| 第21回 |
| <アメリカ人は泣き虫嫌い> 「踊る大捜査線」の大ファン(特に室井刑事好き)と自称するアメリカ人から、いきなりこんな質問が来た。 「スラッシュ君のスラッシュ対訳サイト『Slash Without Tears』(涙無しのスラッシュ)って、どういう意味なんですか?」と。 おいおい、アメリカ人が日本人に英語の意味聞いてどうするよ〜。とスラッシュ君は思った。だが、彼女曰く、『Slash Without Tears』は次の2通りに解釈でき、スラッシュ君がどちらの意味で使っているのか? 聞きたいというのである。 A)「(やおいに比べて)泣き虫な受けがいないスラッシュ」 B)「苦労せず(泣かずに)に読めるスラッシュ」 もちろんBのほうの意味で命名したのだが(正式には家人が命名者。腐女子の家族はこんなことも手伝わされて大変なのである……)、とかくアメリカ人やおいファンにとって、日本のやおいによく登場する「泣いてばかりいる受けキャラ」は評判が良くないのだ。 スラッシュ君などは、「泣き顔がサマになっていれば別に問題ナッシングなんじゃないの〜」と言った感じなのだが、アメリカ人に言わせると、やおい漫画の大半の受けが「情けな過ぎ」なんだそうである。 そうなのだろうか? そもそも、受け君はどんな場面で泣いているのだろう。典型的な初体験ものを例にあげて考察してみよう。 ○好きな子ほど、苛めたくなる的な攻めキャラにイジワルされて泣く ○実は好きだったと言われて、迫られて、嫌で泣く ●泣くほど嫌われていると分かった攻め男君が憔悴し始め、心配して泣く ●報われないならと、突然失踪した攻め君に、呆然とし、淋しくて、冷たくして悪かったと泣く ○攻め君への愛を自覚し、いまさらどうしたらいいかと困って泣く ○自分に気があることを察知し、辛抱たまらなくなった攻め男君に押し倒されて、剥かれて、怖くて泣く ○……事に及んで、痛くて泣く ○攻め男君に謝られ、「謝らないで」と泣く ○理由を聞かれて、「自分も好きだったから……」と言って、感極まって泣く ○攻め男君に感動されて泣く ○得意になった攻め男君にますます責められ、泣いて悦ぶ ○行き過ぎたかな? とハッとした攻め男君に「やめないで」と泣いてねだる ○攻め男君が怯むほど、何度も激しく求めてしまい、自分の恋人は何て淫らなんだ! と、再度攻め男君に惚れ直されてしまい、恥ずかしいものの、嬉しくて泣く ○翌朝痛くて、怒りながら泣く…… (●部は特に効果的な泣きポイント) と、まあ、確かにやおいものには、至るところに「泣きポイント」が溢れている。 日本のやおい読者にとっては「ここで泣くのはごく自然な行為」として多用される「泣き」が、アメリカ人にとっては、「始終メソメソ泣いてばかりいる、弱っちい受けなんて、ちっともクールじゃない」といった風に映る。一方的な負け試合を見させられているようで、痛々しいと。 <男が泣くのが女々しいというのは日本もアメリカも同じ> 確かにスラッシュ小説では「泣いてばかりいる受けキャラ」は存在しない(そもそも一方的な受けキャラが少ないのだが)。これについてアメリカ人の一人はこう分析した。 A)アメリカでは「泣く」という行為は弱さの象徴であり、男性が泣くのは、女性っぽいと忌み嫌われる。 B)やおい漫画の受けキャラは日本の少女マンガの主人公に近いが、スラッシュのキャラは実際のドラマの主人公を投影している。いくら「プラクティス」のボビー・ドネルが始終目をウルウルさせて、女ばかりか男までも巧みに操り、「Xファイル」のモルダーがナイーブな振りで、上司のスキナーに甘えようと、同性に苛められて泣いたりはしない。 C)漫画は視覚に訴える芸術なので、「涙」という描写が小説よりも安易に用いられる。 だが、日本でも男が泣くのは女々しい恥ずかしい行為だと思われているし(A)、やおい同人誌の原作少年漫画のキャラも同性にイジワルされて泣いたりはしないし(B)、やおい小説でも受け君はよく泣く(C)ことを考えると、上記の理由では、アメリカ人が泣いてばかりいる受け君に同情できないことは十分説明できない。 では一体、日本人女性とアメリカ人女性の「男泣き」に対する感覚の差はどこから来るのであろうか? いくらやおいものがファンタジーの世界と言えど、ある程度現実社会の行動様式を反映しているわけであるから、現実の日本人男性が人前で全く泣かないはずはない。