第7回

<IMDBならぬYMDBの整備が急務だ>

今はそう苦労せずに注文されたマンガ本を探し出せるようになったものだが、始めた頃は結構、苦労させられた。

注文メールには出版社名が明記されていることがほとんどないからだ。しかもアルファベットなので、オリジナルの書名や作者名の日本語表記に書き直すのが大変なのだ。古本屋では出版社別に並んでいて、その中でさらに作家別あいうえお順に並んでいる。出版社の特定は必須な作業だ。さらに背表紙を短時間で目でスキャンするには、正確なタイトル・作家文字の把握は欠かせない。

で、タイトルだが、海賊版などの横行で日本語タイトルとは違っている場合が多々ある。高口里純の『伯爵と呼ばれた男』は海外では'Duke in Black'というタイトルで流通しているし、由貴香織里の『天使禁猟区』は'Angel Sanctuary'だ。インターネットで検索しまくって、どうにか付きとめるのだが、ほとほと困るときは、

「表紙画像を送ってくれ」

と頼むことにしている。アメリカ人は大抵、表紙の絵をネット上で見つけて、絵柄が好みだと注文してくるため、意外なことに表紙の絵のありかを知っていることが多いのだ。

で、大抵はアジアの海賊版だと判明し、消し損なった出版社名など名残から、オリジナル名を当てることができる。

ところが出版社名以上に、手を焼かされるのが、マンガ家の名前文字だ。

意外と読み仮名を意識せずに読んでいることの多い私は、「初田しうこ」が「はつだ・しうこ」でなく「ういだ・しうこ」と読むのが正しいことをアメリカ人から教わった。こないだも「あずまざと・きりこ」と読んで訂正された。

平仮名なのかカタカナなのか、明子か晶子か章子なのか? 人名はとかく難しい。BelneとかCLAMPとかC.J.Michalskiなんていうアルファベットの名前の作家もいる始末だ。

一般の人がインターネット上ににマンガ家データーベースをまとめて、公開しているが、「やおい漫画家」情報が充実していて、しかも「マイナーなやおい作家から新人やおい作家まで」網羅しているサイトは、なかなかに少ない。

さらに、アメリカからは、内容もさることながら、
「東宮千子さんの『上を向いて歩こう』って単行本には、『やおいもの』や『男の友情もの』の要素が含まれてますか?」
などという質問がよく来る。

送料が高いだけに気軽に買ってみよ〜なんてことができない海外では、「絵柄が気に入って買ってみたら、ただの少女漫画だった」なーんてことは絶対に許されない。また、やおい漫画家はしばしば「やおい小説」の挿絵も書いていることが多いため、漫画家名だけで検索すると「白泉社 花丸文庫」(小説です)などがひっかかってきてしまう。そんなときは、「小説だけど本当に注文するのか?」とこちらがフォローしてやらないといけない。

「やおい要素の有無」について、読んだことがない漫画だと、店頭で見るか(BOOKOFFなどは立ち読み自由なので便利だ)、公式及びファンサイトなどを回って、レビューや内容紹介から推量するしかない。

しかし、よほどメジャーな人気作品でない限り、無いのだ。内容についての情報が。「今月のお買い物リスト」なんていう漫画購入の防備録ページが見つかるとガックリする(ま、出版社名などが確認できるだけもありがたいのだが)。

そんな中、私から大量にやおい漫画を買っているアメリカ人大学生の一人が、購入した漫画のデータベースサイトを作ると言ってきた。彼女は大学でもジェンダー問題やゲイ・スラッシュ文学についてのクラスを受講していて(そんなもんがあるのが第一すごいのだけど)、その方面の文献を私に紹介してくれたほど学術的な関心が高いヤツなのだが、毎回大量の漫画を買うため、今や教授のアルバイト奴隷と化していた。そしてその教授に「貴重な情報だから是非、公開したらどうか」と勧められたのだそうだ。

ショックだった。

インターネットの発祥地はは確かにアメリカだ。インターネットが何たるか、そして、その威力を熟知しているのは当たり前のことだ。

だが、「やおい漫画の情報を公開したほうがいい」と学生にすすめる教授が日本にいるだろうか? 

個人の知識を多くの人と共有し、その結果として加速度的に新たな知的価値が生み出されていくことを連中は本当によく分かっている……。

映画情報では最大のデーターベース、「IMDB:The Internet Movie Database」には私自身、日頃から多大なお世話になっているが、これも元々はアメリカの映画好きな学生たちが自主運営で始めたのがきっかけだ(今は広告を取って会社組織になっている)。

彼女は、まさに、やおい漫画の「IMDB」を作ろうとしているのだ。あ、やおい漫画だから「YMDB」か?

