第23回

<同性愛先進国はやおい後進国?(その1)−「ベルばら」で「フランス革命」を学ぶフランス人> 

 英文学を専攻するフランスの大学生からメールが来た。

 不肖スラッシュ君が書く「やおい漫画英文レビュー」が、ネット書店でやおい漫画を買う際に大いに役立っていると言うんである。彼女は田舎に住んでいるので、パリッ子のように書店で漫画を手に取って選べるわけではないからだ。うれしいじゃないか。

 スラッシュ君も新しく発行されるやおい漫画の単行本は、とりあえず全部読むことにしているのだが、予算と時間の関係から、やおい小説のほうはネット上のレビューを参考にして、評判のいいものだけを購入するようにしている。少し読んでつまらなかったら、さっさと古本屋に売ればよいのだが、最後まで読み切っていない本を売るというのは、なかなか勇気がいる。かといって「いつか読むから……」と積読をするほど、もう若くも無いし、置く場所もお金も勿体無い(日本の主婦はそんなもんだ)。お金は有効に使いたい、好みの作品を効率良く買いたい……。海外から高い日本の漫画を購入するなら、なおさらであろう。


<フランスでも翻訳されたやおい漫画はまだ2作品>

 やおい漫画が1冊も翻訳出版されていないアメリカに比べればまだマシだが、フランスもお寒い状況であることには変わりない。今回改めて尋ねてみたが、他のヨーロッパ諸国と同じく、尾崎南の『絶愛』と羅川真里茂の『NYNY』の2作品のみという状態は相変わらずだという。これは一体、どういうことなのだろう。愛の超大国、フランスにあるまじき状況ではないか!

 まあ、自分が世界文化の中心という中華思想的自負ではひけを取らないフランス人にとっては、他国の漫画にうつつを抜かすのを良しとしないところがあるのかもしれぬ。では、スラッシュはどうなのだろう? フランスには名作映画がいっぱいある。きっと、素晴らしいスラッシュ小説が巷に溢れているに違いない! スラッシュ君は思いっきり皮算用した。

 今まではフランス語という壁のために、フランスにおけるスラッシュ作家の状況については、ほとんど情報を把握していなかった。スラッシュ君にとってフランスは、まさに

 暗黒大陸

だったのだ。これは絶好のチャ〜ンスとばかりに、思いっきり質問し倒すことにした。ま、単なる知りたがりのオバサンのノリなんだが、名作があるならすっかり忘れきったフランス語をもう一度勉強し直してもいい、くらいの覚悟はあった。


<フランス映画はあくまで理想の世界だった!>

スラッシュ君(以下「ス」)「『絶愛』も『NYNY』も日本ではそれほど新しくない作品なんだけど、どうして他の作品は翻訳されないのかしら?」
フランス人(以下「フ」)「まず第一に商業的な理由があげられます。ファンが少ないので単価も高いんです。『絶愛』といえども、たった300部しか売れてないんですよ」

 むむむ。これでは日本語版バンド・デシネ(フランスの漫画で主に男性向け。メビウスやエンキ・ビラルには日本でもファンが多い)よりも売れていないではないか! もっともそのバンド・デシネも本家フランスでは、日本の人気少年漫画のフランス語版よりは売れていないという。値段が高い(アメコミのようにカラーページが多い)のと、読者対象が大人である(大人は漫画を読まない)から、らしい。

フ「なのでファンは日本語版のほうを買ってしまうんですよ。そしてもう一つの理由は、やおいは、特に最近のBLものは、ポルノ的な要素や子どもに良くないショタ的な要素が強いため、好ましく思われていないからなんです」

 スラッシュ君は自分の耳を疑った。ショタはともかく、ポルノがダメ……? い、一体、そこは本当にフランスなんですかあ? ヘアヌード映画として世間を騒がせた『美しき諍い女』、修正は是か非かで散々もめたマルグリット・デュラスの『愛人(ラマン)』(内容はすっかり忘れても、こういうことはしっかり覚えている……)などの数々の奔放な愛(ドロドロな愛ともいう〜)の世界を描いた名画を世に送り出した国のことなんですか、もしもし? しかし、彼女は信じられないような事をのたまったのだ。

