スラッシュ君
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第28回

<SFやおい漫画待望論 − やおい漫画の新しい波は「ウェザーリング」からやってくる?> 

 前回からかなり間が空いてしまった。アメリカのイラク侵攻で世間が「やおい」どころではなくなった?昨今、スラッシュ君は何をやっていたかというと、マガジンハウスから反戦お笑い英語本を出される西森マリーさんのお手伝いなどしていた(注1)。英語のスキルアップや戦争反対を願い、お笑いが好きという方は是非、ご一読をお願いしたい。


<SFに転んだ24年組&大友にガッカリ>

 さて今回はスラッシュ君が苦手とする「SF」がテーマである。

 以前、やおい漫画ファンのアメリカ人女性たちの間で、「24年組(英語では49er's)が書いたSF少女漫画は本当に素晴らしかった!(裏を返すと今のSF少女漫画は大したことないということだが)」という話題が出たことがある。が、純粋な漫画愛好者からの非難を覚悟で言うと、

「そうか? そんなにいいもんだったか?」

 というのがスラッシュ君の正直な感想だ。

 確かに萩尾望都や竹宮恵子などのSF漫画は同じ著者が描いた美少年漫画に比べて男性読者にも喜ばれ、世間的な評価も高かった。『小鳥の巣』(73)や『風と木の詩』(76)は読んだことがなくても、『百億の昼と千億の夜』(77)や『地球へ…』(77)は読んだり見たりしたことのある男性読者は多いことと思う(注2)。

 でもスラッシュ君は上記のSF少女漫画に萌えるものを感じなかった。世間がもてはやせばもてはやすほどスラッシュ君は辛くなっていったものだった……。

スラッシュ君(以下「ス」)「大友克彦も『ショートピース』(79)や『さよならニッポン』(81)、『気分はもう戦争』(82)みたいなコメディーのほうが『AKIRA』(84)みたいなSFより好きだったな(注3)。世間の評価に逆らって、『前のほうが良かったのに!』って叫んでいたのは思えばワシ一人だったよ。SFそのものが嫌いってわけじゃないんだけど、この頃書かれた有名漫画家のSF作品より今のやおい漫画のほうが遥かに好きだなあ」

 要するに当時のSF漫画には知的な楽しさはあっても、H描写に乏しかったからだ(身も蓋もない言い方ですみません)……。

 が、SFに関しては一家言持つアメリカ人は猛烈に反発した。
 
アメリカ人(以下「ア」)「(萩尾大先生の作品と)大半が2度読む価値が無いやおい漫画を同等に扱うなんて言語道断です! そもそもやおい漫画家にSF漫画を求めるほうが無理というものですよ」

 彼女の論理によると、やおい漫画家は

1)同人誌上がりなのでオリジナリティーやクリエイティビティ−に欠ける
2)SFに必要な知性に欠けるので書けるのはせいぜいファンタジー


と言うんである。

 パロディー同人誌は独自のキャラや世界観を考える必要がなく、簡単に出せるので自己満足に陥り易い。一方、古いタイプの少女漫画家は、投稿=>入選=>商業誌連載といった風に、編集者&読者によって厳しく鍛えられるので、息の長い骨太なストーリー漫画が描ける。また、SFに登場する未来社会は、現実社会の延長上にあり、現実の社会情勢にかなり詳しくないと未来の世界は描けないが、ファンタジーなら現実社会に立ち戻って作品世界を関係付けなくても良いから簡単だと言う。

ア「やおい漫画家の多くは人と社会の関係を描くためのマクロな視点も乏しく(人間関係というミクロな視点のみ)、独自の世界観(独自の信念、価値観、社会規範を持つ)を構築することもできません。彼女たちにはそもそもハードSFを書くのに必要な論理的思考と理論的説明を可能にする能力(テクノロジーと社会事象についての多大な知識、つまり知性)を備えていないんじゃないですかね?」

 ……散々である。確かに今のやおい漫画家が書くジャンルは限られている。SFはもちろんのこと、時代劇、ファンタジー、外国ものなどはごく少ない。しかしこれは編集が書かせないというのもあるんだけどなあ(注4)……。設定をパッと理解できないものは売れないからだ。しかし、真にエロい話が書けるのならば、設定は実は、多少ユニークなもののほうが、本当っぽい嘘(=女性に都合のいいゲイの話)がつけるものなのである。だから海外ドラマのほうが妄想しやすいし、漫画に比べて書くのがラクなやおい小説には力量のある作家による凝った設定の名作が結構ある(注5)。けっして、やおいとSFが相容れないとは思えないのだが……。


<漫画の神様はHもスゴいんです>

ア「じゃあ、スラッシュ君はどんなSF漫画なら面白いと思うわけ?」

 言われてスラッシュ君は記憶を遡った。美少年漫画以前の漫画で好きだったSF漫画がなったかと。

ス「『やけっぱちのマリア』とか『ふしぎなメルモ』とか『アポロの歌』(注6)とか楽しかったよ。思うに手塚治虫が良すぎたんじゃないかな。Hもバッチリ効いてたしそれでいて、キャラがどこか暗いんだもん」

 当時思春期に差し掛かっていたスラッシュ君にはSF少女漫画じゃあ、ちと物足りなかったんである。暗いという点では、ニコチン中毒なのにモーレツに働かされている(弾よりも早く〜)少年向けSFアニメの『8マン』(注7)や、地球人と宇宙人の混血のため自らのアイデンティティーに悩む『遊星仮面』(注8)や、軍と上官の失策のため死ねない体になってしまった人形劇の『キャプテン・スカーレット』(注9)なんかも、乙女心を刺激した。心に傷を持つSFヒーローが世を拗ねるたびに、「(自分が)何とかしてやらねば!」と思っていたのであろう。大それたおせっかいだが……。

