第16回

<不謹慎は楽しい 〜 折々のRPS>

 向こうのスラッシュMLなどを見ていると、「WARNING RPS!」などと書かれたタイトルによく出くわす。RPSは、「real person slash(real peopleslash)」の略で、日本の芸能人・バンドものの同人誌などで見られる、いわゆる「実名やおい」のことである。作者に悪意が無かろうと、やおいもののネタにすれば、実在する人物を揶揄する結果となるので、ポリティカル・コレクトでないものを嫌う外国では、このRPSに対する扱いにはかなり厳しいものがあり、スラッシュ作品投稿サイトでも「RPSは原則、登録不可」というところも多い。MLなんぞで話題が出ると、「私は倫理的に絶対許せません!」と露骨に嫌悪感を表明する人も少なくないわけで、「真面目な人が多いんだな〜」ってスラッシュ君はひたすら感心してしまったりする。

 RPSはとても不謹慎な行為なので、「いつでも誰でもが読めるようにネット上に掲載される形」よりはむしろ、「後に残らないメールやBBSで書き散らかされる」といった形態が取られているのが普通だ。かく言うスラッシュ君も、この手の不謹慎メールを夜な夜なアメリカ人とやりとりしている。

●RPS実例・その1:
アメリカ人(以下「ア」)「そういえばインスペクターモース・スラッシュって読んだ?」
スラッシュ君(以下「ス」)「おお、今週からNHKBSでやるんだよ〜。スラッシュも読んでみたいな」
ア「でもモースって爺さんだよ」
ス「あ〜それなら大丈夫。スラッシュ君はフケ専だから。フランク・ウィリアムズ爺さんとモントーヤでも羽ばたけちゃうよ」
注1:フランク・ウィリアムズ=F1のウィリアムズ・チームのオーナー監督。一時、お金のない頃、アラブオイルマネーに頼った過去があり、そこでアラブの秘儀?を伝授されたのではないかと邪推されている。 注2:ファン・モントーヤ=今期、F1に初参加したウィリアムズのドライバー。若き天才でベルガーの覚えもいい、ジェンソン・バトン君を追い出し鳴り物入りでウィリアムズ入りしたので、一時は乙女の反感を買ったが、才能ある若い男を発掘させたら世界一の爺さんだけあって、入ったそうそう優勝しそうな勢いでファンを圧倒した。あくまでも2001年4月時点〜ブラジル・グランプリ直後の話だが)
ア「でも心臓麻痺とか心配じゃない? やってる際中」
ス「うん。でもそこがまたスリルがあんのよ。見ててハラハラするっていう……」

……年寄りは敬わなくてはいかん。

●RPS実例・その2:
ア「昨日、テレビで『ジーザス・クライスト・スーパー・スター』見ちゃったよ。イエス×ユダものって興味ある?」
ス「おお、その昔、試写会で見たよ〜。当時からイエスって総受けだと思ってた」
ア「言えてる〜。○○とか○○(注:弟子名が入る)とか」
ス「イエスが世界中で慕われるのもそのせいかも。『ジーザス・クライスト・スーパー・受け』ってか?」
ア「(数分絶句)でもあの映画のユダはどうかと思う」
ス「そうだねえ、30年も経つと(ポリティカル・コレクトが身に染み付いちゃってるから)ああいうのはちょっとできないよね」
注3:ユダ役が黒人、イエスが白人という、イエス・キリスト自体がアラム人であり、白人系が混ざっているものの有色人種だということが分かってしまった今じゃ、できない差別的な配役のことを指す)

……聖人も敬わなくてはいかん。


<歴史上の人物はどうするの?>

 このRPS問題というのは「いくつからスラッシュネタにしてよいのか?」という「年齢論争」と並んで、たびたび蒸し返されるスラッシュ界の2大テーマである。スラッシュはテレビドラマや映画のパロディーであるため、原作が史実に基づいていると、果たしてスラッシュネタにしてよいものか、判断に迷うのである。『Pirates of Silicon Valley』(邦題:『ジョブスとゲイツ シリコンバレーの青き炎』)というテレビ映画があるが、腐女子がこれを見れば、全員が必ず、妖しい妄想を抱く。もちろん億万長者の方が「受け」(演じた俳優もムチャクチャかわいかった)である。社会的地位が高いほうが通常、「受け」にされやすいが、この辺は権力者をやっかむオヤジ週刊誌のノリとさほど変わらない。風刺と言っちゃあ聞こえがいいが、要するにおちょくっているわけだ。大人気俳優のラッセル・クロウが主演した映画『インサイダー』はアメリカにおけるタバコ会社とテレビ局の癒着を暴く作品だったが、あれには実在のモデルがいる。そういう映画を、いくらラッセル・クロウがいい男だからと言って、スラッシュネタに使用してよいものだろうかと(日本の掲示板では早速、「アカデミー賞授賞式でホアキン・フェニックスと抱き合って喜んでいる写真」が出回っていたな。髪の毛は三平師匠(もしくは小池さん)みたいだったけど……)議論になるのである。

