負けぬほど大柄なパダワンが、彼の背後に立っていた。ずんぐりむっくりとした体形にだまされやすいが、モーズは驚くほど敏捷な運動能力を持っている。パダワンは分厚い唇をラシンの耳元に寄せて囁いた。
 
「先ほど、皇帝から直々に要請がありまして、ぜひともマスター=ケノービとの引見を所望されるとの事です」

 ラシンは鼻にしわを寄せて、いかにも嫌そうな顔をした。
 
 アナキンの虐殺は、最極秘事項として強力な緘口令が敷かれたが、こういうことはどこかから漏れてしまう。ならばいっそのこと、多少の脚色を加えて公表しようということになり、勇敢なジェダイ戦士が、たった二人で危地に飛び込み、戦いの最中に師は弟子を庇って敵の銃撃に倒れ、弟子は師を守って敵を切り伏せ、切り倒して、死地を脱出したという美談が作られた。政府は、抜け目なくこれをプロパガンダに利用したため、ただでさえ、神秘的なイメージを持つジェダイの麗しい師弟物語は、またたくまにクルガ中を席巻し、二人のまったく預かり知らぬところで、彼らは時の人になっていた。
 
 しかし、虐殺の真相を探り出そうとするジャーナリストも一部にいて、一方で彼らによる熾烈なリーク合戦も繰り広げられている。当然、オビ=ワンとアナキンに対する取材や面会の申し込みが殺到し、ラシンは外交特権やジェダイの掟を盾に、それらを突っぱねてきた。アナキンと、まだ治療ポッドを出て意識も戻らないオビ=ワンを、ドクターの反対を押し切ってまで、強引によそへ移したのもそのためだ。二人がこの王朝府に戻ったことは、極秘とされているはずだが、もうどこかから耳の早い奴が聞きつけたらしい。
 
「マスター=ケノービは、いつ治療ポッドから出られるか分からない。お心だけありがたく戴いておきますと、伝えておけ」

 おそらく皇帝は、一目噂のジェダイを見てみたいという自分の子供たちや側近の要望をはねつけきれずに、引見を希望したのだろう。
 
「それが…」

 モーズが言いにくそうに、口ごもった。
 
「マスター=ケノービは、後数時間でポッドを出られるそうです。皇帝側はその情報を掴んでいて、たとえ夜中であってもかまわないと…」
 
「何故、そんな情報がもれるのだ」

 さすがにラシンは立ち止まった。オビ=ワンは救命センターの中でも、ドクターが指定した特別区にいるはずだ。
 
「センターには、クルガ人も出入りします。とても抑え切れません」
「仕方がない。オビ=ワンがポッドから出たら、私が話してみよう。引見の設定はそれからだ。あくまでもマスター=ケノービの体調が優先だと、はっきり言っておけ」
 
 ラシンは苦りきった表情で、吐き捨てるように指示を出した。
 
「それから、先ほど入った連絡ですが、マスター=ヨーダが、こちらに向かっているそうです」
「ヨーダ様が?」
 
 確かに、今回は予想外の出来事がいくつも重なったが、ヨーダが出張ってくるとなると、また何か別の展開があるのだろうか。
 
「ヨーダ様は、マスター=ケノービを迎えに来られるのではないでしょうか」
 
 ラシンは、パダワンの顔をしげしげと見つめた。ぽってりとした瞼が重そうに垂れ下がって、瞳の表情は読み取れない。広い額、大きな鼻、丸々とした頬、肉厚な唇。いかにも愚鈍そうな外見に似合わず、彼は深い洞察力を持っている。
 
「どうして、そう思う」
「いや…、何となく」

 モーズは、口を濁した。
 
 ラシンは打ち明けていないが、このパダワンはオビ=ワンが急に戻ってきたわけを、うすうす感じ取っているようだった。
 
「ま、ヨーダ様が来てくださるのなら、ありがたいことだ」
 
 ヨーダの来訪を知って、ラシンは誰よりも喜んだ。やっと、あの二人から解放される。突然、上機嫌になったマスターの様子を怪訝そうに窺いながら、モーズは師の後に従った。
 
 オビ=ワンがポッドから出て、ラシンを待っていると報告を受けたのは、午後も遅い時間だった。本来なら、自殺をはかった真相について、問いたださなければならないのだが、アナキンの話を聞いた後では、とてもそんな気にはなれない。その役目は、もうすぐやってくるマスター=ヨーダが、引き継いでくれるだろう。
 
 ラシンは、大きく息を吸い込み、心を落ち着けてから扉を開いた。
 
 オビ=ワンはジェダイの正装を身につけ、午後の日差しの中で、静かに座っていた。一目で健康人でないと分かるほど、血の気のない透き通った肌の色、黒々とした目の縁、マントを羽織っていてもわかるほど突き出た肩の骨、昨日会ったときよりも、また一回り小さくなってしまったような気がする。
 
「オビ=ワン、私だ。ラシンだ。分かるか」
 
 そっと話しかけると、彼は静かに顔を向け、ラシンに向かって頷いて見せた。さまざまな薬物を投与されているためか、瞳の輝きは鈍く、虚ろだった。
 
「飛行艇の用意をさせている。もうすぐテンプルに戻れるぞ」
 
「ああ、ありがとう」

 オビ=ワンは、思っていたよりもしっかりとした声で答えた。
 
「それから、クルガの皇帝が引見を申し入れてきている。お前の気が進まないようなら、断ることもできるが、どうする」
「ああ、もちろん、かまわない」
 
 相変わらず、どんな状況にあっても、ためらわず、ジェダイの職責を果たそうとする。その律儀さが、ラシンにはたまらなく痛ましいものに思えた。
 
「マスター=ラシン、本来なら、私もお前と共に職務を果たさなければならない立場なのに、何の力にもなれなくて、本当に申し訳ない」
 
「オビ=ワン」

 ラシンはかけるべき言葉に迷った。どんな励ましも、空しく響くだろう。
 
「そうさ、早く戻ってくれなければ、私が困る。やるべきことは山積しているぞ」
「いや、悪いが、私はもうここへは戻って来れないと思う」
「何を、言う」

 自分の声が震えてしまいそうで、ラシンは口を閉ざした。
 
「ラシン、いろいろと世話になったな」

 オビ=ワンは、立っているラシンを見上げ、微笑んで見せたが、その目は、ここではないどこか遠くに向けられているようだった。
 
 ラシンはやるせない思いで、視線を逸らせた。どちらにせよ、この男はもう長く生きられないのではないか。いくら振り払っても、不吉な予感は消えない。
 
 オビ=ワンは、優れたジェダイだった。心根の優しい、まっすぐな男だ。あんな悪魔のような奴のために、この男を失ってしまうのは、あまりにも惜しい。ラシンは、できることなら、男泣きに声を放って泣きたい気持ちだった。
 
「では、謁見の準備が整ったら、もう一度呼びにくる。それまで、ここにいてくれ」

 オビ=ワンを静謐な部屋に残して、ラシンは次の間に出た。
 
「マスター=ラシン」

 本部に入った途端、悪魔のような奴が飛んできた。
 
「この人たちを、何とかしてください」
 
 口を尖らせ、まるで、この不始末はお前のせいだと言わんばかりの口調で詰め寄る。ラシンはうんざりと横を向いたが、アナキンは彼を逃がさなかった。
 
 ジェダイ達が詰め所に使っている部屋は、どこからこんなに集まったのかと思うほどの人で溢れかえっていた。おそらく噂を聞きつけた者たちだろうが、いったいどういう経路でもぐりこんできたのかと、頭をひねりたくるような輩ばかりだった。あれほどの惨事があったばかりだというのに、この王朝府の警備はまるで機能していないようだ。
 