 ではJUNE創刊以降はどうだろう? とりわけ最近のSFモノに女心をうならせるものがなかったかどうか、振り返ってみることにした。


<女が萌えるSF『アンドロメダ』>

ス「今のSFでも好きなのはあるよ。『マトリックス』のレザーっぽい衣装とか、こないだAXNで見た完全版『DUNE』(注10)のヨーロピアンな雰囲気とか良かったなあ。でも何と言っても、ジーン・ロッテンベリーの『アンドロメダ』(注11)に尽きるね。キャラが立ってて、も〜妄想しまくりだもん」

 そう。一昨年前からスラッシュ君は、イギリスのコメディーSFドラマ『宇宙船レッド・ドワーフ』をハリウッドがリメイクしたらこうなる、っていう感じのSF(と言えるかどうかは議論の分かれるところだけど)アドベンチャーシリーズ『アンドロメダ』(注12)に深〜く深〜くハマっていたのである。

ア「ウソッ。あんなおバカな番組がいいの? 知性のかけらもないじゃない。SFとしては三流よ。スラッシュ君が好きなのってあくまでSF的舞台装置でしょ。それは私にとって良いSFに必要な要素とは言えません」

 確かに『アンドロメダ』にはSF的に新しいアイデアは全く無いし、話も超単純だ。いかにも頭悪そうな人が喜びそうな派手なスペースソープオペラで、ロッテンベリーつながりで見たスタートレックファンの間でも評判は悪かった(注13)。でもスラッシュ君にはとても面白かったのだ。例えて言うと梅沢富男が演じる下世話な下町芝居みたいなノリがある。恥ずかしいくらいのカッコ付け&大げさ演技が実に刺激的だった。

 特にティアが愛らしい(注14)。誇れるものは己の肉体だけしかないのに無理して宮本武蔵の『五輪書』とか読んで、狡猾なハント艦長に必死に対抗しようとする姿がもう〜いじらしくていじらしくて。ジャン・クロード・ヴァン・ダムなんかには無い単純さ・プリミティブさがあり、スタートレックのウォーフには無いセクシーさがある。ナオミ・キャンベルの自殺未遂騒動で有名になったスパニッシュ・ダンス界の貴公子、ホアキン・コルテスを思い浮かべてもらえる(って思い浮かばないか)と近いかも〜。

 が、SFの始祖、ジュール・ベルヌを生んだ国のフランス人にもスラッシュ君が訴える「女が萌えるSF」は芳しくなかった。

フランス人(以下「フ」)「『マトリックス』のエフェクトは香港映画(今じゃすっかり人材がハリウッドに流れてしまいましたが)のほうがずっといいし、話は『ダーク・シティー』のがよっぽど良かったよ。『DUNE』にもメッセージ性は感じなかったな。ダン・シモンズの『ハイパー・エンデミオン』みたいな、一種の神話風物語りって感じ。私もスラッシュ君の挙げた作品は純粋なSFとは呼べないと思う。最近のSFは皆キャラクター優先だけど、昔のSFはキャラより伝えたいメッセージがあった。感情表現が乏しい知性過多の作品は決して良い作品とは言えないけれど、知性が乏しく感情表現だけが過剰な作品もまた良い作品とは言えませんね」

 そんなフランス人は古典的SFのほうが好きだという。

フ「私はブラッドベリとか古い作品のほうが好きです。もっと古くはジュール・ベルヌとか。昔のSFは未来を通じて現代社会を批判していましたが、今の人気ハリウッドSF映画、たとえばスターウォーズは未来的叙事詩ようなもので、面白いんだけど、単なるスペースオペラに過ぎない。私は読者に何かを考えさせるような多少難しい作品を安易に敬遠しちゃいけないと思いますね。なので社会問題とか人間関係を主眼としているフィリップ・ホセ・ファーマーやノーマン・スピンラッドなんかが好き。情緒的ではないけど考えさせる作品を書く作家です。特に前者が60年代に書いた『恋人たち』はアメリカ社会への皮肉に満ち、悲劇的な結末の作品で良かった。2人に比べるとレイ・ブラッドベリはもっと詩的。どちらかというとブラッドベリのほうが好きかな。彼の『ロケット』という作品にはものすごく感動しました。お金が無くて月に行くことがかなわない父親がトリックを使って子どもに月へ行った気にさせるっていうお話なの。メルヘンしてるでしょ〜」


<スラッシュ君がSFに求めるもの>

 どうもスラッシュ君が求める、ファッションがカッコよくて、雰囲気が暗くて&下世話(やたらと感情的で大げさな演技)で、キャラが立っている(とどのつまりセクシーなら)というのは、純粋なSFファンには評判が悪いようである。

 SFの定義(注15)は広いから人によって求めるものが違うのは当然だろう。メカ好きな男性は「カッコいいメカ」で萌えるだろうし、知的な人は完璧な世界観が描かれていると萌えるんだろう。若者は冒険への好奇心や正義感をSFによって満たしたいかもしれない。そのどれもがスラッシュ君の求めるものではないだけで。

 だからアンドロメダと同じ時期に日本放送が始まった『バビロン5』なんかは初回から寝てしまったし(昨年秋に始まった『エンタープライズ』はかろうじてバルカン人の女性副官トゥポルという萌えキャラのおかげで何とかクリアしたが)、押井守のアニメもよく出来ているとは思うものの、女性キャラの顔を見た途端萎えてしまう(注16)。エヴァもガンダムもキャラが立っててエモ−ショナルだったからハマったが、女性同人作家の多くがパロったところを見るとスラッシュ君と同じように感じた女性が多かったのではないだろうか。


