第20回

<ひげ熊男は好きですか? やおいマニアック論>

 年末年始ともなると、各ジャンルで、その年のベスト作品が選考・発表される。やおい作品もまたしかりで、普段やおい漫画ばっかり読んでいるスラッシュ君も今年のベストは何かなあ、などと考える機会も多かったりする。で、つい、「ありきたりのものは選べないよな〜」と、虚勢を張ってしまうのだ。
 
 そう。過去のいたいけな自分をすっかり忘れてしまったかのように、大衆受けするお約束的な作品を「フッ、薄いな……」などと批判するようになったら、あなたはもう立派なマニアさんだ。そして、それは多くのやおい読者がたどる道なのである。


<マニア向けになるほど難易度が高まるはどの分野も同じ>

 ではやおい漫画における「マニア受けする作品」とはどんな作品なのだろうか? スラッシュ君は「登場人物に共感することが難しい作品」だと思う。そして以下の3つの要素を含んでいると間違いなくその難易度は高まる。

1)キャラの年齢が高い
 登場人物の年齢が20歳台も後半になるとマニアック度が上がり始め、30歳過ぎると「オヤジもの」としてきっちり、マイナー扱いされる。特に「オヤジ受け」は難易度が高い。だが、自分がホモであるに加えて、オヤジであることを恥じている、はかないオジサン(「こんなオジサンのどこがいいんだか」が決め台詞!)を、スラッシュ君は大好きだ。特に頭に白いものが混じっていたりすると、も〜たまりませんな。

 高口里純大先生(『PINK』『叫んでやるぜ!』など)や、そのお弟子である山田ユギ(『やらしい昼下がり』『水温む』など)、ふさ十次(『福音』の後半に収録されている警察ものは秀逸!)鹿乃しうこ(『懺悔』収録の短編、『君さえいれば・・』とその続編で同タイトルの単行本)、梶本潤(『この手を離さない』など)、などのアダルトな漫画家の作品に、オヤジなキャラを発見することができる。

2)キャラをいたぶる・バカにするもの

 SMモノやレイプもの(相手をまるで物のように扱い、快楽本位に消費するだけの話)、愛憎劇の「憎」の部分がことさら強調されているもの、または過度に下品な艶笑もの・下ネタものもまた、若い女性には敬遠されがちである。要するに内容が「男性向けポルノ漫画」に近いほど女性読者は嫌悪感を感じるものらしい(「らしい」というのは、常日頃この辺の領域を棲家としているスラッシュ君は、その嫌悪感がもはや理解できない年齢に達してしまったので、正直あまり深くを語れないのだ……)。

 主に光彩書房の『絶対麗奴』『Stinger』『TRANS』などの近年躍進目覚しいSM系やおい雑誌や、やおい界の老舗、マガジンマガジンが発行する雑誌『ピアス』などで活躍されている作家さんにその傾向が強く、ひばきち(『BEASTY BOYS』『快楽依存者』)、平ひろ(『モノ・ポール』)、Dr.天(『東京野蛮之地図』『下僕少年節』)、明治カナ子(『甘い針』『キモチの行方』)、仲村留海(『檎縛の檻』)、華炎(『無限恋獄』『片翼の束縛』)、とりマイア(『跪いて靴にキスを』『獣は檻の中』『共犯者に口付けを』『欲望の密猟者』)、鳥人ヒロミ(成層圏の灯シリーズ、『エスケープ』、「少年は背中で恋を語る』など)、神葉里世(『放熱JIVE』)、櫻井しゅしゅしゅ(『オトコノアイシカタ』『淫射裸』『快感インビテーション』)といった作家さんの作品に見受けられる。

3)アンチ美少年
 やおいといえば「美少年」と思っている人も多いだろうが、マニアともなると、筋肉モリモリのマッチョ男くらいでないと物足りないという人もいて、その手の人は、若い女性なら引いてしまう、濃い体毛や陰毛も、「リアルでよろしい」などと、かえって珍重したりする。うじうじと悩んでばかりいるアダルトチルドレン・タイプに飽きた読者は、無神経で不潔なガサツ男や、本能の塊のようなプリミティブな原始人男を新鮮に感じたり、世間じゃ忌み嫌う「おたく君」に共感を覚えたりする。そして最後の禁じ手として「醜男」を主役に持ってくるという荒ワザも出始めた。そもそも、「外見だけで判断されたくない」と不満を抱く女性が、「それでもやっぱり、やおい作品には美青年が出てきてほしい」なんて、矛盾もいいところだ。大人の女性なら、やっぱり「男は中身」だろう。あまりにも非の打ち所が無い主人公が出てくるとスラッシュ君は思わず白けてしまうし、世間的にみて「こんな男のどこがいいのか?」というキャラに、読み手を共感させ、惚させてこそ、真に実力のある作家と言えるのではないか? なあ〜んて思うからだ。