「ねえ、あなた。あなた、アナキン=スカイウォーカーでしょ」

 ひどく扇情的な服装の女性が、アナキンの肩に手をおいて、尋ねた。
 
「いいえ、違いますよ」

 アナキンは愛想よくふりむいた。
 
「アナキンは、ここにはいません」
「えっ、あっそう…。そうなの」
 
 アナキンのフォースで暗示をかけられ、彼女は不思議そうに、頭を振りながら、その場を立ち去った。いらいらと眉をしかめ、パダワンは溜め息をつく。
 
「さっきから、ずっとこうです」

 アナキンはフードを深くおろしているが、うかうかしていると、それを引き剥がそうと手を伸ばしてくるものがいる。それを乱暴にふりはらいながら、苛立った若者の瞳が、剣呑な色をちらつかせ始め、ラシンは仕方なくモーズを呼び寄せた。ここが再び殺戮の場にならぬよう、手をうたなければならない。
 
「お側に」

 影も形も見えなかったパダワンの巨体が、ラシンのすぐ背後に立っていた。
 
「ここにいる奴らを全員つまみ出せ。逆らうようなら、多少手荒な真似をしても構わん」すぐさまモーズは、他のパダワン達と人々の追い出しにかかる。ラシンはアナキンを、オビ=ワンの待っている部屋まで連れて行った。
 
「まもなく皇帝陛下の引見がある。それまで、お前もここで待っていなさい」
「はい、マスター」

 ラシンが、自分の要求をすぐ実行してくれたことに気を良くしたのか、アナキンは素直にうなずき、ドアの影に消えた。
 
 閉じた扉にもたれながら、ラシンはヨーダの到着を心から切望した。
 
 二人きりになれたのは、朝の騒動以来、初めてだった。
 
 陽だまりの中に、恋人が座っている。今は何も言うまいと心に決め、アナキンはそっと近づき、跪いて、オビ=ワンを見上げた。
 
 穏やかだけれど、ぼんやりとした瞳が彼を見返している。

「大丈夫ですか、オビ=ワン」
 
 静かな表情のまま頷いて、彼が笑った。花の綻ぶような微笑だった。
 
 アナキンは、何気なく、恋人の膝に頭を乗せた。そして、卒然と悟ったのだ。
 
 これこそが、おのれの在処なのだと。
 
 自分の還るべき処、いるべき処はここにしかなく、ここを出て行くことなど、できはしない、他に行くべき処など、どこにもありはしないのだと。
 
 自分の求めていたものは、まさにこの在処であり、これを守るためになら、自分はどんな犠牲も厭わなだろうし、どんな敵とも闘うだろうと。
 
 オビ=ワンは、アナキンを見下ろしながら、光に透けるような彼の髪を撫でていた。
 
 頭の中に霧がかかっているようで、はっきりしなかったが、自分のしたことは承知していたし、これから為さねばならぬことも分かっていた。
 
 まもなく、自分はテンプルに戻り、評議会で申し述べることになる。今度の一件の責任は、すべて自分にあり、アナキンは精神に未熟な部分はあるけれど、抜きん出たフォースの資質は決して軽んじていいものではなく、今一度、パダワンとしての修行を続けさせるべきだと。自分の身はどうなろうと、アナキンのジェダイへの道だけは閉ざしてはならない。その道筋がついてからでも、遅くはないのだ。
 
 自殺が遂げられなかったことの理由を、オビ=ワンはこのように解釈していた。
 
 二人の想いは行き違い、彼らの願いは互いに受け入れられるはずもなく、共に過ごす最後の穏やかな時間は、破滅に向かって加速していった。
 
                 * * *
 
「誇り高きジェダイ=マスター、オビ=ワン・ケノービ殿には、この度の反乱軍掃討において、獅子奮迅の目覚ましい活躍ぶり、まことに、お見事であった。惑星クルガの全人民を代表して、厚く御礼を申し上げる」

 凛とした声が、壮大な広間に響き渡る。
 
 クルデリン王朝第六十三代皇帝、クシュリデウス四世は、長身痩躯、白皙の老人で、その鋭い眼光は、今なお矍鑠とした威厳を保ち、辺りを睥睨していた。
 
「過分のお言葉を戴き、恐悦至極に存じます」
 
 巨大な玉座の最も間近に、片膝を折り身を屈めて平伏したオビ=ワンが、目深におろしたフードの下から簡潔な言上を返す。その斜め後ろにはアナキンが同じ姿勢で畏まり、その後方には今度の任務に派遣されたジェダイ達が、ずらりと勢ぞろいしている。
 
 皇帝の謁見は非公式のものとされていたが、通常なら他の惑星の王族や政府の代表者でなければ使用されない御座所の間が用意され、数多の貴顕紳士淑女でごった返していた。ジェダイ達の地味な出で立ちと対照的に、彼らの身に纏っている豪奢な衣装や、きらびやかな宝石が、磨きぬかれた床や壁に反射して、広間をまばゆい光で満たしている。
 
「かくなる上は、いかような望みでもと言いたいところだが、ジェダイは褒章を受け取ってはくれぬそうな。しかし、今後いついかなるときでも、貴行の求めがあれば、それに応えるため、我々がどのような努力も惜しまないということを、憶えておいて戴きたい」
「重ね重ねのお心遣い、痛み入ります」

 オビ=ワンは一層身を縮めて御言葉に答えた。
 
 ゆっくりと立ち上がり、作法どおり一歩退いてから、身を反そうとして、その上体がぐらりと揺れた。満座がハッと息を詰める間に、すかさずアナキンが駆け寄って、背後から支えた。しかしその時、仰け反った拍子にフードがはずれ、病み衰え、骨と皮ばかりに痩せてしまったオビ=ワンの表情が顕わになってしまった。
 
 おおっという、痛ましげなどよめきが広間を埋め、婦人の中には思わず悲鳴を上げるものもいた。アナキンはすぐさまフードを戻したが、オビ=ワンの腕を肩に廻そうとして、今度は彼のフードがはずされてしまった。若きパダワンの美貌に、ひしめく人々のほおっという賛嘆の溜め息が渦を巻き、高い天井を駆け上った。
 
 しかし、それも一瞬のことで、後方のジェダイ達が二人を囲い込むようにして、あっという間に退出してしまった。その後、一人のたくましいジェダイが進み出た。
 
「大変、不調法なところをお見せして、お歴々の方々には、誠に心苦しく、厚くお詫びを申し上げる」

 二度と再びこんな茶番は繰り返さないぞ、という言外のニュアンスをあからさまに匂わせながら、ラシンは居並ぶ高官たちを睨み倒し、憤然ときびすを返した。
 
 物見遊山の気分でいた人々は、気まずい思いで視線をそらしていたが、しばらくすると、今の一幕を吹聴するために、いそいそと広間を後にした。
 
 ジェダイ達が通り過ぎて来た回廊には、片側の壁に細い裂け目が垂直に走り、それが並列に連なって、採光の役目を果たしている。もちろんこれは、クルガ建築の粋を凝らし、いかにも自然にできた断裂のように演出されたものだ。クルガの建築美は、どのぐらい天然の形を生かして造形の妙を生み出せるかかということが、その大きな要素となっており、そのため直線というものがあれば、そのほとんどが後から人為的に造られたものであるということがわかる。アナキンに支えられながら、夕日が射し込んで出来た、幾本もの赤い光の帯を踏みしめて、オビ=ワンは控えの間に戻ってきた。
 