フ「あ、いえ、男性向けポルノはいいんですよ。でも女性やホモセクシュアルな男性の性欲って、フランスでも、アブノーマルって思われているんです」

 ナニぃぃ! 本当かぁあああ〜い!! スラッシュ君はビックリ仰天した。フランス映画の中では女性は皆、セクシーで情熱的で、「愛のためなら死んでもいい」とまで思っている、これまた情熱的な男性と、四六時中「愛のかけひき」にうつつをぬかしているではないか。

 が、フランス人に言わせると、それは、

「映画の中だけのお話(=虚構)」


 と言うんである。この「フランスの女性性欲観」についてはまた場を改めて追究したいと思っているが、どうやらスラッシュ君はフランスという国をだいぶ過大評価していたらしい。で、不安でいっぱいになる中、恐る恐る、こう質問した。

ス「そ、それじゃあ、スラッシュなんて書く人も少なかったりするのかなぁ?」
フ「はい(キッパリ)。フランスには『スタートレック』が無かったですし。最近になってようやく、インターネットを通じてアメリカのスラッシュを読んだフランス人が、アメリカのドラマを原作としたスラッシュをポツポツ書き始めたようですが、フランスのドラマや映画を原作に男性同士のロマンスを妄想するといった文化はまだフランスには無いんですよ」

 砂漠に取り残された『シェルタリング・スカイ』の主人公ような目眩をスラッシュ君は覚えた。フランスからは多くのことを学んできた。そして、これからも多くのことを学べると思ってきたのに……。

 確かに先日、一緒に東京の漫画同人誌屋めぐりをしてあげたアメリカ人(漫画好きがこうじて日本の英語学校に就職するアメリカ人女性がこのところ増えてきているんである。これもひとえに平成10年から失業対策の一環として導入された「教育訓練給付制度」のおかげなんだが……)もこんなことを言っていた。

「インターネット以前は、自分以外にホモの男性のことが好きな女性がいるなんて思いもよりませんでした。ところがインターネットを始めてビックリ。世の中には自分みたいなヤツがいっぱいいるし、日本には漫画もあるんだなって(笑)!!」

 アメリカはいろんなことにフェアな国かと思っていたのだが、やっぱり「女性が男性並に強い性欲を持つことを良しとしない」国なんだそうだ。知ってましたか? 奥さ〜ん


<今こそジャンヌ・ダルクが必要だ>

 それでも去年は初めてサンフランシスコで「ヤオイ・コン」も開かれ(コミケスタッフが取材に来たし、日本の女性漫画家さんが3人、ゲストとして呼ばれたりもして大変盛況だったらしい。上記のアメリカ人も早速参加したそうだから、かなりエポック・メーキングな出来事だったようだ。ちなみに今年も開かれる予定で、ゲストは新田祐克さん! だそうだ)、スラッシュ君もよく出入りしているMLもあるし、レビューを投稿している一大やおい漫画サイトもある。フランスだってそういう熱いムーブメントはあるんじゃないだろうか?

フ「フランス人は全員、個人主義者だから、アメリカのコンベンションや日本のイベントのように同好の氏が集まって何か一つのことをする習慣がないんですよ」

 なるほど。やたらと群れたがる日本人の習性もこういうときには良かったりするな。

フ「日本の女性向け漫画のMLも参加人数はせいぜい200人くらいだし、数えるほどのレビューサイトも3,4ヶ月に1度更新される程度なんです」

 そうか。かなり淋しい状態なんだな。でも、今日のようなインターネット時代では変化もまた早い。たった一人の救世主が現れるだけでガラッと変わる可能性もある。

ス「なるほど。雑誌『JUNE』創刊(当時は『JUN』)を支えた中島梓氏のような、『やおい界のジャンヌダルクみたいな文化人』がフランスではまだ現れていないんですね。ちなみにJUNEはフランス人のジャン・ジュネ(Jean Genet)から来ているのよ」
フ「ええええええ、知らなかったわあああ(叫)」

 そうか。やっぱ知らなかったか。綴りが大幅に違うしなあ。で、スラッシュ君は日本のやおい漫画家がいかにフランス映画にインスパイアされたか、懇切丁寧に解説してあげた(第19回参照)。

フ「少女マンガの舞台によくヨーロッパが使われるのは知っていましたが、フランス映画のテーマやストーリがそれほど影響しているとは意外でした。アメリカではあまりヨーロッパ映画は見られませんが、日本人は結構フランス映画を見てくれているんだと知ってとても嬉しいデス」