 これが歴史上の人物だとアメリカ人でも判断に迷うらしい。向こうのMLでは、アレキサンダーとかバイロンとかロビンフッドとかを例にあげて、死後何年くらいならネタにしていいものかと、真面目に議論している。その手の論議を見るにつけ、ポリティカル・コレクト道というのも大変なものだなあと頭がさがる。平気で新撰組や信長・蘭丸もの、上杉・武田もの(ミラージュものと呼ぶほうが適切か)の同人誌を出しまくっている日本とは、ちょっと感覚が違うらしい。が、たびたびRPS議論が蒸し返されるところ(年に2,3回は普通)見ると、本当はRPSがやりたい、好きで好きでたまらないというのが本音らしい。


<隣の芝生は青い>

 というわけで、大っぴらにはやれないが、やっぱり根本はRPS好きなので、勢いメールに走るわけだが、シドニーオリンピックの時期なんか、も〜う大変だった。

ス「イアン・ソープ!(叫んでいる)」
ア「あんたのイアン・ソープのスペルは間違ってるよ。正しくはIan Thorpe(スラッシュ君は固有名詞が正しく書けた試しが無い)。Soapじゃ水に溶けちゃうじゃん!」
ス「でも一番の見所はトルシエ×フローランだね」
ア「誰よ、フローランって」
ス「通訳君だよ〜。日本は負けたけど、日本女性はみんなあの場面に感動の涙を流したものさ」
注4:日本が準々決勝米国戦でPK負けした時、トルシエ氏の試合後のインタビューの際、通訳のフローラン・ダバティ氏が泣いてしまい、通訳どころではなくなってしまったことを指す。ちなみにトルシエ氏は困ったような顔でニヤニヤしていた。それがかえって乙女の妄想を徒に掻き立ててしまったらしい……さっそく仮名で漫画にもなっていた)
ア「アメリカはサッカーは人気がないからほとんど放映されないのよ(日本に勝ったくせに)。見たかったなあ、インタビュー。それにしてもNBCは許せない。アメリカの強い競技ばっか流して。私はアジアやロシア(東側)の体操やスケート選手、イタリア、ロシア、ドイツの水泳選手とかが見たいのに、ちょこっとしか流してくんないだも〜ん」
ス「言えてる〜。こっちでもよその国のいい男をあんまり映してくんない。女性用オリンピックチャンネルとか設けてほしいよ。優勝選手のくだらないインタビューとか延々流してないでさあ、NHKも」


 なぜかアメリカ人も自国の選手にあまり興味がないらしい。どこでも隣の芝生は青いということか。スラッシュ君など旅行に行った際、街角でとかく男が声をかけてくるので、とってもいい国だと思えたイタリアだが、自国人に言わせると最低なんだそうだ。アカデミックにやおいを研究しているらしいイタリア人女子学生は、自国の男に道で声をかけられるのは嫌いといい、「その点、イギリス人は紳士だから羨ましい」などと、それはあまりに固定観念だろう〜的な発言をしていた。

ス「それはあなたが魅力的だからってことじゃないの?」
イタリア人(以下「イ」)「だって汚い言葉を言うのよ。『うわあ、やらしいオッパイ』とか、『ケツがはみ出しそうなスカートだな』とか。嫌じゃない」
ス「でもこの年になると思うけど、言われるうちが花よ。本当に関心がない女には、忙しくて声なんて掛けないって。そんな気力も残ってないよ。みんな疲れてて」

 道行く女性に声をかけるのは、道端に咲く花がきれいだと口に出すのと一緒だ。なのに、一体何がそんなにムカツクんだろうか、といぶかる向きもあるだろう。それはこうやってネタにされるのが「若いうちだけ」だからだ。そういう表面的なところを誉められるのって、冷静に考えるとあんまし、ウレシクない。まんまと相手を楽しませてしまって、しゃくだ、悔しい、みたいに感じる。オバサンになれば、欲望に正直な男をカワイイと思う境地に達するものだが、若い真面目な女子は、自分をそういう対象にしか見てくれないなんてクヤシイと怒るものなのだ(お酌をするのは嫌だとか、宴会で浴衣を着るのが嫌とかね……遠い目)。かように同じ言葉でも聞くほうの状況で随分と違った解釈がされるものなのである。