 ここには、窓がなく、入り口も一つしかない。ラシンがわざわざこの部屋を指定したのは、どういう輩が入り込んでくるかわからない状況で、二人を守るのに都合が良かったからだ。オビ=ワンとアンキンが部屋に入ったのを見届けて、ラシンはモーズを呼んだ。
 
「お前と、後二人ほどここに残れ。我々は、ヨーダ様を迎えにエアポートへ向かう。ヨーダ様をお連れするまで、この部屋に誰も近づけるな」
 
 モーズ達は直ちに、フォースを張り巡らせて、控えの間の周辺を隔離した。
 
 この王朝府も断崖を切り開いて造られていたが、裂け谷を挟んで、向かい側の崖には、政府の機関が集中して入っていた。二つの崖は、たくさんの空中回廊によって結ばれている。エアポートは行政府側の最上階にあり、ラシン達は昇降用ポッドに乗り込んだ。
 
 オビ=ワンは長椅子にぐったりともたれ、すこし苦しげな溜め息をついた。アナキンは立ったまま、目を閉じたマスターを見つめている。
 
 今度、こんなふうに二人きりになれるのは、いつになるだろう。一度恋人を独占する喜びを知ってしまうと、会えない時間の長さに、身を捩られるような渇望を覚える。自分たちの時間を奪うものすべてが、理不尽な存在に感じられてならない。
 
「アナキン」

 オビ=ワンの声に、ハッと我にかえった。
 
「何を、そんなに恐い顔をして、考え込んでいるんだ」

 恋人が笑っている。
 
「こっちへ、おいで」

 アナキンは言われるまま、マスターの隣に座った。オビ=ワンの手が彼の両頬に添えられ、二人の唇が重なる。部屋のすぐ外には仲間のパダワンがいるはずだ。彼らのことを気にしながらも、恋人の大胆な振る舞いは、それだけで若者を喜ばせ、苛立った心を慰めた。
 
 だから、その言葉の意味が、わからなかった。
 
「もう、こうして会えることも、ないかもしれない」
 
 優しい恋人の腕の中から、突然、奈落の底に突き落とされ、混乱して、何か言おうとするのだが、言葉が出てこない、凍りついたまま、身動き一つ出来ない。
 
「アナキン、よく聞きなさい。お前はジェダイの道を進むのだ」
 
 "何…、何を、言ってるの。"
 
「そのための道筋は、何としてでも、私がつけてやるから。お前は、何も心配しなくていい。お前の悪いようにはしない」
 
 "だって…、だって、ずっと、一緒にいてくれるって、そう約束したのに…"
 
「評議会で審問を受けるときは、正直に、私から誘惑されしまったことを報告しなさい」
 
 "違う、違う。そうじゃない。あれは…、そうじゃないんだ"
 
「たとえ、会えなくなっても…」
 
 "僕たちは、一緒にいなければならないんだ。離れてしまったら、生きていけないんだ。どうして、あなたには、それがわからないの"
 
「たとえ、どこにいても、私は、お前の幸せを祈っている」
 
 アナキンの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。オビ=ワンはそれを拭いながら、もう一度、その唇に口づけた。
 
「アナキン、お前はきっと素晴らしいジェダイになれる。お前は、私の誇りだ」
 
 "ああ、そうじゃない。僕はあなたが欲しくて、あなたのためにジェダイを目指したんだ。あなたがいなかったら、ジェダイになっても、何の意味もない。何故わからないんだ"
 
「今は辛くても、きっと、いつか、これでよかったと思える日がくる」
 
 "駄目だ…、駄目だ。絶対に駄目だ。こんなことは許されない。僕が…、許さない"
 
 ふいに、呪縛から解放されて、アナキンは弾かれたように立ち上がった。
 
 それでは、何も変わってはいなかったのだ。自分たちの関係は、少しも前に進んではいなかったのだ。何故、この気持ちをわかってくれないのだろう。どうして、この人には通じないのだろう。とうとう一つになれた、いつまでも一緒にいてくれると思っていたのに。
 
 若者の目は天井を見上げていたが、その瞳には何も映ってはいなかった。焦燥に身を焼かれながら、想いは千千に乱れ、ただ途方にくれて立ち尽くした。
 
 そんなアナキンの背に向かって、オビ=ワンはさらに呼びかける。
 
「わかっていると思うが、テンプルに戻ったら、言動には注意するんだぞ」
 
 "テンプル?…。いや、駄目だ。テンプルには戻れない。テンプルではなく、もっと…、別のところへ…"
 
 アナキンに言うだけ言ってしまうと、オビ=ワンは、もう一度目を閉じて、背もたれに頭を預けた。思ったより、素直に耳を傾けてくれたのに安心したが、ひどく疲れた。
 
 この星に来るまでは、すべて順調に物事が進んでいたのに、まったく思いがけないことになってしまった。早くテンプルに戻りたい。そう言えば、ヨーダ様はやはり、アナキンの後始末のために、やってくるんだろうか。だとしたら、心強いのだが…。
 
 ぼんやりと、あれこれ考えているうちに、少し、うとうとしてしまったのかもしれない。
 
「オビ=ワン」

 その声が誰のものか、すぐには、気がつかなかった。
 
「オビ=ワン」

 ギョッとして、飛び起きた。目の前に、信じられない人が立っている。
 
「マスター…」

 オビ=ワンは呆然と、その名を口にした。
 
 クワイ=ガンはあの日のままの姿で、そこにいた。優しい微笑を浮かべ、手を差し伸べて、一歩近づいた。

「迎えに、来たぞ」
 
 澄み切った夕焼けの中、微かな光点が急速に降下し、瞬く間に巨大な機影となってエアポートに飛来した。飛行艇が静かに着地し、ヨーダを先頭にして、数人のジェダイと、ラシンが見たことのない人物が幾人か、下りてくる。
 
「お着きを、心よりお待ちしておりました」

 ラシンは、偉大なマスターに近づいた。
 
「出迎え、ご苦労。さっそくだが、オビ=ワンはどうしている」
「あまり体調がよくないようなので、控えの間に待たせてあります」
「そうか」

 ヨーダは、眉をひそめて、少し考え込んだ。

「ラシン、お前に話がある」

「長い間、待たせて、すまなかった」
 
 クワイ=ガンはその大きな体で、オビ=ワンをすっぽりと包み込んだ。少し身を引いて、顔を覗き込むと、涙に濡れた瞳が揺れている。微笑を絶やさぬまま、彼の手をとった。
 
「さあ、行こう」

 促されて歩き出したオビ=ワンが、ふと立ち止まる。その瞬間、何の前触れもなく、力を取り戻した彼のフォースが、閃光のように意識を隅々まで照らし出し、今度こそオビ=ワンの眼は、すべてをはっきりと見極めた。
 
 掴まれていた手を引き寄せながら、オビ=ワンは拳を固めて、力一杯、クワイ=ガンの頬を殴りつけた。不意を衝かれて、彼の体が吹っ飛ぶ。
 
「お前は…、お前という奴は…」

 声が、怒りのためにかすれて、震えている。
 
 オビ=ワンが見下ろしていたのは、床に叩きつけられたアナキンの姿だった。
 
「あの時も、こうして私を謀ったのか」

 オビ=ワンの怒声が、部屋を揺るがせた。
 
                 * * *
 
 夕闇が濃くなって、常夜灯が灯り始める。ヨーダ達一行は行政府の入り口に向かって、歩き始めた。ラシンはたった今、マスターから聞かされた、反乱の内幕について反芻していた。首謀者が特定できたことについて、ヨーダは、ほんの偶然と言っていたが、いつだってヨーダの周りには、信じられないような幸運とか、思いもかけぬ巡り合わせとかが、転がっているらしい。とにかく、これで混乱も収拾されるだろう。
 