<欲望を消化できなかった70年代SF少女漫画>

 ではなぜ70年代、優れた(と世間の言う)24年組SF少女漫画が生まれ、今のやおい漫画家からは優れたSF漫画があまり生み出されないのだろうか。そしてなぜ当時のSF少女漫画には手塚のような(スラッシュ君の喜ぶ)H表現が乏しかったのだろうか、考えてみたい。

ア「男性漫画家は今も優れたSF作品を書いているので、今回は女性漫画家に限った問題ということで考えると、当時は『女性の役割とは何かを真剣に議論した時代』だったからだと思います。70〜80年代は女性史研究やフェミニズム運動が盛んな時代で、女性の有り様が問われました。女性は政治的・経済的・社会的に何ができるのか? が問われた時代だったと思うんです。だから萩尾や竹宮には強烈なプレッシャーがあったのだと思いますよ。従来の伝統的な少女漫画から脱却しなければという意気込みがあった。それゆえ男性も含む広い読者に訴えることができたのでしょう。一方、今の日本では、女性の役割について深刻に考えたり議論したりしない。今の日本人には個人的欲望の追及のほうが重要だから。なので最近のSFはミクロ視点=個人に焦点が置かれているんだと思うの」

 女性には乏しいと思われがちなマクロな視点や論理能力で男性に匹敵しようという気概が当時にはあったのだろう。日本に限らずSFも盛んだったし(ハインラインとかアシモフなどの男性古典SF作家に女性も影響を受けた)、24年組が手塚漫画で育っているというのも大きい。


<SF的アイデアが出尽くし、イデオロギーの時代が過ぎ、楽天的な科学信仰が失われた時、ダークSFが生まれた>

 一方、フランス人はSF界そのものの衰退も原因ではないかと指摘した。

 70年代までのSFは何でも名作、と暴言を吐く人がいるほど、昔のSFというのは人気があり、SF雑誌も多数あった(注17)。が、もう使っていないアイデアは無いくらいアイデアも出尽くしてしまった。だから『奇想天外』なんていう雑誌も成立しなくなるのだ。

 最近のSF映画の中でアイデアが新しいと思ったのはヴィンチェンゾ・ナタリの『Cube』 (99)くらいだとフランス人は言う。SF的アイデアの優れたものは確かに面白い。スラッシュ君も平成版『サイボーグ009』の第33話は良かったと思う(注18)。

ス「昔のSFには未来テクノロジーへの無邪気な憧れがあったよね。それと豊富なアイデア。19世紀末に東洋思想やアフリカンアートが流行ったみたいな」

フ「私が思う優れたSF作品は社会的警告、批判のような前向きな性格を持つ作品のことなのです。ところが今の若い子は個人主義的。いまやフランスも消費社会で、イデオロギーのために戦う人も少ない。若い子は皆、現状に満足している。反抗心を失った羊と化しています。ストライキで要求! とかは前の世代だけですよね」

ス「女性はもともとイデオロギーに命賭けないしね」

フ「女性漫画家は個人の幸せや恋愛のほうが大事。今の男の子のほうがまだ視点が広いかも。恋愛要素が増えたっていっても、まだまだライバルのほうが大事。NARUTOだってサクラよりサスケに学ぶところが大きいでしょ?」

ス「それにしたって自己成長のためのライバルだから、国のために自分を犠牲にするとかはもう無いよね」

フ「50〜70代は楽天的理想家が多かったのではないかと思います。その後世の中はどんどんシニカルに悪くなっていってる。今や科学の進歩への無邪気な憧れもなく、社会悪の告発とか、真実の暗い面を見ろというSF作品ばかり。若い人が皆、運命論者的になり、努力しても無駄だ、人間はこれ以上進歩はしないか、進歩しても幸せにはなれないと思ってるから作品も暗くなってきている」

ス「そうそう。でもそのおかげでエイリアンとかブレードランナーとかのいわゆるダークなSFが生まれたんだと思うよ」


フランス人「わあぁ(悲鳴)、ダークSF映画! どれも一緒じゃん。終末論的な話ってメチャメチャ退屈。どれも似たり寄ったりの話で。個人的には暗いのより、悲しいとか懐かしい作品のほうが好きだな」

 多分、カラーフィルムの製造技術が向上し、解像度が上がったために暗いリアルな映像作りが可能になり、ダークSF映画が急増したのだろう。スラッシュ君はひとしきりダーク映画の歴史を振り返った。調べていくうち、ダークSF映画の嚆矢がダン・オバノンの『ダーク・スター』(74)(注19)であり、さらにはSFメカに初めてウエザーリング(風化。プラモなどのいわゆる「汚し塗装」)を取り入れた『サンダーバード("Thunderbirds Are Go"? )』(66)(注20)のロジャー・ディッケン(を採用したデレク・メディングス)であること知って喜んでいたが、似たようなハリウッド製ダークSF映画を子どもの時から腐るほど見せられたフランス人は全く喜んでいなかった。若い世代にはもうウンザリなのかもしれない。

ス「暗いのワシはまだまだ好きだな。エイリアンとかブレードランナーとかで自分内SF熱が復活したもん。日本のアニメーターも影響受けたしね。でも女性漫画家はそういう『汚し』が得意じゃないからなあ。ダークSFが主流になったから竹宮・萩尾以降はSF女性漫画が少ないのかもね。それにサイバーパンクがとどめを刺したと」

 メカが不得意な女性漫画家にはSF漫画は書けないのでは? という議論も出たが、メカ・アシスタントをアッシー君代わりに使えば何とかなるということでお開きになった(注21)。


<ベルヌの子ども達はSF少女の駆け込み寺だった> 

 2人の意見を拝聴したスラッシュ君はここでまたもや珍妙な自説を披露することを決意した。それは

「当時のSF少女漫画愛好層っていうのは、おキレイなSF少年が好きで、そんな彼らにもてたかったからSFに造詣が深かったのではないか?」

 というものである。その根拠としてスラッシュ君は日本の子どもたちの永遠のベストセラーであるジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』を挙げた。アニメの『冒険ガボテン島』を生み、ひいてはガンダムのホワイトベースの子どもたちやエヴァのセカンドチルドレンの設定に影響を与えた聖典である。