<国が違えば罪悪感も違う>

 で、そのイタリア人、「日本ではどうしてRPSが平気で行われているのか?」と聞いてきた。

ス「有名税っていう言葉があるくらいだから。ファンはさんざんアイドルに貢がされる。その代わりに芸能人には私生活がなくなる。どっちも納得済みなのよ。ゴシップネタにされなくなったら芸能人もオシマイじゃん」
イ「まあねえ。ただ、こっちでは芸能人がストーカーに付回されたり、サイコ野郎に殺される深刻な事件が結構あるから。個人の生活を脅かすようなことを軽軽しくやってはいけないっていう意識があるのよ」
ス「なるほど。日本はもともと犯罪率が低いし、銃が身近に無いというのも、欧米とは状況が違うよね。こっちじゃ、売り物に手を出すと怖いお兄さんが現れて、東京湾に浮かんじゃうから。タレントは事務所にたてつくと干される代わりに、変な人からは徹底的に守ってもらえるわけよ。堂々と援助交際が行われるのも、ひとえに日本が平和だからっていうのがあるのかもね。つまりヤクザと警察が日本の売春天国を支えているってわけなのよ」
イ「なるほど」
ス「でも日本の警察は素人賭博と麻薬には厳しいよ。何に厳しくするかっていうのは国の政策によって簡単に変わっちゃうんじゃないの? アメリカだって禁酒法をやってみて、かえってギャングをはびこらせてしまう結果になって、すぐやめちゃったじゃない」
イ「取り締まらなければ、犯罪にはならない、っていうことだよね。その辺がインターネットで議論していて難しいところでもあるのよねえ。スイスじゃ、国が合法的に麻薬を若者に低価格で売っているから麻薬犯罪が無いもん。麻薬から抜けるための離脱薬までくれるのよ。それが是か非かっていう議論も絶えないわ」


<「やましさ」には「ファンタジー」のお札を>

 国による違いは、エロチックな表現の違いにも現れる。やおいものに限らず、日本の作品にはレイプ描写、差別ネタ(やおいものの場合はホモ差別、成人ものなら女性差別)が多いとよく言われる。やおいものの主人公が「俺は男が好きなわけじゃない、●●●●(この中に相手の名前が入る)だから好きなんだ!」って叫んでいるシーンがよくあるが、よくよく考えるとこれはゲイの方々にとっては、非常に失礼な言い回しだ。日本でもリベラルな女性はこれを嫌い、「だからスラッシュのほうが好きなのよ」と仰る。レイプもしかりで、レイプの実情を知っている人の中には、「レイプされて感じたりすることは現実にはありえない!」と怒り出す人もいる。犯罪が多いアメリカ人はこの手のレイプもの、非合意もの(たとえ最終的に合意に持ち込めたとしても)は洒落にならないらしく、やおいものに比べるとこの手のムリヤリ作品は極めて少数だ。なので合意じゃないセックスもの・相手を物扱いするセックス描写のあるものは好きになれないという日本人はスラッシュのほうが好きだと言う。

 しかし、やおいファンに言わせると、「ノンケの男を無理やり好きにさせる瞬間ほどゾクゾクするものはない」と言い切る。確かにもともとゲイの人が男を好きになるより、ストレートの男が男を好きになるほうが逆境度合いが深刻で、「障害が大きければ大きいほど、感動というのは高まる」法則に照らせば、「ホモ差別が前提であり、そのタブーを乗り越えてまで男を好きなるという作品」のほうが感動が深いというのもうなづける。レイプも同じで、そういう悲惨な目に合っておきながら、相手を好きになってしまうという、被害者にとっては二重に屈辱的な状況が、実は感動を盛り上げるものなのだ。そういう時、やおいファンは「これはファンタジーだから……」という言い訳をする。「現実にはありえないけど、思う分には自由でしょ」って。で、時々、後ろめたさから「Tripod事件」などがあると過剰に反応してしまったりする。
注5:今年の3月、無料サイトのTripodを使っていたスラッシュ系サイトが削除されて大問題になった事件のこと。結局、単なるTripod側のシステム事故であり、一時的に「すべての」サイトが消えたものの、すぐに復旧した。なのに消えている間、「これはスラッシュ差別だ」と多くのスラッシャーたちが怒り出し、ネットは一時、蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった。この機に地地下にもぐってしまったスラッシュサイトも多く、スラッシュ君は結構、迷惑している)


<やっぱりRPSはやめられない> 

 しかし、その時その時の話題の人が誰と怪しいなどと邪推するのは、毎日を生きる上で欠かせない娯楽だ。「見立て」は日々の潤いなのである。とあるスラッシュMLに、「私が初めてスラッシュを書いたのは9歳の時で、クラスの男の子をネタにしました。あの頃インターネットがあれば、きっと私は発表したことでしょう」というRPS擁護論を切々と訴える投書を見ていると、RPS衝動というのはもうXX染色体の奥深く刻まれたもので、今更どうしようもないものなんだなあと思い知らされる。コンビニの店員、近所の郵便局(保険の勧誘のためか結構、若い子を揃えていたりする)……などなどと楽しみはここかしこにある。
「浜の真砂は尽きるとも世にRPSの種は尽きまじ」とスラッシュ君は思うのだが……。

(次号へ続く)


[文:スラッシュ君 010419]

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