 しかし、ラシンのフォースは、何故か不穏な気配を感じとって、ざわめいていた。油断なく周囲に目を光らせ、警戒を怠らず、自分の腰にまでも及ばぬ小柄なマスターを、いつでも擁護できる位置を確保しながら、慎重に歩を運ぶ。
 
 本当の混乱がこれから始まることなど、まして、その混乱の大元が、まもなく自分達のもとに飛んでくることになるなど、ラシンには想像もつかなかった。
 
 アナキンは床に手をついたまま、オビ=ワンを見上げ、生まれて初めて、マスターが怖いと思った。たとえ、修練でどんなに厳しく接することがあっても、マスターはいつだって、自分を優しく迎えいれ、慰め、許し、癒してくれる存在だった。それなのに今、オビ=ワンは見たこともないほど、冷たく険しい眼差しで、アナキンを見下ろしていた。
 
 こんなマスターは、知らない。こんなマスターは、見たことがない。
 
 アナキンは、おずおずと手を伸ばし、オビ=ワンのマントに触れようとした。
 
「私に、触れるな」

 氷のような声が、アナキンの心を打ち据える。身を竦めながら、それでも若者は、ついさっきまで、恋人だったはずの男に縋ろうと、みじめに膝を進めた。
 
「私に、近づくな」

 今度こそ、拒絶の刃が、アナキンを貫いた。
 
 オビ=ワンは歯を喰いしばった。そうしなければ、怒りに我を忘れてしまいそうだった。
 
 アナキンは、聖域を侵してしまった。クワイ=ガンを貶め、オビ=ワンの身を汚した。どうあっても、この裏切りを許すことなど出来ない。
 
 これほど残酷な侮辱を受けたことが、信じられず、耐えられなかった。
 
「私は、先にテンプルに戻る。お前は指示があるまで、ここに残れ」

 それだけ言うのが、精一杯だった。すぐさま、出口に向かった彼の背に、弱々しい声が呼びかけた。
 
「オビ=ワン…」

 思わず、カッとなって振り向いた。アナキンは見るも哀れな姿で蹲っていたが、それを見ても、もう心を動かされることはなかった。
 
「マスターと呼べ」

 押し殺した声で、怒鳴りつけ、部屋を飛び出した。
 
「マスター=ケノービ。どうかされましたか」
 
 オビ=ワンが突然出てきたことに驚いて、パダワンがやってきた。
 
「モーズか。この部屋を封鎖してくれ」

 すぐさま、扉に重ねて強化ドアが閉じられる。
 
「この中に、アナキンがいる。何があっても、私がこの星を離れるまで、あの子を外へ出さないように、お前たちで、この部屋をシールドしてくれ」
「はあ…」
 
 さすがにモーズは、怪訝そうな表情を隠せなかった。さっぱり事情がつかめない。
 
「詳しく説明している暇はない。私は、今からエアポートに向かう。いいな、頼んだぞ」
「わかりました」

 いつも冷静なマスター=ケノービが、これだけ切迫した様子をしているのだ。それだけの事情があるのだろう。モーズはすぐさま彼の指示に従った。
 
 オビ=ワンはそれを確かめてから、昇降ポッドに走った。
 
「騙す気はなかった。最初から、騙すつもりなんてなかった。仕方なかったんだ」
 
 オビ=ワンの去った部屋で、アンキンは拳を石の床に叩きつけた。もう涙も出てこない。
 
 ポッドから出ても、オビ=ワンの意識は戻らなかった。追い立てられるように、あの別荘に隔離されて、ドクターは、精神的なものだから、とりあえず今できることは何もないと言った。体力が極端に弱っているから、覚醒のための強い薬物を使うことは出来ない、自然に目覚めるのを待つしかないと。
 
「あなたの意識を取り戻すための、もっと強いきっかけが欲しかった。あなたを繋ぎとめておくための、楔が必要だったんだ。でも…、でもあの時、あなたの呟きを聞かなかったら、あなたがあの人を呼ばなかったら、あんなことは思いつかなかった」
 
 オビ=ワンの記憶に残っている鮮明なイメージを、自分の身に投影させたのは、藁をもつかむ思いでしたことだった。決してそれ以上の意図があってのことではなかった。
 
「ただあんまり、あなたが嬉しそうに僕を…、マスター=クワイ=ガンを、迎え入れようとするから、つい、抑えが、きかなくなって…」

 思っても詮のない後悔が、胸をよぎる。
 
 誘惑されたというのは、思わず口をついて出てしまった言葉で、オビ=ワンから騙されたと詰られれば、その通りだった。しかし、あの時、垣間見たオビ=ワンの記憶には、クワイ=ガンと愛し合うさまざまな情景がいくつも浮かんでいた。長い間想い続けた人の、あられもない痴態を見せつけられて、アナキンの若い肉体が抗しきれるはずもなかった。
 
「ああ…、どうすれば、いいのだろう。どうしたら、あなたを失わずにいられるのだろう。あの人に、奪われないためには、何が出来るだろう…」
 
 アナキンは、おろおろと意味もなく周囲を見回した。こうしていても、ただ、時間だけが過ぎていく。恋人は、確実に自分から遠ざかっていく。
 
「嫌だ。駄目だ。あなたは僕のものだ。僕だけのものだ。誰にも…、渡しはしない。誰にも、奪わせたりしない」

 ふいに、覚えのある感覚が蘇った。
 
「もしも、誰かに奪われるぐらいなら…」

 アナキンは、身の内にフォースが満ち溢れ、出口を求めて暴れ出そうとしているのを感じていた。
 
「おい、何か、変だぞ」

 一人が、追いつめられたように叫んだ。
 
 回廊では、三人のパダワンが強化ドアに手をおき、シールドを保っていたが、彼らは部屋の中に、未知なるフォースの巨大な存在を感じ取っていた。しかも、それは時間と共に、ますます大きくなっていく。さっきからモーズは、決してたわむはずのない金属が、こちら側に向かって膨らんでくるような気がしていたが、今や、それは確信に変わった。
 
「離れろ、ドアが吹っ飛ぶぞ」

 パダワン達は、思い切り飛び退った。
 
 その瞬間、部屋の中で、膨大な量のフォースが爆発し、大音響と共に分厚い強化ドアが破壊された。
 
 その音は峡谷中に響き渡り、エアポートにいたラシンは、とっさにヨーダの身体を抑え込むようにして身を伏せ、辺りを見回した。オビ=ワンがこちらに向かって走ってくる。
 
「アナキンか」

 ヨーダがそう呟くのを、はっきりと聞いた。
 
 もうもうと立ち込める煙の中から、アナキンが飛び出してきた。回廊の垂直な亀裂に跳びついて、エアポートを見上げる。彼のフォースは、肉眼では決して見ることの出来ない高みで、今まさに飛行艇に乗り込もうとしているジェダイ=ナイトの姿を捉えた。
 
