第22回

<ナシゴレンやおい事情>

 前回、ヤオイ漫画の英文レビューを書いているせいか、見知らぬ外国人からメールが来ることがあると書いたが、その中に1通、ローマ字で書かれたカタコトの日本語メールが混じっていた。一生懸命に書かれた母国語のメールを見ると思いがけなく嬉しいものである。これもヒゲ熊じゃなかった、金熊賞を受賞するまでハッテンしたジャパニメーションのおかげかもしれぬ。

 が、今回のローマ字メールは、文体が男性口調なのだ。「あのさ」とか「〜だろ?」とか。すわ、本物さんか? と、スラッシュ君はにわかに浮き足立ったが、いかんせんカタコトの日本語だから、まるで変質者さんから送られてくるHメールみたいで、こういうメールに返事していいもん? と結構悩んでしまった。

 とりあえず、「あさぎり夕さんのやおい漫画のISBNを教えてくれ」という用件にのみ、返事してみると、すぐさままっとうな答えが返ってきたので安心した。そして、この人は男性ではなく、今年の1月末の大洪水で大変な目にあったインドネシアはジャカルタ在住の女性だったことも分かった。本人はかなりボーイッシュな女性だそうなので、男っぽい口調が好きなんだそうである。日本人でもボクと自称する女子中学生(腐女子の多くはワシとか言ってるが)がいたりするが、それと同じワケだ。

 で、なぜあさぎり夕さんか? というと、インドネシアには日本の漫画が数多く出版されていて、あさぎり夕さんの少女マンガも翻訳出版されているのだが、やおい漫画だけは翻訳されていないからなのだ。最近やっとテレビでのキスシーンが解禁になったという、お堅いイスラム教徒が国民の9割を占めるインドネシアでは、セックスシーンのあるドラマや成人向け漫画は禁止、ましてや、やおい漫画など出版されるはずがないのである。

 あさぎり夕さんはキャリアの長い漫画家さんで、昔は少女マンガばかり書いておられたのであるが、昨今のやおいブームのおかげで、やっと自分の書きたかったものが書けるようになったと喜んでおられた。なので、インドネシアでは未だにあさぎりさんを「少女漫画家」だと思っている人が多いわけなのだ。

 メールをくれた女性は日本語を勉強しているので、直接現地の日系書店で日本の漫画を購読していたために、あさぎり夕さんがやおい漫画を書いていることを最近になって知ったというのである。しかし……。

 「ジャカルタのK書店は最近ビブロスの漫画を販売しなくなったんです」

 というではないか。そのため彼女はビブロスの超人気漫画『LOVE MODE』の熱狂的なファンだというのに、鹿島晴臣が本当は天雪という名前であり、双子の弟・天雷がいたなんてことも知らなかったのだ。6巻までしか読めなかったからだ(最近刊は9巻)……。なんてカワイソウなんでせう!! 児童ポルノ規制条例のように、法的に販売が禁止されたのかどうか聞いてみところ、

 「いいえ。特に法律は無く、自主規制だと思います。同じ日系のM書店では売ってますし、K書店もビブロス以外のやおい漫画は売ってますから」

 という。う〜ん、なんだかなあ。

 「でもM書店は高くて、とても買えません」

 アマゾン・コムの進出で国内では経営が苦しいと言われているが、アジアでは相変わらず高値商売を続けているらしい。まあ儲かる時に儲けるというは世の常ではあるからな。


<散々ヒドイことをやってきたのに、好きになってくれてアリガトウ>

 ところでスラッシュ君はインドネシア語の知識がチョビットだけある。OLだった姉が勤務していたのが、某有名商社系のインドネシア海底油田会社だったため、全社員に「インドネシア語会話」なる、社内製のテキストが配布されていたからである。

 当時小学生だったスラッシュ君にとって、その会話本はトンデモ本であった。

 なぜなら、商社マンが現地の女性を買うことを前提としたやりとりが例文として使われていたからだ。そこかしこに下ネタおやじギャグが溢れ(例えば日本人の苗字で野々村はインドネシア語では「cheap cunt」の意味だとか書いてあって、おかげで「悪魔のようなあいつ」で藤竜也が演じる野々村修二という名前には複雑な思いがあった……)で、実にプラクティカルなテキストだったのである。要するに日本人が当時アジアでいかにヒドいことをしていたかが、もろバレなのだ。

