第24回


<同性愛先進国はやおい後進国?(その2)− やっと分かった「エマニエル夫人の怒り」の謎> 


 待望のワールドカップが始まった。

 日本人なのだから日本チームを応援するのが当然だろう。が、スラッシュ君のように外国語を学びたがる女のDNAというものはとかく外国人選手に向きがちである。稲本のゴールで初勝利を挙げ、グループH通過も決まったというのに話題はどの国が勝つか? より、「アイマール」や「サンタクルス」をはじめとする外国人選手の誰が使えるか? であり、日夜ネット上の画像集めに忙しかったりする。

 そのせいか「日本の観光地の景観は統一感に欠けて汚い」だの(単に看板の文字が日本語だからダサイとかそんな理由なのだが)、「ところ構わずタバコ吸いまくるヤンキー一家がいるTDLはガラが悪い」などと、自分の国の悪口を言い出すとスラッシュ君は止まらなくなる。そしてスラッシュ好きな日本人腐女子の方々は総じてその種の傾向が強いようなんである(注1)。

 一番身近な同性である(というか自分)女性のイヤな面から逃避したいから、男同士の世界を描いたり読んだりする。それと同じで、一番身近な国である日本の欠点が目につくから、むやみに外国にあこがれてしまうのだろう。

 やおい好きな外国人もまたしかり(第16回参照)。なので各国腐女子がネット上に集うと、お国自慢よろしく、「非国民対抗! 自国大こき下ろし大会」の様相を呈してしまうのだ。

 そしてそれは、中華思想大国フランスの腐女子とて例外ではなかった。前回から文通を始めたフランス人学生は、フランス人のくせにチーズやワインがあまり好きではなく(注2)、『エマニエル夫人』は見たことがないのに、『HUSH(ハッシュ)!』 などで有名なゲイ映画監督の橋口亮輔作品は大好きだという。

 あこがれのフランスについて人から悪口を言われるのは面白くないのだが、フランス人には真似できない、日本人の美徳であるところの「大人しく人の話を聞く」(注3)とはどういうことなのか見本を示してやるためにも、スラッシュ君は一通りフランス人のグチを聞いてやることにした。


<大人は判ってくれない、たった9人が番組を規制するフランス>
 
 フランス人のグチはまず「アニメ番組」へと向けられた。

フランス人(以下フ)「今、フランスのテレビではあまり日本のアニメを見ることができません。それでも70〜80年代は今よりもっと多くの日本製アニメを見ることができたのです」

 70〜80年代フランスのテレビ界は、テレビ局の民営化に伴うコンテンツの急激な不足を解消するため、安価な日本製アニメを次々と放送した。『北斗の拳』や『ドラゴンボールZ』『セーラームーン』などが多くのフランスの子どもたちを魅了したという。1969年の『紅三四郎』だろうと、フランスに一大女子バレーボールブームを巻き起こしたという1984年の『アタッカーYOU!』だろうと区別無くスラッシュ君に語るところから見て、ちょうど今のスカパーのアニメチャンネルを見ている子どもみたいな感覚だったのだろう(注4)。

 ところが「フランス視聴覚最高評議会」(CSA=Conseil superieur de l'audiovisuel)という団体が日本製アニメーションを規制し、世論の圧力や衛星放送のスタートなども重なって、最も人気のあったアニメ番組『クラブ・ドロテ』もついに1995年に終了してしまった。

フ「CSAのメンバーはたった9人なんですよ(スタッフは40人)。そんな僅かな人たちだけでフランスの全テレビ番組を審査するなんて全くナンセンスですよ」

 その辺の詳しい事情は『Le OTAKU―フランスおたく事情』(清谷信一著・KKベストセラーズ刊)を読んでいただくとして、日本のアニメは低俗で子どもが見るには暴力的すぎるというのが規制の理由だ。しかしスラッシュ君の家では夕食時、一家で同じアニメを見てるし、それで格別困ることも無い。

フ「そうですよ! 低俗だと決め付けていますが、彼らにはアニメの効用が分かっていません。かなり難解で高度な思想もアニメにすれば直感的に理解できるし、一部しか分からなくても、いつか大人になって、あの時のあのシーンはこういう意味だったのかと気がつくものなのです」

 たとえスラッシュ君の子どもが『銀河英雄伝説』(注5)の屋良有作によるナイヤガラの滝のようなナレーションのほとんどを理解できないとしても、『炎の蜃気楼(ミラージュ)』(注6)第10回の延々続く直江の自虐的な独白についていけず、思わずコロコロを読み耽ってしまったとしても、『アレキサンダー戦記』(注7)の珍妙な衣装や、『ラーゼフォン』(注8)の次回予告の最後に「屁は音を出して」と唱和するのだけが唯一の楽しみだとしてもだ……。