フ「『十五少年漂流記』(仏題:Deux Ans de Vacances=2年間の休暇)が日本の子ども達にそれほど読まれているとは知りませんでした」

ス「フランス人がヒーローなんで英米人は敬遠したからね。地底旅行(探検)(NHKラジオドラマではかなり興奮した)とかに比べるとSFっぽくないし。で、波多野完治(文章心理学の著者でもある名翻訳者)版の後書きを読んでいてビックリしたのよ」

 そこにはベルヌの人気の秘訣として4つの特徴があると指摘されていた。

1)科学との結合
 当時の最新の科学的研究に裏付けられているか、全く有り得ない空想ではなく、科学の進歩によって今後可能になることのみを取り上げた「健康な」空想科学小説である。

2)正確な記述
 メカ、情景描写が正確。ディティールが具体的でマニア受けする。

3)男の世界
 女性が出てこない。出てきても女性描写は下手。残酷描写やセックス描写は無い。

4)理想主義
 悪人がいない。ネガティブでない。人間の積極面、健康面を描き楽天的。
 
上記のうち、3番目の「男の世界」という箇所をを読んだスラッシュ君はあれ? っと思った。今じゃ、「男の世界」といえば「やおい」。「やおい」といえば「セックス描写がいっぱい」なのに、ベルヌの中では「セックス描写は無い」ってことになっていたのだ!

 ふと自分のベルヌ初体験を振り返ってみた。カゼで寝込んでいた小学生の時、近所の優等生の男の子が貸してくれたのが「月世界旅行」だった。思えば彼は当時の典型的SF少年だったな。天文とかに詳しくて理数系が得意。母親たちの間の評判も良かった……。

ス「で、考えたんだけど、あの当時の女性SF漫画家って単に『SF少年』っていうイメージが好きだったんじゃないかなって。好奇心が強くて瑞々しくて清潔な……ヴォイジャーのドクターみたいな。知的で、何かに没頭している少年。女性にあんまりガッついてなくて。女性慣れしてないからシャイで、安全で、イイ子(注22)」

 それに比べ本物の大人の男は、怖くて、汚くて、簡単に接することができなかった。当時はオヤジギャルも存在してなかった時代だから彼らと共通の話題もなかった。

ス「SF好きだととりあえずSF好きな男の子とは話がはずんだしね」

 それはとても楽しかった。文化部の部活の延長のようなノリ。男の子と時にはいいライバルも演じられた。でもライバルになろうする時点で実は男性優位を認めていることなのだが……。

フ「そんなピュアな少年ばっかりだったらいいわよ。今じゃアメリカの平均的SFファンとか、み〜んな超オタク(overenthusiastic geeks)じゃない。ネクラで友達もいない。バフィーの第6シーズンとか出てくるみたいな(スラッシュ君は吹き替えが嫌いなので未見)」

ス「そうだね。今の『にょ。』とか言ってるSF少年=メカオタクは性的欲望にものすごく正直だものね。AV(オーディオビジュアル)機器に詳しいけど、AV(アダルトビデオ)も好き。好奇心はカメラ小僧となって走ってるし。間違っても彼らをピュアとは言わないでしょ〜」 

フ「女性は男性を理想化しすぎるところがあるから。フランスでも男性優位が揺らいで女性の中には不満を訴える人もいるよ。もっと昔みたいにしっかり女性をリードしてほしい! みたいな。でもそういう女性は男性と真に同等な関係を築けないよね」

ス「古い映画が好きなスラッシャーややおい作家は多いけど、それはあくまでバーチャルな世界の話。ヤクザの首領みたいな、古風で勇敢で支配的な男性たちの固い絆にはあこがれるけど、リアルライフは別。やっぱり真のパートナーを求めるでしょ〜」

 それは作品にも徐々に影響している。女性作家が男性作家に匹敵しようという意気込みは今やほとんど無い。そして汚い男性描写もOKになった。古い女性漫画家は尻や髭や体毛が書けないといわれたものだが今の女性作家は「たまうら」も描ける。外見の醜さや男性が劣っていることも素直に受け止められる。ありのままでOKと許容量が上がったのだ。

ス「リバシの女王と言われ常にチャレンジャーであり続ける定広美香先生は、今やアメリカの監獄もの『UGH』を連載しているし、ピアス4月号の『オーガニック・サンズ』じゃ、農夫モノ! だよ。トラクターやおい。昨年秋の同人誌『愚か者』には、張り込みで何日も風呂に入ってない刑事コンビのセックスを描いてるし。また、いつも挑戦的な光彩書房から今年出た紅迫青実の単行本『禁忌の檻』では2つ重なっていたよ。たまうらが。いやぁここまで来たか〜って感動したもん」

フ「たまうらウエザーリング(笑)」


<女性SF幼年期は終わり、次の段階へ>

ス「やおい漫画の勃興で女性漫画家がちゃんとリアルの欲望と向き合えるようになった。実はこのところ、おっ! というやおいSF漫画が次々と発表されてるんだよね」

 例えば野守美奈の『輝夜』や寿たらこの『コンクリート・ガーデン』、テクノサマタの『獅子座、蟹座。』(『三日月、朔月、十三夜』に所収)、ギャグマンガの『ハイグウシャシリーズ〜お米ちゃん』(高城リョウ)などだ。