 浮世絵の昔から日本とフランスはいろいろと影響し合ってきたのだ。フランス人だって日本のやおい漫画から何かを得るかもしれぬ……。

ス「ジャンヌ・ダルクといえば、1971年の週刊マーガレット臨時増刊号に掲載された丘けい子先生の『炎の十字架』(すんごいカッコよかった〜!)をはじめとして、少女マンガによく描かれるキャラなんですよ。他によく描かれる歴史上の人物といったら、サン・ジュスト&ロベス・ピエール(セットで)かな。ベルばらの影響で」
フ「『ベルサイユのばら』! 私はこのアニメが大・大・大好きなんです」

 途端に怒濤のように自らのベルばら体験を語り出した。スラッシュ君は中学の同級生たちの顔を思い出したよ。当時はベルばらブーム真っ盛り。ベルばらを知らない者は人にあらず、くらいの勢いだったんだから。

 フェルゼン、アンドレよりフランツ・チャーミング王子(注:『リボンの騎士』に登場するいい男。男と偽って育てられたサファイア王子とは仲が悪く、サファイア王子が女装?した「亜麻色の髪の乙女」とはラブラブの関係にあるという心憎い設定。ううう、さすがは漫画の神様だ!)で育ったスラッシュ君は、いまさら「男装の麗人が自分の女性性に悩む話」にはまることには何となく憚られ、マーガレットは読んでいても、「おにいさまへ」「桜京」ほどは、好きではなかった。が、クラスメートとの良好な人間関係を保つためにも、「フランス革命」についてはひとしきり勉強をした(とはいっても、岩波新書の『フランス革命小史』を1冊読んだだけだが)。


<思えば「ベルばら」は女性漫画の「フランス革命」だったのだ>

 で、当時の女の子たちは「自由・平等・博愛」のスローガンにすっかり洗脳されてしまった。アメリカ独立運動を精神的に支え、合衆国憲法のもとになった革命思想は、めぐりめぐって日本国憲法となって今日に至るわけだから、なかなか深いものがあるのである。「男女同権」も元を正せば「フランス革命」のおかげだったのだ。

フ「私もこの時代がフランスの歴史の中で一番好きです。アニメを見た当時はまだ6,7歳だったので、歴史を勉強したことはありませんでした。私はベルばらで自分の国の革命のことを知ったんです」

 お〜、そうなのかあ。フランス人からそういう評価をされているとは知らなかった。そしてフランス人は自国への不満を熱く語り始めた。

フ「子どもも楽しめるような娯楽作品として、これほど見事にフランス史をドラマ化したものは後にも先にもありません。それから10年経って再び見直す機会があったのですが、当時子どもなりに複雑なキャラを理解していたつもりでも、その年齢になって初めて理解できることも多くて、その深い内容に改めて感銘しました。難しい内容であってもアニメなら老若男女が楽しめる。アニメの力は偉大だと思います。フランスのテレビ界に日本製アニメを締め出すの動きがあったことは非常に残念です。『女子どもには、いつまでもイノセントでいてほしい』というのは、大人や男性の傲慢以外の何ものでもありません」
 
 そ、そうなんですか(汗)……。でも、ハリウッド映画の日本描写が変なように、いかに池田理代子先生が東京教育大哲学科出身といえど、日本人漫画家の描くフランス史ってヘンじゃなかったのだろうか。

フ「全然変じゃありません。フランスではベルばらファンや歴史家(これをきっかけに歴史研究家になったそうだ!!)によるファン同人誌(有名なのは評論中心の『God and Sword』と漫画・小説中心の『Rose Antoinette』)もあるんですよ」

 フランス人が書くベルばら同人誌……。いやあ、夢にも思わなかったよ。漫画のほうもフランス語版が近く出版されるそうだ。

 ベルばらは「男として生きることを求められたヒロインが男性との許されない恋に悩む」、今日のやおいのルーツ的構造を有しているという点でも日本の漫画界において歴史的に重要な作品であるが、フランス人女性にも熱く支持されていたのである。

 近所の地域住民センターのお祭りなどで、未だにいい年をしたオバちゃんたちが

「寸劇 − ベルサイユのばら」

を演じていたりする場面に遭遇するたびにギョッとしていたのだが(写真撮影のフラッシュがスゴイので遠くからでも目立つ)、その影響力は本国、フランスでも大だったのである。やっぱり「ベルばら」って偉大な作品だったのだなあ。ジャック・ドミー監督には災難だったかもしれないけど……。

(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 020416]

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