 というわけで今のフランスのテレビ局は、プライムタイムには無難なファミリー向けの番組(要するにセックス・暴力抜きの)を流し、日本製アニメはポケモン、デジモンなど、手っ取り早く視聴率が稼げて、ゲームや関連グッズの売れ行きも見込める一部の番組に偏った放映にとどめているという。おかげでフランスで一番日本製アニメに親しんでいる世代は30歳前後という奇妙な現象が起き、「Gloubiboulga Night」などの懐かしイベントか企画されていたりする。

フ「大人たちは『子どもは、子どもらしく、無垢で、かわいいままでいてほしい』という自分たちの勝手な価値観を押し付けています。そういった過保護な考え方は、子どもたちの『成熟したいという自然な欲求』を抑圧し、成長を妨げます」

 巨匠ルイ・マル監督の名作『好奇心』(注9)を生んだフランスだ。英米に比べてもっと子どもを大人扱いしているのかと思っていたのだが……。

フ「フランスの知識人たちは、子どもたちを、壊れやすく、知性に乏しい存在だと決め付けていますが、それは間違いです。子どもたちは確かに肉体的に弱いかもしれませんが、精神的には非常にタフです。柔軟な頭脳を持ち、何が良いことか何が悪いことかもよく知っていますよ。また彼らは子どもには性欲がないと思っているようですが、子どもたちは性的な好奇心でいっぱいです。そもそもセックスは人間の本質であり、生活の一部です。なのに性を嫌悪してどうするのでしょう?」

 暴力や戦争についても同じだ。人間の本性について親子で議論できるような、いろいろな見かた・考え方ができる番組をもっと子どもにも見せるべきだというのである。

フ「無難な作品ばかり子どもに見せていたら、将来ステレオタイプな物の見方しかできなくなってしまいますよ」

 それでも『トイ・ストーリー』や宮崎アニメ(『千と千尋の神隠し』のプレミアをかねて回顧展が大々的に開かれたそうだ)など、大人の鑑賞にも堪えるアニメ映画の公開でフランス世論も多少変わってきたという。今や商業的成功という点でハリウッドに大きく水をあけられたフランス映画界だが、宮崎駿監督の成功からもっと学んでほしいとフランス人は訴える。

 が、それならばいっそ、『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(注10)を公開したらどうだろうか。しんちゃんの「おらあ、大人になりたい。大人になってキレイなおネエちゃんとHしたい!」というセリフのほうが、よっぽど効果的な『ショック療法』(注11)になるのではないかとスラッシュ君は思うのだが……。


<長すぎるバカンスのしわ寄せが学校からアート教育を奪った>

 フランス人は次に学校教育をグチった。

 セツ・モードセミナー(注12)出身のスラッシュ君が、多くの芸術家を輩出したアート大国フランスにおいて、学生があまり同人誌漫画を出さないのはどうしてなのか? と尋ねたからだ。

フ「芸術より、科学や経済をありがたがるフランスでは、芸術教育はニの次です。美術や音楽など芸術の授業は小学校では週にたった1時間ですし、高校では必修ですらありません。イギリスのほうがよっぽど芸術教育には熱心です」

 そ、そうだったのか。フランス人なら全員、コクトーみたいな絵をスラスラ描けるんじゃないかと思っていたのだが……。

フ「フランスの学校は子どもを将来有望な職業に就かせることを目的としています。よっぽど才能がない限り芸術家は儲かりません。そのため医者、教授、ビジネスマンになるのに役立つもの以外は単なる趣味、時間の無駄だ、というのです」

 ムゥ〜、毎年あれだけ長いバカンス(初等・中等学校では日曜のほかに毎週水曜日が休みで、ところによってはさらに土曜も休み。春・夏・秋・冬に休みがあり、夏は2か月も休む)を取るくせに、いまさら「時間の無駄」とか言われたくないものだが、両国の学校教育が目指すものには大きな隔たりがあるようである。

 行き過ぎた平等主義と過労死という言葉を生み出した日本において、学校とは、親が安心して働くために子どもを預ってくれる場所である。そこではいい成績をあげて人を出し抜くよりも、周りと協調し合いながら、無事卒業することが求められ、学校側もクラブ活動などの各種娯楽の提供に気を配る。とにかく集団生活に馴染み、適当に時間をつぶしててくれれば問題ないのだ。