「オビ=ワン、行かないで…」

 その叫びが聞こえたように、歩みが止まる。
 
 肩越しに振り返り、目深に下ろされたフードのすみから、愛しい恋人の蒼白な表情が、たしかに自分を認めた。二人の視線が絡み合う。
 
「行かないでください。もう一度、僕に…」

 懇願の言葉は、無情な瞳に、跳ね返された。
 
 オビ=ワンは、何か、穢ないものでも見てしまったように、眉をしかめ、すげなく顔をそむけた。何事もなかったように、その後姿がハッチの中へ消えていく。
 
 聞くものの身を、総毛立たせるような絶叫が、回廊に響き渡った。
 
 そして、三人のパダワンは、宇宙一とその硬度を誇ったクルガの石壁が、音を立ててひび割れ、木っ端微塵に砕け散る様を目撃した。
 
「ラシン、ぬかるな」
「はっ」

 ヨーダに叱咤されて、ラシンは身構えた。
 
 二度目の大音響の直後、炎の塊が、弾丸のようにエアポート目指して駆け上がってきた。それは、たった今オビ=ワンを乗せて飛び立った飛行艇を追って、なおも上空を目指す。その塊を呪縛しようと、ヨーダのフォースが杖を通して、放たれた。二つの巨大なフォースがせめぎあい、電磁波の嵐が荒れ狂い、エアポートを真昼のように照らし出した。
 
「どうなっているんだ」

 飛行艇の艦長は、ナビゲーターに叫んだ。
 
「わかりません。どこにも異常はないはずです。計器類は、すべて正常に作動していることを示しています」

 混乱した操縦士達の悲鳴のような答えが、返ってくる。
 
「だったら、何故、前進しない」

 エアポートを離陸してまもなく、飛行艇は空中に静止したまま、身動きが取れなくなっている。
 
「何か、巨大な引き綱を掛けられて、後ろから引っ張られているみたいです」
 
 オビ=ワンは、与えられた個室の床に直接あぐらを組んで座り込み、瞑想に入った。
 
 アナキンのフォースが、大きな翼を広げるように、この飛行艇を覆い尽くし、自分を追いつめようとしているのが、ひしひしと感じられる。外に向かって、思念波を放ちながら、深く内面に沈潜していった。すぐさま反応を返してきたアナキンの念を、そのまま自分の心象世界に引き入れる。今度こそ、二人だけで決着をつけなければならない。
 
 雨を含んだ鈍色の曇が、空を覆っている。オビ=ワンが立っているのは、あの要塞が造られていた岩山の麓だった。すべては、ここから始まったのだ。
 
 あの時は、夜陰に乗じた作戦だったが、今は昼で、反乱軍の姿はどこにも見えず、地下通路の出口となっていた暗い洞穴が、ぽっかりと口を開けていた。
 
 オビ=ワンはその闇を、じっと覗き込んだ。やがて、ぼんやりと明かりが仄見え、それがホノグラムのように、あのときの戦場を映し出した。
 
 たった二人で多数の敵と切り結ぶ中、反乱軍のスナイパーがアナキンを狙っているのが視界に入った。そのレーザーが、今まさに放たれようとした瞬間、オビ=ワンは何の迷いもなく、身を投げ出していた。
 
 そうだ、あの時は、たしかにそう思っていた。何を考えていたはずもないと。
 
 そうだろうか。本当に、そうだったのだろうか。極端にゆっくりとした速度で映像は進み、オビ=ワンは自分の真の姿を見極めようと、さらに深く内面を探った。
 
「あなたは、僕を救って下さった」
 
 アナキンが全身血塗れで、ライトセーバーを手に、立っていた。周囲には、切り苛まれた死骸の山が累々と積み重なって、猖獗を極め、真っ赤な血の海からは、むっとするような悪臭が立ち昇っている。しかし、目を凝らして見ると、死体はすべて同じ顔をしていた。無数の死体はすべてアナキン自身だった。これは、彼の心を映し出したヴィジョンなのだ。
 
「あなたは、身を挺して僕をかばって下さった。ご自分の命も省みず」
 
 血に染まった顔で、にこやかに微笑み、ゆっくりと、近づいてくる。
 
「違う。そうじゃないんだ。アナキン」

 その言葉に笑顔が消え、歩みが止まった。
 
「私は、お前を利用したんだ」

 カッと若者の目が見開かれた。
 
「そうだ。お前をかばったのは、お前のためではない。フォースを放って、お前を守ることも充分に出来た。それをしなかったのは、お前が思っていた通り、私がずっと死に場所を求めていたからだ。あの時、私はお前を助けると見せかけて、死のうとしていた」
 
 アナキンとの距離を開けようとして、オビ=ワンは少しずつ、慎重に後退り始めた。
 
「もし、お前をかばって死ぬことが出来たら、これ以上はないマスターへの土産になると思ったんだ。私には、願ってもない絶好のチャンスだった」
 
 アナキンの手から、ライトセーバーがすべり落ちた。
 
 突然、それまで周囲の景色を埋め尽くしていた死体が、一斉にざわざわと蠢き出した。無数のアナキンが、統一された意思を持ち、あるものは脚を失い、ある者は腕を失い、ある者は内臓を引き摺りながら、オビ=ワンに向かって、襲いかかる。あっと言う間に、オビ=ワンの体は押さえ込まれ、身動きが取れなくなった。
 
「あなたは、僕のものだ。あなたが何と言おうと、誰にも渡しはしない」
 
 たった一人、損傷を受けていない肉体を持ったアナキンが、オビ=ワンの髪を掴んで深く口づける。それから、若者の長い指が、恋人の首に廻された。
 
「さあ、言うんだ。あなたは僕のものだと。このままずっと、僕とともにいると…」
 
 アナキンは万力のような力で、オビ=ワンの首を締め上げながら、間近に顔を近づけ、一語一語刻み付けるように、歯の間から、言葉を搾り出す。オビ=ワンは苦しい息の間に、しっかりと、彼の血走った目を見返し、声帯の底から、声を振り絞った。
 
「アナキン…、許して、くれ」

 その瞬間、唐突にオビ=ワンの姿が消えた。
 
 ハッと虚を突かれて、アナキンが周囲を見回す。忽然と、オビ=ワンの姿が空中から現われ、ライトセーバーが若者の額めがけて袈裟懸けに振り下ろされた。
 
 確かにセーバーがアナキンに触れたと思われた刹那、すべてのヴィジョンが消え去った。オビ=ワンは激しく肩で息を吐きながら、その場に膝をついた。
 
 飛行艇は枷を失い、解き放たれた矢のように、宇宙空間へ飛び出した。
 
 炎の塊と見えたものが、人の姿をしているらしいと判別できたのは、どのぐらい時間がたってからだったろう。それは、徐々に高度を下げ、やがて、エアポートに落下した。
 
 ヨーダに加勢していたジェダイは、新たにやってきたものも含めて、十二人いたが、皆疲労困憊して、まともに立っていられるものは、一人もいなかった。
 
「ラシン、早く行って、あれを拘束しろ。すぐに意識を取り戻すぞ」
 
 ヨーダがやっと杖に縋って立ちながら、指示を出す。ラシンは、ドクター=ドーキンの重い身体を引き摺るようにして、倒れている人影に近づいた。
 
 若者は、打ち捨てられた死骸のように、転がっていた。
 
                 * * *
 
 常々、ラシンは自分たちのようなジェダイが束になってかかっても、マスター=ヨーダ一人の外交術には叶わないと思ってはいたが、今回のように、その手腕をまざまざと見せつけられると、自分が使いっ走りの小僧になったような気分にさせられる。
 