ス「『輝夜』はよくあるセクサロイドものなんだけど、その中の『つれていってね』という短編は湯田伸子の『スイート・メタルの午後』の『修道士の方程式』を彷彿とさせる作品で、『肥大した欲望をコントロールするには、その結果途方もない悲劇が待っていることをバーチャルに追体験させるしかない(物語の効用)』ってことを端的に示した名作。作者の野守はアイデアが豊富で同じ本の中の『パンドラ’s ボックス』っていう兄弟ものも良かった。愛し合う兄弟のどちらかが実はセクサロイドだったっていう話。短いのに『NIGHT HEAD』以上の感動がある。寿のもよくある天使ものなんだけど、最終兵器である天使を利用する人間の戦争欲のおぞましさがゾッとするほど美しい天使の絵と見事な対比になっていてとても印象的だった。テクノサマタの『獅子座、蟹座。』では、荒廃した地下都市で、廃棄寸前だったロボットと片寄せあって生きてきた孤児がやがて成長し、自らの内に芽生えた昏い欲望に葛藤する姿が切なく描かれていました。テクノサマタは藤たまき、竹美家ららと共に今風なSFファンタジー(キャラが立っていて、エモーショナルなストーリー+それらを十二分に生かすデリケートで幻想的な絵)が書ける3大巨匠と言えるでしょう」

フ「『コンクリート・ガーデン』! あれは素晴らしい作品でしたねえ。あれ以来寿たらこは私の注目の作家になりましたよ。直野儚羅なんかも、もっともっとSFにチャレンジしてほしいですね。もちろんバカっぽさとセクシーさは満載で(笑)。藤たまきも大好きな作家です。彼女の『ONLY IF』という単行本の中の『The Wind』という短編は、本当に素晴らしいSFです。彼女ならブラッドベリの『透明少年(Invisible boy)』をステキに漫画化できると思いますね。私は櫻井しゅしゅしゅも好きなんですが、彼女ならシリアスさとコミカルさが混ざったいいSFが書けそう」


ス「コメディーには高い知性が必要だからSFも書けるんだろうね。最近、高城リョウに凝っているんだけど、普通にSFしていたアンドロイドのやつも面白かったよ」 

フ「コメディーやおい作家は皆さん、多芸で想像力豊かですよね。『ちんつぶSP』(注23)の大和名瀬とか」

 大和名瀬は絵がとってもカワイイくせに、趣味が超マニアック。攻めが着ぐるみ&ショタマニアという『FAN』シリーズやファンタジー長編の『マジカルトラベルBOY』には攻めが自分と同じアニメ好きで終いには一緒に同人誌を作るという短編を載せている。従来こういうオタク男はやおい漫画の攻め(=いい男)にはなれなかった。今のやおい作家は「人間にはダーティーで強烈な欲望がある」と認めるのに躊躇しなくなったのだ。

 生活はどんどん便利になるが人間の欲望は果てしない。バーチャルな世界での欲望は肥大していく一方である(妹が12人とか……)。リアルな生活とのバランスを取る上で、欲望のコントロールっていうのがますます重要な時代になるとスラッシュ君は思うのだ。

ス「手塚治虫も『火の鳥』で『不死への欲望のコントロール』をテーマにして鋭かったな。『欲望のコントロール』って今のSFの最重要課題な気がする。スタートレックも最後のほうはホロデッキに入り浸ったちゃったりして、テクノロジーが行き着くところまで行っちゃったって感じで、さあてどうなるか? って思っていたら、いきなり『エンタープライズ』で初心に戻っちゃった(笑)。あれはガクッときたよ」

 魅力的な広告が氾濫する現代、欲望のコントロールはとても難しい。そのほとんどが無駄なものなのに、新製品が出るとつい買いたくなってしまう……。

フ「欲望のコントロールに失敗して問題を起こすのは特に若い人たちです。金持ちと有名人以外は幸せになれないって思い込んでる」

 この問題に何らかの回答が示せるとしたら、それは欲望を描くやおい漫画家こそふさわしいのではないかとスラッシュ君は思うのだ。

ス「お、やおい漫画でもちゃんと現実の社会に対する警告が描けるってことじゃん。スラッシュファンはキャラとファッションが良けりゃ世界観や粗筋がダメでも補間するしさ」

ア・フ「結局そこにもってきたかったわけね」 

(次号へ続く)


<SF半可通な注>

注1)4月17日発売の「警告! 絶対にマネをしてはいけない『ブッシュ君』英語集」。詳しくはこちら(http://www.fou.com/slash/book.html)。(

注2)萩尾望都と竹宮恵子の少年愛漫画とSF漫画のうちの主な作品の発表年度は次の通り。
萩尾望都)『11月のギムナジウム』(71) 『グレン・スミスの日記』*(72) 『ポーの一族』・『メリーベルと銀のばら』 *・『小鳥の巣』*(73) 『11人いる!』(75)『百億の昼と千億の夜』(77)年 『スター・レッド』(78) 『メッシュ』・『銀の三角』(80)『銀の三角』・『A-A’』(81) 『マージナル』(85)『残酷な神が支配する』(92) *は『ポーの一族』シリーズ作品

竹宮恵子)『エスパーくん』(同人誌として発表)(66)『空がすき!』(71)『風と木の詩』(先駆けとなる短編は74年)・『変奏曲』(76)『地球へ…』(77)『夏への扉』(75)『アンドロメダ・ストーリーズ』(80)『私を月まで連れてって!』(81)

『平安浄瑠璃物語』(99)のようにその後もユニークな美少年ものを発表し続けていた竹宮に比べ萩尾の場合は少年愛風な作品からはパッタリと遠ざかり、『小鳥の巣』以降(74年の『トーマの心臓』は以前と絵が変わってしまったので……)、カエルブンゲイのアライに勧められて読んだ『残酷な神が支配する』でようやく復帰するまでは自分の中では『第七官界彷徨』の以降の尾崎翠のような存在だった……。(