フ「フランスでは、学校は社会的に成功するために必要な学問を学ぶ場所です。だから(友達に会える以外のことで)学校が楽しいなんていうフランス人はほとんどいません」

 ちなみにフランスの学校では6歳からみっちり宿題が出るという。だからなのかこのフランス人学生は日本の学園モノやおいが大好きだという。 

 そしてそんな日本人はアートでさえ平等に教えようとする。

 子どもが漫画を描く場合、日本人はまず模倣から入る。手本通りに書くのが学校の習字だし、音楽の授業で作曲は習わない。ある程度のレベルに達するためには模倣が一番の早道だからだ。ところがフランス人にはそれが我慢ならない。

フ「フランス人はアートは人に教えられないもの、天から授かった才能=ギフトだと思っています。なので模倣によって覚えるものではないというのです」

 模倣にはいい面と悪い面がある。行き過ぎた模倣は没個性に陥る恐れがあるが、誰が書いても同じような絵が描けるからこそ、アニメが量産できるのだ。懐疑的で反論好きなフランス人は常に他者との違いを見つけようとするが、人と同じが嫌だと言っていたらフランスでは一生アニメは量産できそうにない。

 さらに何より、最も感受性の高い学生の時期に創作活動にいそしむ機会が十分に与えられないというのは、実は大変問題なんである。
 
 思春期に見た映画や読んだ本がいつまでも忘れられないことからも分かるように、誰でも詩人になれる思春期は創作活動を志す者にとって、最もクリティカルな時期である。思春期は悩みが多い。それゆえに大量の本を読むし、創作を通して悩みを自分なりに消化しようとする。悩み自体が創作における強い動機付けになるのだ。
 
 フランスでも女の子の思春期問題は厳しいものがある。

フ「イイ男の獲得をめぐって女の子同士の争いが増える時期です。男性との関係でしか自分の価値が計れない、自己実現ができない女の子たちは、男性からどう見られているかいつも気にしますし、同性を嫉妬したり悪口を言うことも多いのです」

 学校の成績も悪く、外見もパッとしないフランスの女子生徒は一体どうしたらいいのだろう? おたくや腐女子になれる日本の学生のほうがずっと幸せではないか。

 そして、そうやって学生が創作活動に不熱心だと後々、大きなつけになって返って来ることも忘れてはならない。

 前回、フランスでは同人誌コンベンションがあまり行われていないと書いたが、実はインターネットの巨大な映画サイトであるIMDB(第7回参照)も日本のコミケ(注13)もどちらも学生から生まれた活動なのである。今ではどちらも社会に欠かせないインフラになっているが、フランスでは学生に余裕と協調心が無いため、新しい分野ではことごとく覇権を取れないでいる。

 日本でも最近は「ゆとり教育」とか言って、時短のためにクラブ活動や行事が減っている。今の小学生は月1時間しかクラブ活動の時間が無いと知ってスラッシュ君は激怒したよ。フランスの学校教育もって他山の石とすべきであろう。スラッシュ君には学力低下より国力低下のほうがよっぽど心配だ。日本人にゆとり(とりわけ教師には)なんかいらない。とにかく学校にはダラダラと子どもを預ってもらいたいものである。


<フランス映画じゃ分からない、フランス男の女性観>

 ここまでグチを聞いてきたがスラッシュ君には所詮、他人事だった。フランスで子どもがアニメが見られなかろうと、学校でアートを教えてくれなかろうと、一向に困らないからだ。だが、 

フ「フランスでは性的偏見があり、フランス人男性は、女性に性欲があることを認めようとしないのです」

 というグチだけは聞き捨てならなかった。

 スラッシュ君にとってフランスの男とは映画『隣の女』や『ベティー・ブルー』などに出てくる「激しい情熱的な女性との恋で身を滅ぼすことを厭わない」男だっただけにかなりショックであった。

 そして何より驚いたのは、フランス男は「彼氏がいっぱいいる女性」を最も嫌うという点だ。

フ「彼氏がいっぱいいることはすなわち、多くの男性とセックスするということを意味するのですが、フランスの男性はセックス好きの女性のことを娼婦と同じような目で見るのです」

 なるほど。日本でも浮気がばれた時に「この淫売め」な〜んて怒られたりするからそれと同じなんだろう。ところが、フランスではセックス相手がいっぱいいる普通の女性のほうがプロの女性よりも軽蔑されるのだという。どこでもプロはそれなりに尊敬されるのかなとスラッシュ君は思ったのだが、とんでもない。大ハズレだった。
 