 村野犬彦(『ガクラン天国』『先生はエゴイスト』)、由良環(『Blood』『PARTNERS』『Round About Midnight』『BROTHER』など)、渦巻なると(「木曜日にもう一度』)小瀬秋葉(『HARMFUL』特にアンソロジー誌『激しくて変III』に収録された寄生虫研究の夫婦の短編は、やおいではないが、そのマニアックさに圧倒された)、語シスコ(『Love & Catastrophes』『上等だ、ベイビー』『ぼくね,先生.』『ラブ?YES』など。ジョジョ好きなだけあって、スラムダンク同人誌は、あのゴリ赤木!と三井君だったりする……)。

 ビジュアル面に直接訴えずにすむやおい小説では、さらにチャレンジ度が高く、木原音瀬の『情熱の温度』(教師が爬虫類系の醜男)、榎田尤利の魚住クンシリーズの久留米(今もっとももてはやされている、ガサツな男)など、従来では考えられないようなキャラが次々登場している。

 もし以上の作家さんのうち、10人以上好きな作家がいるなら、あなたもりっぱな「マニアさん」である。


<苦労と貧乏はチャレンジャーの勲章……>

 では素人・大衆受けするのはどんな作品なのだろうか? 上記の逆を行けばいいのである。

1)キャラが若い
 BL(ボーイズ・ラブ)といえば「学園モノ」、というくらい、主人公は若く、瑞々しいほうが好かれやすい。話が陳腐に流れがちな「バンドもの」も読者・書き手の両方から支持されていて、伝統的なジャンルになっている。どちらも「オヤジが主人公」にはなりえないジャンルであろう。

2)キャラの人格がリスペクトされるもの
 「相手を思い遣る愛」が感じられるもの、紆余曲折あっても最終的にはハッピーエンド、というのがやおいの基本、お約束だ。オチも意味もない「甘々なラブロマンス」が喜ばれるのも、麻薬と同じ。現実生活逃避の一種なのかもしれぬ。

3)キャラが王子様系
 美少年か、青年ならスレンダーで長身でハンサム。スポーツに例えるなら、アイスダンスとか水泳の選手(その時々の流行によって、バレーボール、バスケ、サッカーなどがこれに加わったりする)で、まちがっても柔道やキャッチャーではない(ひどい偏見だ!)。身のこなしが洗練されていて(ハーバードビジネススクールとか出てて)、実は由緒も正しかったりする(努力しても得られないものを羨ましがるなんて、ほんと最低だな)。

 こんな陳腐な3条件を満たす作品が一体、面白いのだろうか? 反吐が出そうじゃないか。だが、世間はそうではないのである。「ハリーポッター」もSFドラマの『ロズウェル』も、既成のジャンルである、魔法モノ、異星人モノに、「学園モノ」を加味しただけで大ヒットした。『ロズウェル』なんぞ、『ビバリーヒルズ青春白書』ファンがドッと流れ込んだせいで、ごく普通のオバサンが大勢楽しみに見ているのだ。 

 初心者ものは売れる。なので編集者も作家に「マニアックになるな」と指導する。よく漫画家が後書きなどで、「過激な表現を和らげて」などと編集者に指導されたと嘆いているが、それを読むたびスラッシュ君はいつも憤慨している。だが作家さんにとっては、売れるほうがハッピーに決まっている。マニアなファンにいくら、「チャレンジャーだね!」って尊敬されたところで、貧乏じゃ辛いよな。


<日本女性はデブが苦手だ>

 だが、そんなマニアを気取るスラッシュ君にも苦手はある。

 「デブ専・ひげ熊君」だ。

 本物さんたちの雑誌『サムソン』や『G-men』などに見られる、やたら体がデカく(縦にも横にも)、髭や体毛が豊富で、よく言えばエネルギッシュ、悪く言えば暑苦しい野郎どものことである。海外でも大人気の田亀源五郎や藤本郷などが描くキャラがこれにあたる(『G-men』ではこの手のタイプを「SG」と呼んで区別している。で、何の略かというと、「スーパー、ガッチリ」なんだけどさ……)。多分、耽美系のゲイ雑誌(『薔薇族』とか『Badi』)のアンチテーゼとして、台頭してきた比較的新しい勢力なのだろうが、スラッシュ君はどうしてもひげ熊君に甘酸っぱいものを感じることができない。確かに、絵はウマイ! ストーリーもいい! だけど萌えないものは萌えないのだ。実用書であるやおいもので、「萌えられない」のは致命的だ。

