第3回

<やおいを読むためなら日本語だって覚えちゃう人たち>

彼女たちは辞書を引きながら日本の漫画を読んでいる。

「子どもの頃、親の転勤で日本にいた」
「大学で習った日本語のブラッシュ・アップのため」

など、多少日本語をかじったことがある人が多い彼女たちの間では、

Seme、Uke(be/wouldまたはs/D。"submission/Dominance"の略。"D"が大文字で"S"は必ず小文字) 
Netabare(spoiler。この言葉のあとは大概20行以上のスペースが開く)

などはもう、そのまま日本語で通じる。

最初の頃は、
「Ukeがなよなよして女っちくって嫌い!」
とか読むたびに、ギョッとしていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

それにしても、いくらセリフが少ないとはいえ、口語表現が多い漫画を辞書を引きながら読むのは、なかなか大変なのではないかと思われる(もっとも日本語など分からなくても楽しめるものらしく、顧客の友人<日本語知識皆無>が一週間泊まりに来た時は、その友人、一週間中ずっとやおい漫画を読みっぱなしで、帰りの空港でもギリギリまでロビーで読んでいた、という)。

メーリング・リストでは、

「『愛』と『恋』の違いって何ですか?」
(アメリカでも大人気の本仁戻著『恋が僕らを許す範囲』の読者だろう。作者は結構、思いつきで『愛と恋の違い』について詭弁を弄しているかもしれないのに、アメリカ人はとても真剣に悩んでいた。罪な漫画である……)
「『〜じゃあるめえし』って、辞書に載ってないんですけど(泣)」
「『やってらんねえぜ!』ってどういう意味ですか?」
(秋月こお原作/こいでみえこ作の同名のやおい漫画がある)
「中島梓さんの『タナトスの子供たち』の中の『ディス・コミュニケーション』って『ミス・コミュニケーション』とは違うの?」

など、日本語に関する話題も当然のことながら多い。
で、議論の末、解決しないと大抵、確認のメールがこっちにやって来る。

「『やってらんねえぜ!』って、みんなは『〜なんて、やりたくない!』って意味だって言うですけど、私は否定的なニュアンスでの『やるよ(やりゃいいんだろう)!』っていう意味だと思うんですよ。そうでしょ?」

などといった風に……。

確かにこの漫画では、「やってらんねえなあ」といいながら、やってる(まあ、その、Hなことをだ)わけだから、どちらも正しいのだろう。こうやって改めて考えると日本語というのは結構、難しい。

例えば、『愛』は『恋』よりも普遍的だ。これは分かる。「ひと夏の恋」とか言うしね。じゃあ、どうしておめかけさんのことを「愛人」って言うんだ? 夫婦に愛は無いからか? ……なるほど、だから女はやおい漫画を読むのか。


日本語の壁のせいで、彼女たちはまだ「やおい小説」には手を出してこない。いくら『炎のミラージュ』が面白かろうと部分的なコミック化でじっと我慢している(可愛そうだから早く漫画版のほうを進めてあげてください>白泉社&浜田翔子様)。またやおいものではない、単なるギャグ漫画、というのも苦手なようだ。その国の文化に詳しくないと何がおかしいのか、パロディは特に理解できないからだ。

『幽遊白書』ファンのアメリカ人女性はたくさんいるのに(同人誌まで買っている。もちろん桑×幽、蔵×飛だけどね〜)、『すごいよ!マサルさん』の話題がまったく無いのはちょっと淋しい気もするのだが……。
(次号へ続く)

[文:スラッシュ君 991216]

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