日本人男性はどんなシーンで泣くものなんだろうか? 例1) ●オリンピックの表彰台や甲子園の優勝決定の瞬間 日常であまりお目にかかれない涙だけに、かなりオイシイ。老若男女から支持されるタイプの「男の涙」である。これについてはアメリカ人も嫌な感じはしないだろう。だが、 例2) ●試合で負けた時の涙 これはとっても嫌われる。ところが、日本ではそうでもないらしい。昔、「巨人の星」という野球マンガの主題歌で、「涙を拭くな」という歌詞があった。少々不思議な歌詞だが、どうも、「泣くことを隠すのは美しくない」という作者独特の美意識が反映しているようである。泣くほど悔しいなら行動しろ、とアメリカ人は言うのだろうが、日本人は試練を受け入れること自体に意義を見出す国民なのだ。 例3) ●赤ちょうちんや電車の中で同僚に泣きながら同僚に愚痴をこぼす会社員 (別に状況が良くなるわけではないが、スッキリした気分で翌朝出社できる) 泣き上戸についてはアメリカ人も分からなくもないという。ストレス発散の手段として。しかしながら辛くて泣くくらいなら、直接上司に抗議したらいいじゃないか、というのがアメリカ人の本音で、ろくに文句も言えず、黙ったまま過労死してしまう日本人は、やっぱり理解しがたいんだそうだ。 例4) ●不景気でベアがゼロどころかマイナスに転じ、組合員の前で泣きながら頭を下げる経営者(実話) (結果、思わず胸を熱くした従業員は共に耐え忍ぼうと思う) ●合宿時、やる気の無い部員の前で、「お前なんか実家に帰れ」と泣いて怒るコーチ (結果、やればできる部員はコーチを喜ばそうと練習に励む) 立場の上の者が泣く。はっきり言って異常事態である。だからこそ、この手の涙は、「そんな異常な状況に至らしめた周囲に、状況の収拾を訴える」最終手段なのである。泣いた方はその場では恥をかくけれど、相手を侮辱したり、傷つけたりはしない。無言のうちに相手の同情・協力を引き出すことができる。実に奥ゆかしい・麗しい処世術だ。 が、こうした麗しい「プロジェックトX」的な涙を、アメリカ人は、「ワニ泣き」(crocodile tears=同情を引くための偽りの涙)と一蹴する。 <泣かせるほうが悪いと以心伝心で察知する日本人> どうもアメリカ人は、十分な反論・議論・説明をすることなしに「泣く」のは幼稚な女々しい行為に映るらしい。黙って泣くのは負けを認めたのと一緒だと。 ところが、日本の場合、言葉にしたらかえって角が立ってしまうシチュエーションが多々あり、恥を偲んで黙って泣いたほうが(多くの場合、周囲は理由を察することができるし、説明するのも馬鹿らしい理由だったりする)、状況が丸く収まることがある。 要するに、日本の社会には、(状況によっては) 「泣かせるほうが悪い」 という暗黙の了解が存在し、それゆえ、やおいの受け君が泣いている場合は、 「泣かせた攻め君が大人気ないんですよ〜、泣いて抗議した受け君のほうが状況を打開しようと自分を犠牲にする勇気がありますよ〜」 という作者の意図をそれこそ、「以心伝心」で読み取るのだ。 人種や宗教の違いが激しいアメリカでは「以心伝心」は通用しないので、「泣く、即、敗北」ということになり、視覚的イメージに頼りがちなマンガでは、男が泣いている絵は、特に弱いほうの男が泣く光景は、印象が非常に悪くなってしまうのだ。 なので、アメリカ人女性にとことん問い詰めてみると、 「実はスラッシュ小説の主人公が泣くのは好き」 と白状する。 日本の某元外務大臣のような行為を「仕事の場でキャリア女性が泣くなんて、アメリカでは有り得ません(さらに『涙は女性の最強の武器』なんて差別的な発言も絶対許されません!)」などと言ってるアメリカ人女性だって、本心は、 「言わなくても分かってほしい」 んである。 自分に惚れているのをいいことに、攻め男君を振り回し、何かというと伝家の宝刀の「涙」を見せて、言うことを聞かせる。こんなビッチな受け君の一体どこがひ弱なのか? スラッシュ君は言いたいよ。 身勝手な女性の欲望には、洋の東西の違いなど無いのである。 (次号へ続く) [文:スラッシュ君 020206] |
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