 多分あの会社では無かったことにしたい恥ずかしい過去であろうが(まだ現物はスラッシュ君家にあります)、当時は玉本ハーレム事件(注:1973年、タイのチェンマイで13歳から20歳前後までのタイ人女性と「ハーレム生活」をおくり「公序良俗を害する」として玉本敏雄氏が国外追放処分となった事件のこと。今でもカンボジアで約60人の女性を「内縁の妻」とする生活を送っているそうだが……)が起こった当時の日本では特に問題にもならなかったのである。その後も「フィリピン孤児」なる言葉が流行ったように、敗戦後の日本人はアジアでかなり悪行を重ねていたのであるが、今だって住宅供給公社員が14億円も横領し、チリ人妻に貢いでいたことが発覚し、「サムライがチリの芸者に金色の仏塔を造る」などと地元紙に報じられるくらいだから、たいして進歩しているとは言えないのだが……。

 そんな過去を知らぬのか、いまやインドネシアには、日本のアニメやゲームはもちろん、J−POPやトレンディードラマまでが溢れ、トップ10には常に日本の作品がランキングしているというのである。若い子のはカッコイイ国だと思われているらしい。

 「もっと日本語を勉強して、お金がたまったら、いつか日本に行ってみたいです。日本の男の人と結婚してみたいな」

 などと言う。私たちがパリやニューヨークに憧れるように……。しかし今の日本に来たらガッカリするんじゃないかとスラッシュ君はとても心配だ。


<3ヶ国語は当たり前のインドネシア>

 彼女の日本語はカタコトといえどメールのやりとりには支障がない程度なので感心するのだが、インドネシアでは皆3、4ヶ国語できるのが当たり前なんだそうだ。お父さんは英語のほかにロシア語、お母さんも英語&中国語ができるという。向こうのテレビでアメリカのドラマが放映される時は、字幕も吹き替えも無いという。戦争から帰ってきたスラッシュ君の父親も中国語ができるが、麻雀の時くらいにしか役立っていない。お国柄といえどかなりの差を感じる。そして小学生ですら進級試験に合格しないとインドネシアでは留年するそうだ。出席日数さえ足りていれば卒業できる日本とはエライ違いだ。

「日本人って勉強熱心ってイメージがあるのに。出席さえしていればいいなんて天国だね〜」

 と言うので、

「毎日出席するってことに意義がある国民性なんじゃないの? 可も無く不可も無く、周りの人と同じようにしましょう〜って。そういうのも辛いものがあるのよ」

 と答えたところ、

「なるほど、だから日本の漫画って学生がすぐ自殺するのね」

 だと。いきなり深い会話になってしまったが、その通りだ。なかなか鋭い女性である。ちなみにインドネシアでは学生の自殺は少ないという。悲しいことがあるとお寺に行ったり、ドラッグに浸ったり(この辺は日本人はよく分からないところだ)して気を紛らわせるからだ。

 そんな彼女に「日本人は皆、英語が不得意だ」と言ってもなかなか信じてもらえなかった。そしてテレビでHシーンは見られなくても、いまやインドネシアにはVCD(ビデオ・コンパクト・ディスク)という非常に安価な方式が普及していて(CDプレイヤーから簡単に改造できたためにアッという間に普及したのだそうだ)、いきなり本番シーンありのポルノVCDが見られるという。アニメもVCDなら新品が1枚200円で買えるそうなので、スラッシュ君よりよっぽどたくさんのアニメを見ていたりする。ご多分に漏れず彼女もまた日本の声優ファンで、インドネシア語吹き替え版は嫌い、特にアニソンが「ダンドゥットゥ(インドネシアの歌謡曲)」に取り替えられるのは我慢できないという。バリ島に行った際、ダンドゥットゥのカセットテープを買いあさったスラッシュ君は「是非、ダンドゥットゥのアニソンが聞きたいので送ってくれ」と交渉した。ちなみ
に彼女はバリ島に行ったことがないという。インドネシア人だからと言って、全員バリ島に行ったことがあるかというと、そうでもないんだそうだ。

 彼女がもし日本に来たら、日本人がいかにバカで、モラルも地に落ち、周囲にバレなければ何してもいいと思っているくせに、なまじっか性善説だから厳しいルールも決められず(ルールがないのは新規参入者を認めず、自由な競争をする必要がないからだが)、権威者に頼って、ほどほどの範囲の中でヌクヌクと生かしてくれるもらうのを好んでいるから、なんてことを知ったら、どんなにガッカリすることだろう。

 憧れの地は遠くにありて思うもの。

 インドネシア人腐女子にも「夢はやおい漫画の中だけにしておけ」と、スラッシュ君は強く言いたいと思うのだった。

(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 020225]

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