 ところが、アメリカ人に言わせると、田亀源五郎や藤本郷らが描くひげ熊君は、「太っているうちに入らない」らしい。

 アメリカ人「だって腹が出てるわけじゃないじゃない」

 ううう、確かにそうなのだが……。どうもアメリカ人と日本人とでは、「太っている、いない」の定義が根本から違うらしい。白人は東洋人に比べて骨が太いのか、総じて体が「デカイ」(あれだけの量を食べれば当然だが、日本人だと頼まれてもあんなには食べられないものだ)。なので「太っている」ことに対して、日本人ほど抵抗が無いみたいなのだ。フィットネスとか言って、健康上、太りすぎはあまり良くないとは思うものの、美醜にはあまりこだわらないし、日本の若い女性ほどダイエット信仰も根強くないのだ。

 確かに日本の女性は男性が好む以上に痩せたがる。NHKの海外ドラマ『アリー・my・ラブ』のアリーは、アメリカ人も日本の男性も声を揃えて「痩せすぎ」と嘆くが、日本の女性は「できればあのくらい痩せたい」とか本気で思っていたりする。病的なほど痩せたい根本のところは何なのだろう?

 スラッシュ君の職場では徹夜が続くと若い女の子がよく体を壊す。健康を害しても痩せたい人はしばしば拒食症に陥るが、不思議なことに拒食症は日本やアメリカなど、資本主義先進国に多く見られる。そして、どちらの国でもやおいやスラッシュが盛んに愛好されている。その両者には関連があると論じる識者も実は多いのだ。

 拒食症の患者は総じて自尊心(self-esteem)が低く、他人から期待されたい欲求を痩せることで実現させようとする。とどのつまりは、それ以外の手段では容易に期待を集められないせい、とも言える。先進諸国においては、女性は十分な教育が与えられるようになったが、それを発揮する機会がそれに応じて増えたとはいえない。実力に見合った期待はかけられず、なりたい自分と、伝統的な価値観の良い子、良い妻、良い母親とのギャップが広がり、伝統的な役割を演じきれない自分を責め、たまったフラストレーションが様々な障害を引き起こす。勢い、生きることを拒否し、現世に対する執着心も薄れ、来世やファンタジーに逃避する傾向が高まる。結果、サバイバルするために必要な「力強さ」「エネルギー」に対する憧れも希薄なのだ。

 ひげ熊フェチの人がひたすら「力強いもの、生命力に満ちたもの」を求めるのに対して、やおい女が「今にも死にそうな美少年」に惹かれるのもそのせいかもしれないという。

 スラッシュ君はとある日本人ゲイサイトで、「ゲイが職場で差別されるといっても、女性差別よりはマシだ」というようなことが書かれているのを見たことがある。アメリカほどゲイ差別が激しくない日本では、女性のほうが生きるのが難しいのかもしれない。


<増えつつあるWWF女性ファン>

 ところが、芳しくないとはいえ女性が社会に進出するようになり、経済力をつけるに従って、元来男の嗜みと思われていたものが女性にも嗜好されるようになってきた。バブル期に競馬好き、相撲好きなオヤジギャルが台頭したが、格闘技好きな女性ファンもこのところ目立って増えてきている。そんな女性たちに人気なのがWWFだ(動物愛護団体ではありません)。「ワールド・レスリング・フェデレーション」の略で、アメリカのプロレス団体のことである。WWFスラッシュも多く書かれていて、番組を見たことが無いスラッシュ君は、「なんでプロレス番組にスラッシュが書けるのよ?」と詳しい知人に聞いてみたところ、WWFはスポーツ番組のくせにドラマ仕立てなんだそうだ。レスラーとは言わず「スーパースター」と自称する(笑)彼らは、人間関係のもつれの決着を「リング」でつける。愛憎劇があればスラッシュも生まれるというわけだ。
 
 そしてやおい漫画家の中にもWWF愛好者は少なくない。特に洋物ビデオが好きなマニアさんに人気が高く、その手の人たちは「はかない美少年」なんかよりも「マッチョな漢」がお好きなのだ。早速WWFの広告を見てみたが、兄弟でレスラーなんていう写真を見ただけで吸い込まれそうになった。いや〜世の中まだまだ捨てたものじゃないよな。

 
<マッチョの2系統、ヒロイック・ファンタジー顔と弁慶顔>

 ところが、ひげ熊君というのは、WWF選手とも違う! とスラッシュ君が言い張るので、アメリカ人は頭を抱えてしまった。

 アメリカ人「シュワルツネッガーみたいなマッチョな男をデブとは言わないでしょ? なのにどうしてひげ熊はデブなのよ? あれは贅肉太りじゃなくて、筋肉太りなのよ」
 スラッシュ君「ワシもシュワルツネッガーだったら大丈夫なんだよ。でもひげ熊はダメなんだよ〜(泣)」