 前代未聞の大騒動の後、ヨーダは、うろたえ騒ぐ政府高官や軍の上層部、各州の代表達を集めて秘密会議を開いた。皇帝のご臨席もあったという噂が流れたが、この会議については、完全に非公開とされた。
 
 会議は短時間で終わり、閣僚たちが退席すると、すべてが解決していた。
 
 あれほど紛糾していた条約の締結があっさりと可決され、翌日には、批准と共同宣言の発表があり、各州の代表たちは、そそくさと帰って行った。
 
 あの日の爆破事件は、反乱軍の残党による破壊工作だったと、マスコミを通じて発表された。無論、多くの憶測が乱れ飛んだが、政府は知らぬ存ぜぬで押し通した。
 
 クルガは星としての平静さを取り戻し、政府は各惑星や通商連合との交渉に乗り出した。
 
 ただ、秘密会議の直前、クルデリン王朝の第三皇子、といっても女性にも継承権があるため、皇位継承順位は十二番目か三番目になるが、そのカイサー二世が、俄な発病のためとして、領地に帰ってしまった。それからいくらも日を経ずに、今度は病重篤のためとして、すべての要職を退き、転地療養を理由に首都から遠く離れた州の離宮に隠遁した。まだ若く、日ごろ自分の壮健を自慢していた人物だったし、軍にも顔が利き、なかなか野心的な面もあったので、これまた多くの憶測が生まれた。
 
 そして後日、今度の反乱を未然に防げなかった責任問題から軍関係者数名と、過去の収賄容疑を追及された幾人かの政府高官とが、処断された。
 
 ラシンが聞かされたのは、反乱の首謀者と目されたアウルという男が、捕縛される直前まで交信していたのが、先ほどの処分された軍幹部の一人で、その人物が、カイサー皇子の側近と見なされていたこと。カイサー皇子は、表向き隠遁したということになっているが、実際には幽閉状態にあること、などだった。
 
 そして、もう一つ、例の交信が"ほんの偶然、"から、近くの宇宙区域を航行していた商船によって傍受されたということだった。あの時、ヨーダと共にエアポートに降り立った見知らぬ人物たちは、その船の乗組員で証言のためにクルガにやってきたのだ。
 
 しかしその"偶然から交信を傍受した商船"が、何故、クルガ政府ではなく、今度の条約締結のために派遣されていたジェダイでもなく、遠く離れたコルサントのヨーダへ、迷うことなく第一報を送ったのかということについては、何の説明もなかった。
 
 聞けば、ヨーダは十が二十でも納得の行く答えを返してくれるのだろうが、ラシンは自分の首をかけてもいいと思うほど、そのどれにも信憑性かないことを確信していた。
 
 アナキンの起こした爆発によって破壊された王朝府の一角については、ジェダイ側から、補償問題等について話し合いたいと申し入れたのだが、クルガ政府からは今後この反乱について沈黙を守ってくれるなら、一切を不問に付すという回答があった。
 
 これは、表面で平静を装いながら、皇族の中から反乱の首謀者が出たことについて、クルガ政府はまだまだ動揺が収まらない状態にあり、その秘密のすべてを把握しているジェダイには、なるべく関わってもらいたくない、けれども、これからのことを考えて友好な関係は失いたくないという、大変微妙な政治状況からきていた。
 
 まことに、後味の悪い結末ではあったが、とにかく、これで惑星クルガにおけるジェダイの任務は完了した。
 
「お前たち二人に対して、記憶操作を行う」

 ヨーダは評議会の決定を告げた。
 
 窓もない小さな部屋で、オビ=ワンはヨーダの前に平伏し、深く頭を垂れていた。傍らには、ほとんど全裸に近い姿で、アナキンが横たわっている。さんざん吐き散らしたらしく、若者は汚物にまみれ、辺りには饐えた臭気が漂っていた。
 
 あの後、アナキンは、ドクターがこれ以上は医者の良心にかけて拒否すると言うほど、多量の麻酔や麻痺剤を投与され、ヨーダがつきっきりでフォースを封じながら、テンプルに連れ戻された。オビ=ワンの身柄は厳しい監視のもとにおかれ、何人も面会を許されなかった。二人の記憶やフォースの精査が繰り返され、幾日にも渡って評議会が開かれた。
 
「アナキンとお前が出会ったときから、今日までの記憶の中の恋愛感情を、すべて排除する。お前たちの間には師弟関係以上のものはなかったことになる。ただし、オビ=ワン。お前については、その以前に遡り、クワイ=ガンとの記憶も削除する。クワイ=ガンとの間にも、師弟関係以上のものはなかったことになる」
「ヨーダ様」

 オビ=ワンは、それが評議会の決定であることを承知しながら、それでも叫ばずにはいられなかった。
 
「それは、それだけは…」

 クワイ=ガンとの思い出を失ってまで生きる人生に、どんな意味があるというのだろう。オビ=ワンは額を床に押しつけて、懇願した。
 
「どうか、お慈悲を持って…、それだけは、ご容赦ください。お願いでございます。もしそれが、叶わぬのなら、一思いに死ねと、おっしゃって下さい」
「何を言う、オビ=ワン」

 ヨーダは、顔を近づけ、じっとオビ=ワンの眼を見た。
 
「わしはお前達に、死ねと、言うておるのだ。それが、判らぬか」
 
 このフォースは、ある惑星で起こった悲劇のために編み出された。その星を征服しようと野心を持った侵略者達は、直接の武力支配ではなく、その星に住む人々の種族としての根を枯らし、じわじわと自滅の道を歩ませることによって、やがて腐った果実が落ちるように、その星を手中にするための計略を巡らせた。その一つが、子供による親殺しだった。
 
 深夜、強盗を装って家に押し入り、親を無抵抗な状態にしておいてから、子供を拷問し、親を殺すよう強要する。大抵の子供は拷問の辛さに耐えかねて、自分の親を手にかけてしまう。その後、子供は解放されるが、抜き去ることの出来ない罪悪感を植え付けられ、自尊心を打ち砕かれて、深刻なトラウマを背負うことになる。発狂してしまうものや、重度の精神障害を負うものも多かった。また、自責とトラウマのために、子供たちは実際にあったことを、周囲に告発することが出来ず、事件の真相はなかなか表に出てこなかった。
 
 やがて、その子らが成長すると、無気力で厭世的な性格が顕著になり、それが周囲に伝播して、社会不安が蔓延し、凶悪な犯罪が増大する。
 
 不幸中の幸いというか、この悪魔の計略は、初期の段階で発覚し、食い止められた。それでも、すでに多くの子供が犠牲になっていた。この子らのために、ジェダイは記憶操作の新たなフォースを試みた。それは、対象となる子供たちを、子を失ったり、子供がほしいのに恵まれない里親と組み合わせて、相互に新たな記憶を植え付けるというものだった。犠牲となった子供には、最初からその里親の子供であった記憶を、里親の側にはそれが自分の子供であるという記憶を、それぞれ与える。この方法だと、子供と里親の双方が記憶を確認し、強めあうので、ただ単に親を殺した記憶を消して、事故や病気で亡くなったという記憶を植え付けた場合よりも、ずっと成功率が高かった。
 
「しかし、これも結局は殺人と同じだ。ただ、その子供らを直接殺さずにすんだと言うだけで、それ以前の子供たちの人格は抹消されてしまった。これと同じフォースを、お前たちにかけることになる。だから、お前たちの今までの人格は、死んでしまうのだ」
 