注3)フランス人曰く「大友がコメディー書いていたのは意外(デビルマン永井豪の『ハレンチ学園』はもっと意外)」だが『ショートピース』には男子高校生の頭の断面図で、脳が裸の女体で埋め尽くされた絵が載っていて、それだけで笑えた。(

注4)ちなみにマガジンマガジンのやおい漫画雑誌、マガジンピアスの新人作家募集要項にはこう書かれている。「原稿は読み切り形式のストーリーマンガ(現代日本を舞台にした作品に限る。時代物・SF・FT等は不可)……」。実際はセックスシーンが毎回無いといけないとか連載はなかなか認めないとかかなりウルサイ。それだけに駄作は少なく、毎号読みごたえはタップリ。(

注5)今最も人気のある連載やおい小説、松岡なつきの『FLESH&BLOOD』シリーズは対立するスペイン無敵艦隊とイギリス海軍(=海賊)の時代にタイムスリップした日本人学生の話だし、五百香ノエル『KISSと海賊』シリーズは舞台が架空の不思議な国という海洋ファンタジー。鈴木あみの『はいまーとろーぜ』シリーズはヨーロッパの架空の王国を舞台とした中世アドベンチャーロマン。真瀬もとの『スウィート・リベンジ』シリーズはシャーロックホームズ時代のイギリスが舞台のミステリーものだし、かわいゆみこ『MIKADO 〜帝〜』は両親をギャングに殺され、そのギャングに引き取られたアメリカの子どもたちの話。十掛ありいの『逢魔』は不死の鬼と転生した人間(元鬼退治の武士)とそれを見守る桜!の話だし、やおい漫画の古典的名作、川原つばさの『ゴールデン・ルール』シリーズはヨーロッパを転戦するオートバイレーサーとその弟分という吸血鬼一族の話だし、超有名な『炎の蜃気楼』シリーズは戦国サイキック・ファンタジーだ。最初ちょっととっつきにくいが、読めばすぐにハマる。一度世界観を理解すると後は麻薬のようにやみつきに。だからか、ほとんどがかなりの長編シリーズである。(

注6)『やけっぱちのマリア』のマリアはダッチワイフ。『ふしぎなメルモ』では大人になるたびに服が破けて裸が拝める。『アポロの歌』の主人公は私生児で水商売勤めの母親がしょっちゅう主人公の前で客とセックスしている〜。漫画の神様は読者へのサービスを惜しまなかった。手塚治虫はその後のジャパニメーション(オモチャメーカーやゲーム会社の資金により作られる、メカシーンと萌えシーンが中心の日本製アニメ。ハリウッドの資金力にモノを言わせマッチョなアクションスターが活躍するスペースアドベンチャー映画を量産するアメリカと好対照)に多大な影響を与えたが、当時の女性漫画家にそのサービス精神(お色気)は引き継がれなかった。昨年秋、田中圭一が手塚のお色気パロディーを中心とした本『神罰 − 田中圭一最低漫画全集』(「ライオンキングは許せても田中圭一は許せません!!」by手塚るみ子(怒))を出し、売れているそうだが、やっぱりなって思った。(

注7)岡田斗司夫はBSマンガ夜話の『8マン』の回で「日本のSFには情念がある」と言い、「スタイリッシュな桑田次郎の絵+異形ろくでなしヒーロー(人間を観察する孤独な主人公)=ハードボイルド(氏はフィルムノワールと言っていたが……)」と分析していた。が、後述するダークSF映画ブームにより、『8マン』は『ロボコップ』に、今年フランスでも発刊された『寄生獣』(日本漫画ブームのフランスでは『EDEN』も『最終兵器彼女』も今年発刊されたそうだ。だったらやおいものも出してほしいんだが……)は『T2』のT−1000へとそれぞれパクられていった。(

注8)66年放映の子ども向けアニメ番組。舞台設定は何と2001年! 地球人男性とピネロン星人女性との宇宙結婚第一号により生まれた主人公が両国間の戦争防止のために闘う。「冷戦時には核戦争を書いたように、今の時代のSFは中東とか取り上げてほしい」とアメリカ人は言ったが、同じリメイクするならこういうアニメをやってほしいとスラッシュ君も思う。当然、ヒーローの両親は別々の宗教を信じていているという設定で。そして「戦争をやめろ!! 地球の危機がやってくる」っていう主題歌(三木鶏郎作)はそのままで……。(

注9)男の人に設定を聞いてみたら皆メカ以外驚くほど覚えていない。分かりやすい正義のヒーローじゃなかったので萌えなかったらしい。上官の名からしてブラック大尉だから。主役のスカーレットは毎回さまざまなパターンで死ぬが、手塚治虫の『ノーマン』にも主人公がどんなに痛めつけられても再生してしまうという残酷シーンがあって子ども心にもドキドキした。スーパーチャンネルで4月から完全版放映開始〜。(

注10)スタートレックのクルーになれるのは名誉なこと。勇敢で知性に溢れる乗組員はいわばエリートなのに対して、シンジ君とアムロは「逃げちゃダメだ」とか「2度もぶった」だ。でも女性視聴者が萌えるのは断然後者なんだよなあ。(

注11)84年の映画。デビット・リンチ監督だけに、見た人全員が「全然分からなかった」って言うんで、ず〜っと敬遠していたんだが、今回は6回シリーズの完全版(1回が50分)とかなんで見てみたら、長い分と〜ても分かりやすくて、ものすご〜くハマった。しばらくは「アトレイディス」とか「ハルコネン」とか言っていた程だ。イタリアのラファエラ・デ・ラウレンティスが製作しただけにセットや衣装が超豪華だった(でも暗い)。若い頃のカイル・マクラクランもかわいかったし。お母さんのフランチェスカ・アニスは最近、イギリスのテレビシリーズ『外科医の恋』にロブソン・グリーンと共演するなど美貌はまだまだ健在だが、『DUNE』の頃はTNGのドクター・クラッシャーが出ているのかと思った(ピカード艦長は出ているものの別人)。(