 で二人で延々と話し合った結果、アメリカ人はこう結論した。

 アメリカ人「つまり、スラッシュ君の言う、ひげ熊タイプって、日本の時代ものに出てくる『武蔵坊弁慶』みたいなタイプなんじゃない?」と。

 おおおお、なんて鋭い指摘なんだ。そうだ。その通りだ。なかなか主役にはなりにくいので典型例が見つけにくいが、しいて言えば、水島新司の『ドカベン』がこれに当たるだろう。

 対して、原哲夫の『北斗の拳』や三浦建太郎の『ベルセルク』や荒木飛呂彦の『ジョジョの不思議な冒険』などに出てくるマッチョガイは、SF冒険活劇などの西洋風ヒロイック・ファンタジー系マッチョなのではないかとアメリカ人は分析した。確かに、鼻は高いし、あごも比較的尖っているので、顔がバタ臭い。そうかスラッシュ君が好きなマッチョって外人顔だったんだ〜。そうすると、宮下あきらの『魁! 男塾』もひげ熊君に比べればずっと外人に近かったんだな。うおおお。そうか、そうなのか!

 結局、「マッチョ体型」+「伝統的な日本人顔(鼻が座っていて、あごがガッシリして、目とかもクリッとしてちょっととぼけている)」が組み合わさると、受け入れ難くなるだけなのではないのか? という結論に達した。  


<歴史と国民性の壁は根強い>
 
 あくまでイメージの話なのだが、太ってて、顔が古風だと、不思議なことに、

●太っている=>力が強い=>弱者差別とかしそう
●考え方がアナクロ(右翼っぽい)=>人の話とか聞いてくれなさそう

 といったイメージの相乗効果が起こり、無意識に拒否反応が生じてしまうらしい。その点アメリカ人は、古い日本人顔にネガティブな感情が無いので、ひげ熊男もセクシーにみえるというわけだ。

アメリカ人「日本の少年マンガとか読んでて、どうしてこの人が自分をブ男だって卑下するのか、わかんない時がよくあったもん」

 きっと、彼女たちには、マンモス西や左門豊作やハリスの旋風の番長やどらえもんのジャイアンやカーボーイ・ビバップのジャック・ブラックやターン・エー・ガンダムのコリン・ナンダーも、いい男に見えるのだろう(あまりに古臭くて今じゃ主要キャラになりにくかったりするのだが)。

 逆にやおい好きなアメリカ人女性はいわゆるマルボロガイと呼ばれるジョン・ウエイン・タイプが大嫌いだったりする。事実、『Aチーム』のコングこと、B.A.バラガスを最後にステレオ・タイプのマッチョガイはドラマの主要キャラから消えてしまったし、コメディーショーの『マッドTV』ではスティーブン・セガールがいつも揶揄されているくらいだ。お互い、歴史的刷り込みには根深いものがあるのであろう。そのくせ、アジア映画の人気男優のことを「今の男には失われてしまった古風な男らしさがあっていいよね〜」なんて言い合っているのだから世話ないが。


<熊は飼いならせるが、いい男は「まんじゅう怖い」>


 というわけで、スラッシュ君は、キャラが「マッチョ+顔が古風」じゃなければ、何でもいいのだ、ということが分かった。なあんだ、単純なことじゃないか。そういうキャラなら、どんなに消費的・暴力的な話だろうがノープログレム。男性向けポルノだって楽しめちゃうよ。ポルノ男優の加藤鷹さんなんて、ハンサムかつスレンダーなので女性ファンも多いしな。

 日本的な顔だってスレンダーなら、それは「いい男」。古くは上村一夫の『同棲時代』の次郎、石井隆の作品の村木、能條純一の『哭きの竜』の竜などの系列の寡黙で憂いのある柴犬クン(ふんどしが似合うタイプだな)になら殴られてもいいと思う。『スラムダンク』の安西先生だって、相手が三井君か流川なら許すッ。女性はよく「優しい男が好き」とか言うけれど、好みのタイプなら鬼畜男だって好きなのだ(実生活ではいろいろと支障はあろうが)。

 前節でさんざん、美少年ものがいいなんていうのは、女性として情けないだの、ファンとしてウスいだの、言ってたくせになあ。穴があったら入りたい気分だ。とはいえ現代のような文明社会じゃ、熊は飼いならせるけど、いい男は永遠に手強い存在だものなああ、と例によって言い訳がましいスラッシュ君なのであった。

(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 020108]

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