フ「売春を商売にしている女性は貧しく、生活がかかっているのだから仕方がないと思われるんです。他の選択肢がないからと。しかし生活に困っていない女性が数多くの男性と付き合うのは、純粋に性欲からであって、それは恥ずべき欲望だということなのです」

 娼婦はお客(金を払う人)に対して常に従属的地位にある。だが素人女性はお金に困っているわけではないので、男性が容易にイニシアティブを取れない。なので女性の性欲を否定する。快楽だけのためにセックスする女性が怖いのだ。

 おおお〜。そうなのかあああ! その瞬間、スラッシュ君は高校時代に『エマニエル夫人』(注14)を『続エマニエル夫人』、『愛の妖精アニーベル』との3本立てで見て以来の長年の謎が氷解した。エマニエル夫人は娼婦を買った夫を卑怯者と罵るのだが、当時のスラッシュ君には「いろんな男をとっかえひっかえしているエマニエル夫人が、どうして夫が女を買ったくらいであんなにも怒るのだろう」ととても疑問だったのだ。

 エマニエル夫人は、同情すべき娼婦の前では優越感を感じるが、自由な女に選ばれるのは怖いと思っている臆病者の夫を通してフランス男性全体を怒っていたのだ。確かにエマニエル夫人は多情だ。だが少なくても自分の魅力だけで勝負している。夫が浮気をするのはいいが、自分なりの意志を持ち自尊心がある女性との勝負から逃げ、安易な娼婦に走ったことを怒っていたのだ。

フ「フランスではいつまでも独身でいる女性は異端扱いされます。男性は自分たちが必要とされなくなることをとても恐れていて、女性が一人でも幸せに暮らせることを認めたくないのです」

 そんなマッチョなフランス男に比べれば、アメリカ男やイギリス男のほうがよっぽどロマンチックだとフランス人はボヤく。

フ「海峡を挟んでイギリスの放送を受信できるので『ジェリー・スプリンガー・ショウ』を見るのですが、花束を抱えた男性が女性に情熱的な愛の宣誓をするのを見て、とても羨ましいと思います。イギリスにもよく行きますが、あちらでは男性が女性にとても敬意を払ってくれます。サッチャー政権のおかげでプロレタリアートの間で失業者が増え、家長の権威が失墜し、男らしいということに居心地の悪さ・不安を感じるようになったからでしょう」

 女性に優しいアメリカ男ばっかりじゃ決してないし、姑息で老獪なイギリス人の支配階級者が改革のためによそ者である女性を利用しただけだとスラッシュ君は思うのだが、自虐ネタが好きな腐女子には他国の粗は見えてこないものだ。

というわけで、あこがれのフランスは「映画の中だけの絵空事」であることが判ってスラッシュ君は打ちひしがれた。あたかも全青春を否定されたような気分だ。

 二言目には「ゴダールは……」とか言ってるヌーベルバーグな先輩にウンザリしながらも(注15)、マラルメ、ヴァレリー、ヴィアンとかを会話の端々に散りばめていれば、それなりに様になるというスノッブな世界は嫌いではなかった。そういうフランス的なペダンティックさに浸ることが「大人になる」ということだと信じてきたのに……。

 「夢はやおいマンガの中だけにしておけ」と人には散々言っておきながら、自分だけは夢から覚めたくないというのだから困ったものである。このままではマズイと思ったスラッシュ君は、己がフランス幻想を守るため、全力をかけてフランスを擁護すべく、手段など選んでいられないと思うのであった……。

(次号へ続く)


<読んでどうなるものでもないけどな注>

注1:聞いてみると母親もそうだという人が多い。ちなみに石井漠ファンで、フレッド・アステアやジョン・トラボルタにイカレていたスラッシュ君の母親はダンス甲子園を見るまで「日本人男性は先天的にダンス遺伝子が欠損している」と思っていた。(

注2:スラッシュ君の家ではワイン業界誌『ビノテーク』を定期購読し、チーズ専門店フェルミエの会員になっている。ちなみに両方とも代表は女性。(

注3:トルシエ監督は自分の番組『トルシエTV』で古巣レッド・スター時代の恩師であり現フランス代表チームの監督である、ロジェ・ルメールと対談したが、セリフとセリフの間の息継ぎ時に「ドゥ、ドゥ、ドゥ……メ、メ、メ……」などの接続詞を連発し、ルメール監督にほとんど口を挟ませなかった。(