注12)AXNで放送されてた『アンドロメダ』(シーズン3はこの秋放送開始)(2000〜)と最近DVDボックスが発売された『レッド・ドワーフ』(1988〜)の共通点を挙げてみる。

1.アンドロメダ艦長のディラン・ハントがニーチアン人の副官ラーデの裏切りでブラックホールの縁に戦艦ごとひっかかり、盗賊団にサルベージされるまでの300年間、時間が止まってしまっていたのに対して、レッド・ドワーフの技術士官リスターは野良猫を飼っていた咎により懲罰監房内でコールドスリープさせられていた間に、上級士官のリマーの不始末(リスターがいなかったため自分で作業。ドライブプレートの修理が不十分だったため爆発。致死量のカドミウム2を浴びて)で乗員全員が死亡。放射能の影響が無くなった300万年後に解凍され出所するという点。

2.300年の間に宇宙の平和は失われアナクロなハント艦長が独りよがりな正義のスローガン「連合復活!」を唱えて周囲に煙たがられるのに対して、エース・リマー(パラレルワールドのもう一人のリマー)も「朝食の前に鮭をスモークしておいてくれ」(敵をやっつけるなんて朝飯前みたいな)などと、いかにもキザな決まり文句を吐くハズかしいヒーローである点。髪型や外見もソックリ。

3.戦艦を動かす船内システムが擬人化されたホログラム(名前も同じアンドロメダ。愛称はロミー)であるのに対してレッド・ドワーフでは画面に映る顔がしゃべる(IQ=6000のホリー。エイプリルフールに突然知能が低下。暴走する振りをし、歌を歌うのは『2001年宇宙の旅』のHALのパロディー)という点。

4.ジャマイカ風ドレッドヘアでカレー好きの不潔なリマーに対してニーチアン人のティアもドレッドヘア。猫から進化したキャットに対してトランスもシッポが生えている。シーズン2からヘアスタイルが変わったロミーもユアン・デブリン(ダサくなったキャット)に似てる説も。

 違いはアンドロメダのほうが女性クルー比が高く(レッド・ドワーフはほとんど女性が出てこない。さすがイギリスSFドラマだ)、キャラが萌え系でフェロモン過多(男女とも。特にリマーとティアとではフェロモンの比がゼロ対100くらい違う。ホリーとロミーに至ってはフィル・コリンズとレース・クイーンくらい違う)な点だ。女性クルーはなぜかキップがいいタイプが多い。スタートレックのセブン・オブ・ナインとかトゥポルとかに似てる。日本の芸能人に例えると、ロミー=中原理恵、ベガ=小林幸子、トランス=林寛子だ。ではお姫様は誰か? というとメカオタク・エンジニアのハーパー君だ(小柄でひょうきんなのでスラッシャーに一番人気がある。ハーパー君と艦長とティアの3PスラッシュML、「ハーパー・サンドイッチ」というのまである)。(

注13)特にケビン・ソルボ演じる「ハント艦長の顔が嫌」という意見が多い。やや腺病質なソルボはTVシリーズの『ヘラクレス』で、インテリっぽいヘラクレス(というか浮気したゼウスがアルクメネとの間にもうけた子なので、何かというとゼウスの正妻のヘラにいびられる)という新しいヒーロー像を確立して一躍有名になった。いつも眉を8時20分に曲げて憂鬱な顔(イライラしたお局顔ともいう)をしているのが艦長らしくないかも。300年寝ていたため(というか生まれつき?)独り善がりで、元盗賊団のクルーたちがついていけず、一人空回りすることも多い孤独な管理職。(

注14)アンドロメダは声優陣(ハント=速水奨、ハーパー=鳥海勝美、ベガ=沢海陽子、ロミー=本田貴子。トゥポル役とセブン役の女性声優がいっぺんに出てる!)が素晴らしい。なので英語版よりもさらに、キャラ立ち度が増していると思うが、特にティア役の西凛太朗さんの声はいろんな意味でスゴイと思った。要注目の声優さんだ。(

注15)注15)WOWOWのパトレイバー特集の『WX III * PATLABOR THE MOVIE3』を見て改めて思った。女性キャラが萌えない(スラッシュ君の家人は「せめてスカリー」と言っていたが)と。写実的なんだがどこか中国アニメみたいな印象が拭えない。「謎の女性」(顔の原画も一定せず場面によってコロコロ変わる)と呼ばれるヒロインに主人公が惹かれていく理由も「謎」で、見ていて感情移入できなかった。日本的風景とかメカはとっても良く描かれていて素晴らしかったのに残念無念。ビバップや龍騎のように女性脚本家を起用して、女性キャラの作画監督だけでも女性にしたら、もちょっと萌えるものになったかもしれない……。だからか、あんなに海外で評判だった『攻殻機動隊』が最近になってリメイクされ(アメリカでなくわざわざリ日本で)、案の定、女性キャラが萌え系になっていた。スラッシュ君でも憚られるようなことを……。いいんだろうか? ちなみに4月1日に杉並区にオープンした「杉並アニメ資料館」(杉並区とアニメの歩みを書いたやたら前半がスカスカの年表には爆笑する)の開館記念企画展は『人狼 JIN-ROH』。押井監督の「ドイツの銃が使いたかった……」という意図がよ〜く分かる展示だった……。(
 