あっちの学生は実に情報リテラシー能力に長けている。また、それを支える環境にも恵まれている。学校のコピー機は、パソコンにつながっていて、本をコピーすると、それが画像ファイルになり、無料サイトにアップして自宅で読む。英文用の簡単なOCRソフトを使って、テキスト化し、自分の論文にホイホイ引用している。くうううう。ポスペとかケータイとか言っている学生とはエラく違うのだ。ああ、こんな国と2度と戦争なんかしちゃいけないよな〜。


<水とやおい漫画はタダ?だと思っている日本人>

これだけ漫画大国の日本で、漫画情報のデータベースがまだまだ未整備なのはとても悲しいことだ。やおい漫画においても先進国なのに「やおい漫画データベース」サイトもまた少ない(内容までしっかり網羅しているのは「まぐチャンネル」という名前のサイトの「日々増殖する書物の倉庫」の「コミックス」ページぐらいだろう……)。

それは、多分、日本で水が貴重でないのと同じ理由ではないだろうか。漫画は安く買えるし、いくらでも新しいものが洪水のように出版される。とても全部読みきることはできない。なにもデータを整理して古い作品を買い集めなくても困らないのだ。

しかし、いざ、気に入った作家の作品を全部揃えようとすると、と〜っても困るのは当の日本人だったりする。出版社は一度絶版にした本の情報は知らん顔だし、作家は自作しか公開しないし、ファンは自分の好きな作品しか扱わない。その多くは買ってしまった漫画に内容紹介は付けないというケチなサイトがほとんどだ(いや、ファンからの攻撃が怖いのかもしれないが)。いいのか? それで?


<表紙画像の引用は合法か? 〜 アメリカ著作権協会の見解>


件のアメリカ人は、
「データベース作成にあたって、表紙の画像をアップするのに出版社や作家の許可は必要なのか?」
と尋ねてきた。

出版社のサイトでは「無断転載を禁ず」とコピーライト記号とともに表紙画像が掲載されている場合が多い。新刊しかなかったり、悪用を恐れて、ギリギリの解像度(小さくて不鮮明)に落している出版社もある。漫画本の表紙の扱いは日本では非常に微妙な問題になっているのだ。

先日、「漫画における著作権・パロディーについて」のシンポジウムが開かれたと新聞に載っていたが、パネラーの夏目房之介氏は、自著の漫画評論本に表紙を載せるのに一切許可を取らないと語っていた。小林よしのり氏の批判本(『脱ゴーマニズム宣言』に小林氏の作品の一部が引用されたが、小林氏はこれが著作権侵害に当たり、ついては絶版要求・売上金の全額要求を求めるという裁判を起こした)の時の一審の判決理由と同じく、批評がメインで画像が補助的な役割であれば、画像の引用は評論活動に必要な行為であり、著作権違反ではないと見なされるからだ。

ダイヤモンド社から出ている『マンガ古本雑学ノート』の著者であり、ニフティの「本と雑誌の会議室」のシスオペとして古い少年・少女漫画のデータベース「マンガ古本情報」を公開している江下雅之氏もまた、表紙画像の引用について一切許可は取っていないという。

その辺の事情をアメリカ人に伝えたところ、
「でも、違法なことはしたくないので、法学の教授に聞いてみます」
とアッサリ答えた。

う〜ん、さすが訴訟先進国の民だ。

で、返事が来た。

「教授は『表紙の引用は全く問題ない。だけど念のために著作権協会に電話して聞いてみるといい』と、電話番号を教えてくれました。で、電話すると『タイトルと著者名だけの表紙の場合は、全く許可無く引用して問題はありません。それは日本の本でも同じです。ただし、画像がある場合は、”fair use”(公正な使用。評論・批判活動などが含まれる)に限り、許可なく引用できます』と言われました。でもその”fair use”というのがどの範囲を指すか微妙なので、私は全ての著作にレビューをつけることを確約して、表紙画像を公開することにします。それでも出版社や作家から苦情が来たら、その本の画像だけを削除することにします」

その彼女のサイトは「MANGA BONBONS」という。 

私は毎週、自分が読んだやおい漫画の英文レビューをアメリカ人に送っているが、よっぽどのことが無い限り、一度読んだ漫画は読み返さず、うさぎ小屋に住んでいるため、サッサと処分してしまっていた。が、それからはこの学生が希望すれば、送料だけ負担してもらって、贈呈することにした。自分のためにもデータベースを充実してほしいからだ(よくダブって買っちゃうんだよね。一度読んだ本って)。

データベースの中に「超イカモノのマイナーやおい漫画」が含まれている場合はひょっとするとスラッシュ君からの寄贈かもしれません……。

ちなみに今、以下の本が手に入りません。もし、手放してもいいと仰る方がおりましたら、定価・送料を負担いたしますので、スラッシュ君宛てにご連絡ください。よろしく御願いします。

『WORLD』遠藤りさを(東京三世社)
『牧師館の怪人』長田ノオト(東京三世社)
 
(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 000317]

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