注4:スラッシュ君家では昔のテレビ番組を一家でよく見る。ちょっと前に『花のピュンピュン丸』(スカパーでの再放送)を見、最近は『てなもんや三度笠』(DVD版)を見た。前者の主題歌を歌っていた全盛期の財津一郎の雄姿を拝めた娘はいたく感動していた。(

注5:声優から入るスラッシュ君はロイエンタールとオーベルシュタイン(ちょっと落ちてヨブ・トリューニヒト)、娘はシェーンコップ、アッテンボロー、ポプランのお笑い不良中年3人組がお気に。共に主役には萌えない&オヤジ好きであることを確認し合った。(

注6:第7話の直江の狂犬発言&高耶とのキスシーンがお茶の間を驚愕の渦に。一緒に見た家族(弟、旦那、子どもたち)からつっこみの嵐をぶつけられ困ったミラファンが全国に溢れた。スラッシュ君の娘も母親への嫌がらせのために「はてな」を連発していたが、眠り続ける高耶の前で呪詛のように1人ぐるぐる回っている直江の長セリフにはついていけなかった。(

注7:海外ジャパニメーションファンは案外保守的で、このフランス人もあの絵(アメリカで活躍する韓国人アニメーター、ピーター・チョンによる)には当初拒否反応を起こしたが、「アレキサンダーの衣装、白のレオタードだよ」と言った途端に手のひらを返した。(

注8:エヴァ、レイン、ガサラギ以来の久しぶりの難解アニメ。次回予告の最後に如月久遠役の桑島法子のナレーション、「世は音に満ちて」が流れる。フジテレビアニメの宿命で度重なる放映時間変更と時間帯変更でスラッシュ君家の録画予約はボロボロ。欲求不満がたまり、屁もたまる。(

注9:チャーリー・パーカーのジャズに夢中な少年が母親と初体験するという、衝撃的な内容(近親相姦)にもかかわらず、グルービーで瑞々しくほんわかした雰囲気を持つ不思議な映画。1971年公開。もちろん腐女子は母を父と変換。(

注10:懐かしモノのテーマパーク「20世紀博」の虜になった大人たちは、未来を拒否し、幼児退行する。それが組織の陰謀のせいだと知ったしんのすけら、子どもたちが立ち上がった……。多くのオタクな男の人たちが懐かしいもの攻撃に号泣させられた。スラッシュ君も、なぜ大人になりたいかという問いに答えたこのセリフには感無量だった。キャラメル・ママの日本もようやくここまで来たかと……。ならヤオイもあと一歩だな(何が?)。(

注11:天才少女コマネチが金メダルを取った時に「好きな男性」として名前をあげた(その時、唯一はにかんだ)、あのアラン・ドロン主演の映画(1972年)。「アラン・ドロンが全裸で海岸を走る!」というだけで当時中学生になったばかりのスラッシュ君をはじめとする日本中の女性が騒然となった。アラン・ドロンは過去にも、「出世の邪魔になった同性(!)の恋人を殺した過去を政治力を使って誤魔化している」などの噂があり、いろんな意味で偉大だった……。(

注12:故・長沢節が開校したアートスクール。入試試験がないなどの自由な校風が特徴で、年に1度、ヨーロッパへスケッチ旅行に行くのが恒例であった。スラッシュ君はこの学校で「フランスの夫婦は子どもをベビー・シッターに預けて夜遊びする」と教わり、自分もそうしようと思ったのだが……。(

注13:スターウォーズ公開の年、ファーストガンダム放映の前年に大学に入ったスラッシュ君が大学の漫画研究会名義で参加した頃はまだ会場も小さく、合宿のように「お付き合いで出なければいけない行事」くらいの認識しかなかった。動員をかけた先輩から「とにかくマンガっぽい恰好をして来い」と言われ、地下鉄の駅で見知らぬ男の人に「(縦ロールの)カーラーが残ってますよ」と指摘されてしまい恥ずかしい思いをした。(

注14:70年代はフランスでも性の自由化が叫ばれ、普通の映画館でソフトポルノが上映された。オシャレなら女性もポルノを見たいのだと世間に知らしめた革命的な映画であった。女友達3人で映画館に入るのにスラッシュ君といえども結構勇気がいった。今はただ懐かしい……。1974年公開。(

注15:スラッシュ君は漫画研究会以外に映画のクラブにも入っていた。背景を描くのが嫌になると、映画を撮りたくなり、集団活動がいやになると1人で描ける漫画の世界に逃げ、相変わらず文句ばかりいっていた(美術のクラブにもいたが絵は一枚も描いたことが無く、そこでもヨタばかり言っていた)。(

[文:スラッシュ君 020617]

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