 ヨーダは、眉をしかめ、長い溜め息をついた。
 
「オビ=ワン、お前はクワイ=ガンを失った痛手から、立ち直ってはいなかった。お前の心には大きな昏い穴がぽっかりと空いていて、アナキンはその虚無に惹きつけられ、狂わされた。クワイ=ガンとの記憶をそのままにして、いくらアナキンとの記憶を操作しても、また同じことを繰り返すことになる」
 
「ならば…、ならば、アナキンには、私は初めから存在してはいなかったものとして…。どうか、私に本当の死をお与えください」
「よかろう」

 ヨーダは、あっさりと了承した。
 
「それが、お前の真の望みならば、致し方ない」

 ぽとりと、古風な短剣を床に落とす。
 
 オビ=ワンは、思いがけぬ僥倖を信じかねながら、ナイフに手を伸ばした。
 
「ただし」

 そんな彼の様子を注意深く観察しながら、ヨーダが切り出した。
 
「その時は、アナキンを一緒に連れて行け」
 
 非情な宣告に、オビ=ワンは短剣を握り締めたまま、絶句する。
 
「お前の記憶をすべて消し去ってしまったら、アナキンの精神は破壊され、廃人となって長く惨めな余生をおくることになる。だったら、いっそのこと、お前がその手で始末をつけてやれ。アナキンもお前の手にかかって果てるなら、本望だろう。それ以外に、お前が死ぬことは認めん。このわしが、許さん」
 
 オビ=ワンは呆然と、ヨーダが去っていったドアを見つめていた。
 
 先ほど、告げられた言葉が、頭の中をぐるぐると回転し、考えてみようとするのだが、思考は空回りするばかりで、少しもまとまらない。
 
 ヨーダは、明朝、決定が実行されると言った。最後の夜を過ごすこの部屋には、オビ=ワンとアナキン、そしてヨーダが残していった短剣が残された。これは、どちらにするか、お前が選べと猶予を与える、ヨーダの最後の思いやりなのだ。この猶予を勝ち取るために、ヨーダはずいぶんと無理をして、評議会と掛け合ってくれたのだろう。
 
 ぼんやりとずらした視線の先に、あの短剣が見えてきた。オビ=ワンは衝動的にそれを掴み、鞘を抜き去った。鋭利な刃が、誘うように鈍い光を放っている。手首を返し、勢いをつけて、首筋に突き立てようとした。その瞬間、柄の部分が激しく放電し、オビ=ワンは短剣を放り出して、痺れた手を握り締めた。体ががくがくと痙攣し、蹲ってそれに耐える。少しずつ、衝撃がおさまってくると、あまりの惨めさに、涙がこぼれた。
 
 それから、どれほど時間が過ぎたのか、オビ=ワンはふと、手を伸ばしてアナキンの頬に触れ、ぎょっとして飛び上がった。彼の体は硬直し、生きているものとは思えないほど冷え切っている。そうと意識せぬまま、オビ=ワンはマントを脱ぎ捨てて、若者の身体を覆い、自分の胸に抱き上げていた。
 
 ヨーダが許さないと言う以上、どんな手立てを講じても、自分だけが死ぬことは出来ないのだろう。しかし、だからと言って、自分の道連れに、アナキンを手にかけることなど、どうして出来るだろう。ヨーダが言ったように、この子を狂わせてしまった責任は、自分にある。今なら、そのことがよく分かる。アナキンに、罪はない。
 
 それでも、クワイ=ガンとの記憶を無くした自分の人生を思うと、とてもこの先生きていく気にはなれない。それは自分にとって、死よりも辛い刑罰だ。
 
 あの人を腕に抱いて、その死を看取ったときに、これより酷い苦しみがあるかと思ったが、生きてみれば、人生には何があるかわからない。あのまま彼の後を追っていれば、こんな事態を招くこともなかったのに、自分は何をしてきたのだろう。美しく彫りこまれた短剣の柄を見つめながら、葛藤に身を裂かれ、思い乱れて、時は過ぎる。
 
 若者の体はなかなか温かくならない。しっかり抱きなおそうとして、ふと、ああ、自分は今、あの時とまったく同じように、この腕に大きな体を抱いている、と思った。
 その時、強い既視感とともに、鮮明な記憶が蘇ってきた。
 
 オビ=ワンの中で、長く封印され、思い出そうとしても果たせなかった、あの日の出来事が、走馬灯のように頭をよぎる。クワイ=ガンの指が頬を撫でた、その感触が、たった今の現実のように感じられた。彼の瞳から、少しずつ命の火が消えていって、そして・・・。
 
 オビ=ワンの耳は、懐かしいクワイ=ガンの声を、確かに聞き取った。
 
 凍えきったアナキンの体を抱きながら、オビ=ワンは虚空に向かって問いかける。
 
「マスタ−。あなたはそれを、おのぞみですか」
 
 アナキンを頼むと、あの人は言った。
 
 あの子は選ばれし者、調和をもたらす者。彼をお前の手で、ジェダイにと・・・。
 
 クワイ=ガンの予言通り、アナキンが非凡なフォースを持っていることは、オビ=ワンにもよく分かっている。だからこそ、そのために精一杯の努力を尽くしてきた。今でも、できることなら、アナキンをジェダイにと心から願っている。
 
 しかし、だからと言って、そのために何よりも大切なあの人との思い出まで失ってしまったら、自分の人生は、何のためにあるのだろう。二人の記憶を失ってなお、自分が生き続けることに、その後の生に、何の価値があるというのだろう。
 
 そもそも、彼が死んだあの時に、自分の心臓もその鼓動を止めるべきだったのだ。
 
 オビ=ワンにとって、クワイ=ガンの死後も、自分の心臓が動き続けているのは間違いなのだ。彼はその間違いを正すために生きてきた。人に聞かれたら理屈の通らない話でも、オビ=ワンにとってはそれが真実なのだ。
 