注16)今回の議論、最初の頃、「スラッシュ君の言っているSFは(良い、純粋な、ハード)SFとは言わないよ!」とよく文句を言われた。今のSFの定義は広いとアメリカ人がこんなサイトを紹介してくれた。ジャンルの説明と当てはまる作品が分類されていて便利。

http://www.wikipedia.org/wiki/Science_Fiction_concepts

 スラッシュ君はファンタジーにも弱いが、SF好きの家人に「SFとファンタジーの違いって何?」と聞いたところ、

「SFは最低限、未来のテクノロジーを含む世界観が描かれている作品で、ファンタジーは(神話や伝説のように)なぜ? と読み手が聞かないことがお約束の世界」

 と答えた。ふーん。お約束を守るにはファンタジー文学の素養に欠け、守れるほど読んだら読んだで「どれも設定が同じ(陰陽師とか今昔物語ばっかり)じゃん!」って飽きてしまうから自分はファンタジーが苦手なのだと痛感した。そして部屋を完璧に片付けることが苦手なスラッシュ君は「女性のほうが自分を取り巻く世界がいい加減でも平気だ」というのはとっても分かる気がする。設定とか穴だらけでもあんまり気にしないのだ。エロイカファンが男性評論家の指摘に激怒した事件があったが(「フレデリック・フォーサイスとかの本格的スパイ小説に比べていい加減だ」とかなんとか言われて)、それは求めるものが男女で違うから、両者の溝は永遠に埋まらないと思った。(
 
注17)最近のSF雑誌の休刊年は以下の通り。『SF宝石』(81)『奇想天外』(81)『SFアドベンチャー』(93)。SF雑誌ではないが科学雑誌も軒並み休刊している。『クォーク』(97)『サイアス』(旧『科学朝日』)(2000)。現在生き残っているのは『SFマガジン』のみ。(

注18)「結晶時間(凍った時間)」の回。ギルモア博士のメンテナンス失敗のためジョーの加速装置が暴走。ジョーだけが永遠の孤独に取り残されてしまうという詩的なショートストーリー。脚本は仮面ライダー龍騎の小林靖子氏。さすが徹夜開けのゲイご用達のエンディングで有名な『ブルースワット』(94)の時から活躍されている超ベテランだ。(

注19)家人が「ダーク映画といえば『ダーク・スター』が最初かなあ?」っていうんで調べたら、製作・特撮監督・主演・共同執筆(USCの映画学科在籍中にジョン・カーペンターと共同制作した作品のリメイクなので)のダン・オバノンは『エイリアン』(79)を書き(デザイン製作&特撮も)、その前の75年には『DUNE』の製作準備中(制作費が莫大に膨れ上がったため完成したのは1984年だったが)、パリでH・R・ギーガーと知り合いになっていた。(
 
注20)ゴシップ好きなオバサンは実際の試合は見なくてもストーブリーグが大好きだったりする。スラッシュ君も『スタートレックまるごと●時間』とかより、池田憲章先生の『検証ファイル1年365日』とかのほうがず〜っと見たい。その『検証ファイル』のサンダーバード特集で、憲章先生は、「サンダーバードはSFメカに初めて『ウェザーリング』を取り入れた」と紹介され、デレク・メディングス(イギリス版大河原)の意図を受けて若いスタッフ(美術デザイナー)が次々と結集、当時美術学校を出たてのマイク・トリムは1号の格納庫を設計、鉄道模型やプラモデルなどジャンクパーツを巧みに利用、またBBCから来たロジャー・ディッケンはウェザーリングのテクニックを用い、のちにエイリアンのクイサーガーやチェストバスターをデザインした、と語られていた。製作こぼれ話として、当初30分の予定で作っていたがサンダーバードだったが、テスト版を見たテレビ局社長ルー・グレード卿の鶴の一声によって、急遽「1時間ものに」引き伸ばさなくてはならなくなり、(バリー・グレイのBGMで有名な)発射シーンをダラダラと挿入。それを見た日本の少年たちを熱く萌えさせたことを知った。ガンダムをはじめとするロボットアニメがやたらと発射シーン(萌え声のアナウンス「システム、オールグリーン」とかが流れる……)にこだわるのも、すべてこの作品が元凶だったのだ。(

注21)女性でも『妖都鎮魂歌』の笠井あゆみなどダーク絵の書けるSFファンタジー作家さんは結構いらっしゃる。また、漫画版銀河英雄伝説をお書きになっている道原かつみの場合、メカは男性のメカアシスタントに書いてもらっているという話を聞いたことがある。メカが不得意だから女性漫画家はSFが描けないとは言えないと思うのだ。ただ年々精密に、よりハイテクになってきているメカ絵には、アシスタントが大勢必要なので、人を管理しなくてはならず、そうなると漫画家がオヤジ化(ラフだけ書いていつもゴルフ三昧)してしまうんじゃないか? メカ・アシスタントを一箇所に大量に集めたらムサくないか? などと懸念された。が、今や女性はとっくにオヤジになっているし、どうしてもムサくて嫌なら昔のラブホテルみたいに、指示用のエア・シューターを設置して、(風が一方向に流れるよう)アシスタント部屋を減圧しておけば何とかなる、などの家畜人ヤプー的ヒドイ発言が飛び出し、女性漫画家だって必要があればやるだろうという結論に終わった。(

注22)QAFのスチュアートとヴィンスも、穢れを知らない少年の頃は長編テレビSFシリーズ『ドクター・フー』にはまっていて、今みたいに恋愛で四苦八苦してなかったと、しみじみ回想している。でも時間は戻せないんだよね。SFは青春を惜しむ気持ちと結びつきやすいのか、昨年出た榎本ナリコの再録本、『榎本ナリコ+野火ノビタ・2』では、幽遊白書パロディーを通して「過ぎていく青春(=同人誌にはまる時期)」を惜しむ感情を「SFならではの時空を超える物語」で巧みに表現していた。(

注23)『MY BOY』が休刊で心配されていた実業之日本社刊の大和名瀬の特集本「ちんこのつぶやきSPECIAL」。(


[文:スラッシュ君 030409]

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