第6回

<団塊の世代が残した功罪(どばっちり)>

日本でおかまが馬鹿にされるのも、「チャコティ×パリス」より「ライカー×ピカード」が人気(「モルダー×スキナー」も「モルダー×クライチェック」より人気がある。少なくとも私のまわりでは)なのも、みんな団塊の世代が悪いのだ。

アメリカ人とオタク与太話で盛り上がっている間、私の脳裏にこんなことが去来した。

学生運動が中途半端に終わったことは日本のやおい観に多いに影響したのだなと……。


「スラッシュ君が好きな声優は誰ですか?」
とアメリカ人に聞かれた私は、通ぶって、
「いろんなパターンを持っている人が好きですね。
『レッドドワーフ』(アメリカ人も日本で放映していることを知って喜んでた)のエース・リマーであり、『アリー・マイラブ』ではクッキーちゃんことジョン・ケイジ役でもある異才・江原正士とか、『快感フレーズ』の雪であり、『ポケモン』のロケット団の小次郎でもある三木真一郎とか、『レッドドワーフ』のキャットであり、『カーボーイ・ビバップ』のスパイクや『エヴァ』の加持さんや『アンパンマン』のチーズでもある山寺宏一とかね。受け声ではドクダンディなんかのカマ入った悪役キャラもこなしている子安武人さんとかですな」
と答えたのだが、うっかりしてドクダンディの番組名を書き漏らしてしまったのだ。

すると、こともあろうに、
「あ、『ビーダマン』のですね」
と即答されてしまった。その女性、日本のアニメをアメリカのテレビに売り込む会社にいて、つい先日パイロット版として1本、英訳したばかりだという。

しかし、
「ドクダンディは女性に替えないと放映できないですね」
という。

オカマの描き方がステレオタイプで、ゲイ団体から抗議を受けかねないからだ。

確かに日本のマンガやテレビにはオカマがよく登場する。しかし、それは彼らが人を喜ばすための存在である、芸人として認知されているからであって、一般の社会では自分がゲイであることはひた隠しにされている。テレ朝深夜の『ジェリー・スプリンガーショウ』くらいでしかシロウトさんのゲイにはお目にかかれないのが現状だ。

「美しくて若いなら、女性よ、その存在を認めよう」
と同様、
「人を楽しませる才能があるなら、おかまよ、その存在を認めよう」
なのだ。今の日本では。


さて、アメリカ人はこんなことも聞いてきた。

「日本では『スタートレック』の『チャコティ×パリス』のペアはあまり聞かないけど、何か理由でもあるんですか?」

いや、スタートレックやおいのファン自体が少ないだけで、「チャコティ×パリス」ファンが特に少ないわけではないのだ。念のために日本のファンに聞いてみたところ、

「スラッシュ君の言う通り。逆になぜ欧米では、日本ではポピュラーな『ライカー×ピカード』が少ないの? 教えてほしい」
と聞かれてしまった。

「えええ? 『ライカー×ピカード』? ウゲーって感じ。だってお父さんと息子みたいじゃ〜ん」
なんだそうだ。

そう。日本人は父子ものが大好きだ。父親的温情主義を「パターナリズム」と呼んでいるが、日本はとりわけその傾向が強い。「長いものには巻かれろ」である。

だから日本人は医者を選べないし、カルテも見せてもらえない。セカンド・オピニオン(複数の医者から意見を聞いて比較検討すること)、インフォームド・コンセント(患者に情報を開示すること)・カルテ開示が日本でなかなか根付かないのはすべてこの強すぎる「パターナリズム」の弊害だと言われている。「専門家に任せておけばよい。
シロウトが首を突っ込むべきではない」というのは裁判制度にも現れていて、英米で行われている陪審員制度も日本ではたびたび論議されながらも今だ導入されていない(反対派はすぐ陪審員などを認めたら、すぐ「O・J・シンプソン事件」の二の舞になると言うのだが……)。

アメリカでも年配の人には「医者に逆らうのは気が引ける」という人が多く、女性・ゲイ解放を含めて、市民の権利が拡大したのは、実は「公民権運動」以降のことなのだそうだ……。


さあ、もうお分かりだろう。私の言いたいことが。

団塊の世代よ、あんたたちの怠慢のせいで、いろんなことで迷惑をこうむっているわけだよ。新しい日本史とかいって過去を振りかえるのもいいけど、本当に振りかえるべきなのは自分の「尻」じゃないのかと。学生運動が中途半端に終わったことこそ、反省すべきことなのだ。手前の尻も拭けないで、南京大虐殺うんぬんとは片腹痛い。

まだパンツ履くなよ。うんこ付いてるぞ!

(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 000223]

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