 自分は幾度も、この間違いを正そうとしてきた。自分が心臓の鼓動を止めることによってしか、自分が死ぬことによってしか、この間違いは正せない。
 
 幾度も試みたのに、とうとうそれは、果たせなかった。
 
 いつも、邪魔が、入ってしまって・・・。
 
 オビ=ワンは、腕に抱いているアナキンを見つめた。
 
 そうだ・・・。こいつだ。
 
 こいつが、いつも、邪魔をして…。
 
 あの人の元に旅立つことだけが望みだったのに、いつも、いつも、こいつに阻まれてしまった。こいつさえいなければ、もっとずっと前に、私は楽になれたのに・・・。
 
 オビ=ワンは、そろそろと、あの短剣に手を伸ばした。
 
 あの時、あのまま彼の後を追うことも出来たはずだ。こいつさえ、いなければ・・・。
 
 刃の先を、アナキンの首に向ける。
 
 こいつがいなくなってくれれば、私は今度こそクワイ=ガンと再会できる。
 
 今度こそ、二人きりの世界に入っていける。彼が両手を広げて、私を待っている。
 
 柄を掴んで、力を入れるタイミングを計った。
 
 もう、すぐだ。もう、すぐ・・・。
 
 乾いた音を立てて、ナイフが床に落ちる。オビ=ワンは身体を震わせながら、アナキンを抱き締めた。涙がどめどなく溢れて止まらない。
 
「ああ、許してくれ、アナキン。私は・・・、私は、何ということを・・・」
 
 オビ=ワンの涙がアナキンの頬を濡らす。
 
「私は、狂ってしまった・・・。どうして、お前に刃を向けることなど出来たのだろう」
 
 目を閉じて、わななくような嘆息をもらす。
 
 その時、若者の閉じられた瞼が、小さく痙攣した。
 
 もう、本当に疲れてしまった。どうすればいいのか、考える力さえ、残ってはいない。
 
 ただ、こうして朝を待つしかないのか。評議会の裁定を、受け入れるしかないのか。
 
「アナキン、お前はどうしたい。どうすればいいのか、言ってくれ」
 
 そう呟いて、ぼんやりと若者を見下ろしたオビ=ワンの瞳が大きく見開かれた。
 
 アナキンが目を開けて、彼を見返している。
 
「アナキン・・・、お前」

 若者はすばやく身を起こし、オビ=ワンの背に腕を廻して、彼に口づけた。驚きのあまり、呆然とそれを受けていたオビ=ワンの体が、突然、硬直した。
 
 焼けた鉄か何かを胸に押し当てられたようだった。オビ=ワンは、アナキンを突き飛ばして後退した。自分の胸に短剣が突きたてられている。今目にしている現実が、どうしても信じられなかった。どんどん体から、力が抜け落ちていく。アナキンが唇を激しく震わせながら、それでもしっかりと恋人を見つめていた。
 
 ああ、これが答えなのだ。
 
 オビ=ワンは唐突に、すべてを理解した。
 
 自分は、こうして死ぬのだ。
 
 前のめりに倒れそうになった彼の身体を、アナキンが抱きとめる。オビ=ワンは力の入らない手で、若者にすがりついた。急速に目の前が暗くなっていく。
 
「お前の、言う通り・・・、どこへでも、行こう」

 それが、最後の言葉だった。
 
 アナキンは、痙攣する恋人の身体を強く抱きしめた。ぬくもりが、遠ざかっていく。
 
 それから、身を引いて、彼の胸から短剣を引き抜いた。どっとばかりに血が噴き出して、若者の体を濡らす。それから、オビ=ワンを片腕に抱いたまま、何の躊躇いもなく、恋人の命を奪った短剣で、巧みに己の喉首を掻き切った。
 
 扉が開き、外の光が部屋の中を照らし出す。
 
 二人はまるで、死力を尽くして闘い、共に倒れた兵士のように、折り重なったまま横たわっていた。オビ=ワンは何もかも諦めきったように、穏やかな表情をしている。それとは対照的に、アナキンは心から幸福そうな微笑を、その口元に浮かべていた。
 
「是非も、ない」

 その凄惨な情景を見つめながら、ヨーダが低い呟きを落とした。やがて、彼の小さな影が、後方に向かって合図を送り、それを機に、控えていたジェダイ達が一斉に動き出した。
 
「マスター=ラシン」
 
 名を呼ばれて、それまで物思いに耽りながら歩いていた、大柄なジェダイが顔を上げた。
 
 テンプルの広場に位置する巨大な守護神像の足元に、一人のジェダイ・ナイトが、彼のパダワンを従えて立っていた。周囲には濃い朝靄にが立ち込め、彼らは夢か幻の中から、突然、現れ出たように見えた。二人とも、マントを身に纏いフードを下ろしている。
 
「マスター=ケノービ、もういいのか」
 
「ああ、いろいろと心配をかけた」
 
 オビ=ワンはラシンに答え、それから、後ろに声をかけた。
 
「アナキン、先に行っていなさい」

 長身のパダワンが、ラシンに一礼して歩み去る。
 
 二人はゆっくりと歩を進めながら、今度の任務や最近のコルサントの状況などについて、あれこれと話し合った。
 
 オビ=ワンは、幾分頬の辺りがふっくらして、顔色もいい。彼らは、ほぼ一ヶ月近く、隔離されたいた。その間、二人に記憶操作が為されたことは、公然の秘密になっている。
 
 はじめ評議会では、アナキンの処遇について、フォースを奪ってジェダイから追放するべきだという意見が大勢を占めていた。しかしヨーダが、そもそも彼の存在を軽視し、注意を怠った評議会の責任を厳しく追及した。そして、その存在が未知数のものだからといって排除するのではなく、それを活かせる方途を模索すべきだと強硬な主張を繰り返した。
 
 結局、評議会はヨーダの意見を受け入れ、その処分について彼に一任した。
 
「彼らは、一度死ななければならない」

 ジェダイ達を前に、ヨーダは語り始めた。
 
「彼らは、一度、今の人生を清算しなければならない。自分たちの人生を見極めなければ、彼らを納得させることはできない。そのけじめをつけなければ、今回の記憶操作は成功しないだろう」
 
 小部屋の中の様子は、フォースを通したヴィジョンとなって映し出され、ジェダイ達は苦悩するオビ=ワンの様子や、蘇ったアナキンによって彼が殺害され、同じナイフで若者が自害する姿を見ていた。
 
 ただ、その映像の中では、ナイフは存在せず、したがって二人が見ていたはずの血は、一滴も流されてはいなかった。
 
 そもそも、ナイフはなかったのだ。
 
 あの短剣は、ヨーダのフォースによってかけられた暗示だった。アナキンがもう少し成長していたら、そして彼の体力が落ちている今でなければ、この暗示の効果は期待できなかったかもしれない。
 
「チャンスは今だけだ」

 そう言って、ヨーダは部屋の扉を開けた。
 
 オビ=ワンと歩きながら、ついちらちらと彼の様子をうかがっている自分に気がついて、ラシンは気を引き締めた。ジェダイ=マスター達は、交代で彼らの記憶操作にあたった。そうやって、二人の記憶を自分たちも共有するのだ。ラシンはその作業の途中で、オビ=ワンの記憶を覗き込まざるを得なかった。彼とアナキンの関係を知り、なるほどと得心したこともあったし、やっぱりこいつは悪魔だったと再確認することもあった。
 
 オビ=ワンと彼のマスターであったクワイ=ガンとの関係についても、噂では聞いていたが、それが事実であったことに驚いた。
 
 そう言えば、マスター=クワイ=ガンという人も、確かに偉大なジェダイではあったが、ずいぶんと変わった人だった。どうして、オビ=ワンのような真っ当な男が、ああいうおかしいのとばかり、関わりをもってしまうのだろう。つくづく、苦労の多い人生を送ってきたのものだと、ラシンは心から同情した。
 
 それでもまあ、こうして無事に、ジェダイとして生きていくことができるのだから、これでよしとしよう、よしとするしかない。本当のことを言えば、ラシンはオビ=ワンの心情を思って、複雑なものを感じていたのだが、目の前の元気な姿を見ていると、やはりこれしか道はなかったと思う。
 
 なにしろヨーダには、最初から彼らを死なせる気など、欠片もなかったのだから・・・。
 
 だから、ラシンはさっきからしきりにフォースが不穏な予感を告げているのを、必死で消し去ろうと努めていた。自分たちを追い越していったアナキンの、去り際に何気なくふり返ったその口元に、なにやら不敵な微笑が浮かんでいたことなど、金輪際、見なかったことにしようと、固く誓っていた。
 
 ようやく朝靄がはれ、彼らを次の任地に運ぶための飛行艇が待っているエアポートが見えてきた。二人のジェダイは、朝日の中を、それぞれの未来に向かって、歩み続けた。
 
                                  END
 
 

 
 
 
お世話になった方々へ
「神の慈悲なくば」の作者であるWritestuff様、Slash without tears様の管理者であるスラッシュ君様、そして私が挫けそうになったとき、力づけてくださった明日狩り様に感謝の気持ちを捧げます。
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